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Ⅰ 嘘つきの恋⑤
「ワワッ!グランツ様、俺がやる!」
「『様』は要らない。我が妻にして、我が君」
俺、妻になったのか?
そこはまだオッケーしてないんだけど~
「君の生きる道は、私の妻以外にあり得ない」
「うっ」
退路は絶たれた。
「さぁ、コーヒーを淹れたよ」
いい香り……
挽きにもこだわってる。
香りがとってもいい。苦くなくて、まろやかで。カップに口づけただけでふわっと鼻孔をくすぐるんだ。
「二杯目はシナモンをかけるかい?この豆はシナモンを邪魔しないから香りが引き立つよ」
(どうして?)
「俺の飲み方……」
(知ってるの?)
「君の事はなんでも知りたいと思っているさ、花嫁」
「そう……っか」
こういう時、嬉しいって思わないといけないのかな?
(でも、どうして)
胸がチクッて……
キュッと締めつけられた。
思い出の針に。
「……こんなコーヒーの淹れ方してくれた人がいて」
俺付きの執事の人。
口数少なかったけど毎朝コーヒーを淹れてくれた。
あの人の淹れてくれたコーヒー、美味しかったな。
「そうか」
「いつの間にかいなくなっちゃった。朝のコーヒー執事さん」
仮初めの皇族に仕えてくれただけでも有難く思わなくちゃ。
「……君の兄君は友好国に亡命したよ。父上は……亡命途中に射殺された」
「そう……」
悲しくない。
憤りもない。
俺にとって家族なんて、そんなものでしかない。
兄といっても顔すら見た事ない。
父は替え玉としか俺を見ていなかった。
「辛いか?」
「分からない」
「でも知っておかねばならない」
「わかってる」
どんな人間であろうとも、彼らは俺の家族。俺は敵国の皇太子として今、生きている。
関係は絶ち切れないんだ。
ガシャンッ
震えた手から、派手にコーヒーをぶちまけてしまった。
「大丈夫か、火傷はっ」
声を出す間もなく、グランツの金属の指がパジャマのボタンを弾き飛ばす。
勢いよく剥かれた肌に、
「ヒャッ」
生暖かい柔らかな感触が這う。
「仮面、口許だけ外せるの?」
「今、気にする事か」
「でもっ、ヒャアッ」
舌!
舌がぁー
「じっとするんだよ。痕が残るといけない」
「んっ、んんー」
屈強な腕を引き剥がそうとするけれど、この体格差だ。
「少し赤くなっている。我慢しなさい」
赤くなったって俺は男だ。ちょっとくらい……
「ダメだ!」
ドキンッ
心臓を鷲掴まれる。
仮面の奥、見えない瞳に。
「君に痕を付けていいのは私だけだ」
「ハゥっ」
チュクチュク甘い刺激の後、チクリと……
微かな痛みが肌を刺す。
誓いの痕だよ……
熱い……
体が熱くて……
そうか……
やっと気づいたよ。この胸の熱の正体は。
お前が埋めたんだ。
(俺に、お前が与えてくれた)
「初めてなんだ……」
「そうだろうね。キスマークを施されるのは」
「そうじゃなくって!」
ぽかっ
どうして、お前は鈍いんだよ。肝心なところで、いつも。
「同じ目の高さで」
同じ立ち位置で、
真っ直ぐに、
「俺を見てくれたのは初めてで」
いなかった。
俺は、ずっと一人で、これからも一人で。
これからも一人の筈だったから。
「こわい」
俺は変わる。
一人だった俺から変わってしまう。
俺が変わっても、お前はそばにいてくれるのか。
「どうして」
金属の手がそっと……
頭を撫でた。
「君は君だろう」
どんな君でも、君だ。
「怖くないよ。怖いものはどこにもいない。私がいるだろう」
フゥって吐息がくすぐるから、ビクンッ
肩が揺れたじゃないか。
「ビックリした!」
「違うね、ビックリしたんじゃない。感じたんだよ」
耳の後ろにチュッ
「君は意地悪だ。そうやってキスする場所を増やして、私を煽るのかい?」
「なんで?」
俺、意地悪なんてしてないよ。
「赤くなると言っただろう」
思わずグランツを殴ってしまった手に口づけが施された。
「理性ある大人をからかって、君は悪い子だ」
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