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 ×××  ――ひぐち……樋口重人。  彼の名前を呼んだ所で目が覚めた。  薄暗い部屋に小さな緑色のランプが光っていた。  音がしない。体を動かそうとするが、どこも重くて動かせない。地上に帰還した宇宙飛行士のように皮膚に重力の存在を感じた。  ぐにゃぐにゃの手で周囲を探ってみる。白いシーツとベッド、クリーム色のカーテン、その腕には管が絡まり、先端が輸液ポンプに繋がっていた。少しずつ謎が解けていく。間違いない。ここは病院だ。  ――夢……だったのか。  薫がナースコールのボタンを押すとすぐにパタパタと派手な足音がした。  その後、家族に見守られて医師から受けた話は、どこか別の国のおとぎ話を聞いているようだった。夢と現実の狭間で、透明な自分がじっと天井から見ている気がした。  薫はあの本棚が倒れた日から今日まで、約四ヶ月の間、意識がなかったという。血圧や呼吸、心機能の状態には問題がなかったが、認知機能が欠如しており、長らく昏睡に近い意識障害の中にいた。 「……薫、本当によかった」  母親は細い薫の体を抱き締めて泣き続けた。  日常生活を取り戻すのには多くの時間が必要だった。寝たきりだったため、全身の筋力は低下しており、立ち上がる事すらできなかった。数ヶ月掛けて、徐々に全身の機能を回復し、訓練を重ねて歩けるまでになった。胃瘻も抜去され、食事も普通に取れるようになり、無事に退院の日を迎えた。

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