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第2話

蒼汰から手渡されたものの中身は、ドライフルーツやナッツが混ぜ込んであるクッキーで食感が楽しく食べ応えがあり優しい甘さだった。万矢の好みの香りと味で忽ち虜になった。 そしてなにより、これを作り出す本人への感情と妄想がヤバくて手が付けられない。 こんな気持ちはしらない。初めての感情だった。 幼い頃から、武道一筋で硬派な万矢は他のことなんて頭が回らなかった。 空手部に所属している万矢は、礼儀正しいが普段は無愛想で眼光が鋭く、周りに一目置かれている存在だ。外見はデカいドーベルマンみたいな猛獣系わんこだ。クールな整った顔立ちで一匹狼の万矢に、隠れファンがたくさんいることを本人は知らない。 祖父が空手道場を開いており、万矢は幼い頃から道場に所属し、厳しい環境で育った反動からか、誰にも言えないが、甘ったるい食べ物や、ふわふわした可愛いものが大好きだった。家では三匹飼っている猫ちゃんたちにメロメロだ。 あの日から妄想との戦いが始まった。丸く手のひらに収まるくらい小さな後頭部を鷲掴みして撫で捲りたい。あの笑顔を自分だけのものにしたいとか、口では言えないとんでもないこととかが頭の中に浮かんでくる。完璧男でほとんど知らない相手にそんな妄想が膨らんで破裂寸前だ。 今度、あれをこの手の中に入れてしまったら、あの良い匂いのする身体を抱き竦めて嗅ぎまくって頭からバリバリ喰ってしまいそうだ。 蒼汰のクラスは二組、万矢は十一組で離れていたからまだよかった。あれから今まで避けて避けて避け捲ってきた。 ただ、蒼汰が言っていた売店で販売している調理部のお菓子は毎日チェックをしに行っていた。製造した人の名前が書かれているから蒼汰の名前を見つけた時は迷わず購入しているが、調理部のお菓子は人気のため、もたもたしていると即完売してしまう代物だ。間違って上野と表記されたものも購入したことがあるが、あれは完成された代物で有名店で売られているものと寸分違わないくらいの出来だった。蒼汰がなぜあんなに慕うのかわかってしまって落ち込む自分がいた。あの時、蒼汰から手渡されたクッキーの入った袋の中には連絡先の書かれたメモが入っていたのだ。あの時、蒼汰は上野に見てもらいたいと言っていた。この連絡先は上野に向けてのメッセージだろう。思い出してしまい、そんなことでガックリと落ち込む自分に喝を入れ、益々空手の鍛練に力を注いだ。

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