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もう五年前か。ノンちゃんは十五歳の夏、高校を中退しそうになった。
学校に行きたくない、やめたいと言ってしばらくうちに泊まっていた。おやじやおふくろは心配しつつも歓迎した。ろくに働かねえ愛想もねえ息子よりは、孫の世話をやくほうが楽しかろう。ハーフだから学校でいじめられたのかときけばそうではないと言う。どうにもケンカっぱやいところがあり、学校ではトラブルを起こしがちだった。詳しいことは言いたがらず、姉夫婦はずいぶん手を焼いたらしい。
「睦郎からもなんかアドバイスしてやってよ」
姉もおやじもおふくろも、おれにノンちゃんを説得してほしいようだった。
おれはむかし美大の受験に失敗した。いちおう画塾にも通ったが全部落ちた。浪人はおやじが許してくれなかった。周りの画塾生をみても多浪は当たり前の時代だったので自分だけ不当な扱いを受けているような気がした。とりあえず専門に入ったが、課題の提出についていけず中退した。バイトをやったりやめたりあっというまに年月は過ぎた。まともに就職したことはない。浪人していたら、専門をやめなかったら、どうなっていただろう。詮無い想像だ。たんに才能がなかった。描く才能も、続ける才能も。アナログでカートゥーンっぽい絵を描くのが好きだったが、ペンも筆も鉛筆も、とんと握っていない。
寝て起きてメシ、オナニー、ちょっとゲーム。することがないから毎日そんなもん。最近は勃ちが悪くなったのもあって、もっぱらアナルにおもちゃを突っ込んでいた。通販で買った。髪は伸び放題だし腹についた肉すらしなびた。……おまえもこうなっちゃうよと?
ノンちゃんに懐かれるのはわるくなかった。中古ゲーム屋で古いソフトを仕入れて片っ端からクリアした。夜中に車を飛ばしてラーメン屋に行った。近所の公園に乗り捨ててあった(おそらくは盗難の)自転車を廃品回収のトラックに売っぱらっていくばくか得たときは、ノンちゃんはたいそう喜んだ。
花火がしたいと言うのでその金で買ってやった。ビールとコーラもだ。おやじもおふくろも出かけている晩だった。しょぼい炎は赤に緑に炸裂し、庭の木やノンちゃんの浅黒い肌を照らした。
「睦郎は自由でうらやましいな。おれも高校やめちゃいたいけどさ……」
おれは窓辺に腰かけたまま、ヘビ花火とやらに火をつけていた。真っ黒いうんこみたいな燃えかすがじわじわ膨らむのを見ていた。
「やめちゃえば。無理して行かなくていいでしょ」
言葉はすらすら出てきた。
「やりたくないことはやんなくていいし、つまんねえ場所からはさっさと逃げたほうがいいよ。世の中は広いし、人生は短い」
かつての同級生たちはとっくに結婚し人の親だ。家や車を持ち、まじめに仕事し、何者かになっている。いや年相応というレールから外れたこと自体は、べつによかった。画塾で一緒だった奴らの消息だっていろいろだろう。ただ、描き続けている奴は描き続けている。そのことにときどき打ちのめされる。誰とも連絡をとらなくなったら誰からも遊びに誘われなくなり友だちはいなくなった。人生は長い。
「おれ、どこ行ってもつまんないよ。世の中ってどこも同じなんだ。おれはガイジンだから」
ぼそぼそ言いながらノンちゃんは唐揚げの串を頬張った。返すせりふが思い当たらなかったのでビールをやった。ノンちゃんは目をまるくし、そうっと缶を開けた。音だけ鮮やかだった。
「なあ、睦郎は世の中のどこらへんだと楽しい?」
「おれは世の中に入れなかった気がする」
嘘ばかりついているとぽろっと本音が出る。というわけではなかった。何気ない自分の発言に気分が引っ張られ自分で自分を騙してしまう。まるで本音のような気がしてくる。
ノンちゃんはビールをすすった。
「じゃあ、おれと睦郎って似てるな」
似てねえよ。おれは、おまえが道を踏み外しつつあることが、なんだかこころづよく思えてしまっただけ。ここまで落ちてこいよ、人生棒にふっちまえよと、内心にやにや笑っているだけ。
買ったばかりの花火なのに湿気ていたのか火のつかないものが多かった。線香花火を束ごとやったらでかい玉ができるかと思ったら一瞬で燃え尽きた。
「……睦郎」
べこんと缶をつぶした音がした。こいつあっというまにあけちまいやがったなと思ったら、ノンちゃんに押し倒されていた。何が起きたのかわからず、背中に床が冷たくて、ひとごとのようにノンちゃんを見上げていた。
「さっき睦郎の部屋で見ちゃったんだけどさ……、睦郎って、いつもケツでオナってんの?」
ぎょっとした。勝手に部屋に入るなよと言おうとしたが声が出なかった。あたまにざわっと汗が湧いた。頭皮をすべった。
「チンコの形したピンクのやつがベッドに転がってて……、あれ、ケツに入れるんだよね? 睦郎は男が好きなの?」
普段ぼんやり生きているため、あたまも体も反応できなかった。ノンちゃんはおれの沈黙を肯定と受け取った。肩をつかみ唇を押し当ててきた。
「……おれの、あれよりでかいよ」
熱い息でノンちゃんが言う。まじか。さすがハーフだなあと感心していたらノンちゃんのスウェットの中身がむくむく膨らんできた。おれに勃起してんのか。このところ世界中から無視されているような気分だったので驚いた。
人とキスするなんていつぶりだったろう。あたまが回らねえから条件反射で舌を差し出してしまった。ノンちゃんはびくっと震え、しかし噛みつくみたいに舌を絡ませてきた。皿に顔を突っ込む犬だ。くすぐったい。笑いそうになった。あたまをなでてやったらおとなしくなった。
ぬめる舌はたがいにビールの味がした。体は単純だ。ちゃんと気持ちいい。唾液はすぐにねばついた。口の端やあごがべたべたになったころ、ノンちゃんはがばりと体を起こした。
「ちょっと、トイレ」
膝をもじもじ擦り合わせていた。触ってもいないのにさすが高校生だなあと思った。
「いいよ、ここで脱いじゃいな」
おれはノンちゃんの腕を掴んでいた。
「……睦郎がしてくれるってこと?」
そういうことになるのか? なるよな。自分が何を言っているのかわからなかった。ノンちゃんはTシャツをめくり、下着ごとズボンを脱いだ。ぶるんと震えて飛び出したものは強く反り返って腹を打った。たしかにでかかった。
「でもディルドほどではなくないか?」
おれはごく自然なふうで手を伸ばした。みっしりと硬くて熱い。ノンちゃんは照れくさそうに笑った。
「なんだよ、ダメ出しかよ」
甘えた口ぶりで、完全にそういう空気だった。おれがそうさせた。自覚するとそれらしくふるまえた。
「ダメとは言ってないよ。すごいな、先っぽびちょびちょ」
だぶつく包皮を剥いてやった。他人のをさわるのも間近で見るのも初めてだ。でも上手くできた。皮の中にたまった先汁がとろりと垂れて、おれの指とのあいだに糸を引いた。軽く竿をしごいただけでノンちゃんはあっというまに息を荒げた。
「やばいやばいやばい……」
ノンちゃんは喘ぎ、腰を浮かせて震えた。みっともねえ格好だ。おれはいつのまにか両手で奉仕してやっていて、しごきながら裏筋や玉の根元をくすぐった。どんどん汁があふれた。くちくちくちくち、といやらしい音がした。
「ガマン汁多いな、あとで床拭けよ?」
「う、うん」
「出そうになったら言いな」
耳元でささやいた。自分が娼婦になった気がした。いまおやじやおふくろが帰ってきたら、おれの人生はほんとうに終わるなと思った。終わっちまえとも思った。
「あっ、イく……!」
おれの手の中に腰を強く擦りつけ、ノンちゃんは勢いよく射精した。生ぬるい精液が、びゅ、びゅ、と何度もあふれ、なかなか止まらなかった。出しきるまでしごいた。ティッシュでぬぐってやりながら、むかしむかし、こいつのおしめを替えてやったことを思い出した。強い力で抱きしめられた。
「すげえ気持ちよかった」
「そりゃよかったね」
「キスしていい?」
やはり犬ころだ。唇に頬に首に、ノンちゃんは必死にキスを繰り返した。やがて、ひたいを触れ合わせたままノンちゃんが言った。
「……睦郎、好き。おれとつきあって」
ばかいえ。こんないたずらめいたことをしただけでどうしてそうなるんだ。めんどくせえなと思った。でもおれはへらへら笑っていた。
「酔ってんの?」
「だって睦郎はケツでするのが好きなんだろ」
ケツにはおもちゃしか入れたことがない。ほんもののちんぽを突っ込まれたらどんな感じだろう。興味がないわけではなかった。でも甥っ子にやってもらうつもりはなかった。
「やだよ。姉貴にぶっころされる」
「内緒にする」
「そもそも子どもとやったらケーサツに捕まるしさ」
「そうなの? 愛し合ってても?」
おれは好きだなんて一言も言っていない。とは、口に出さなかった。
「おれとつきあうの、金かかるぞ。なんたって働かねえからな」
「金なんかないよ、おれ」
「だろ。学校卒業して、ハタチになったらもっかい考えな」
ノンちゃんは神妙にうなずいた。
ほんとうに二十歳まで待っていたのか。ばかのくせに律儀におぼえていやがった。ああそうか、あのときおれが缶ビールをやった真似をして、缶の梅サワーをくれたのか。
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