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 とはいえすぐ慣れた。デブの客はここを拠点にあちこち観光するつもりらしい。ズボラだが親切な奴で、冷蔵庫に醤油をぶちまけたのをノンちゃんが叱ったら、お詫びにパスタを作ってくれた。  毎晩ノンちゃんはおれを抱いて眠った。雨の晩は窓ガラスがきしんだ。ビルが古くてぼろいせいだ。遠くで雷が轟けば、ノンちゃんはおれのTシャツに手を突っ込んだ。 「ほら、へそ隠せよ。とられたくないだろ」 「へそなんかくれてやるから金がほしい」  ノンちゃんは笑い、おれの首を噛む。うれしいとか楽しいとかでそうする。軽く歯型を残し、けものの仕草だ。体ばかりでかくて、ことばはだめ。こいつは石器時代にでも生まれてりゃあよかった。布団はノンちゃんの汗のにおいがした。ほら穴にでも寝転がっているような気分だった。   「睦郎、バイト手伝って」  ある日スマホをいじりながらノンちゃんが言った。桃の販売のバイトだという。桃? 「見たことない? 軽トラで移動販売するやつ。だいたいどっかの駅前だね。二人組でやってオッケーだって。日払いだしけっこうもらえるよ」 「なんでおまえが桃売ることになってんの?」 「知り合いから単発のバイトまわしてもらってて、たまたま。たまたま桃が余ってるんじゃん?」  何屋だかよくわからない事務所で軽トラと桃を受け取った。桃は、小さくてキズの目立つものから大きく立派なものまで、産地もあちこちごたまぜだった。まさか盗品じゃあるまいなと思う。  おれが運転した。信号待ちでノンちゃんが言った。 「……今日バイト代入ったらさ、ホテル行こ」  さりげないふうでしっかりタイミングを見計らった言い方だった。いよいよきたなと思った。出かける前、ずいぶんていねいに爪を切っていた。 「ほら、客がいるとさすがにエッチしにくいしさ」  客の手コキはしてたじゃねーかと思いつつ、うなずいておく。部屋やこづかいを世話してもらう代わりに甥っ子と寝る。今日もパンツを借りている。おれはじじいの立ちんぼよりよほど間抜けだ。 「ラブホって男同士でも入れんの?」 「おれ、大丈夫なところ知ってるよ」  やっぱりいろんな男とやってるんだなあと思う。まるでおれは嫉妬しているみたいだ。でもそうじゃない。嫉妬ならよかった。 「ホテル行って、焼肉行こう。叙々苑は無理だけどさ、韓国人がやってるうまいとこがあるんだ」  ノンちゃんは屈託なく笑った。  浅草寺の近く、路肩に車を停めた。もちろん駐車禁止だがハザードを点けておく。やばそうになったらすぐ動かせとノンちゃんが言う。  ノンちゃんはダンボールに「6コで500円~」とマジックで書いた。まるい字だ。その脇になんだかよくわからないキャラクターを描いている。 「なにそれ?」 「ミッキー」 「へったくそだな」 「じゃあ睦郎が描いてよ。ドナルドがいい」  ドナルドとドラえもんを描いてやったらノンちゃんは喜んだ。パワーパフガールズは伝わらなかった。……こんなことで、とうのむかしに投げ出した自分の絵を思い出したりはしない。 「六個で五百円なのはこっちの傷モノだけね。試食はこっち、いっこ六百円のいいやつを出す。高いの食わせて、高いやつ買わせんの」 「はー、なるほどね」  そういう仕組みなのかと感心していたら、ノンちゃんがひょいとおれのあたまをつかんだ。 「睦郎、髪長いよな」  いきなりだったのでぎょっとした。でかい手だ。 「おれは好きだけどさ、ちょっと貸してみな」  器用におれの髪を結んだ。容器を留める輪ゴムだ。前髪ごと後ろに流して団子にくくった。くすくす笑っておれの首をつついた。 「首のシワ、後ろは線がうすい」 「そりゃそうだろ、下向く方が多いんだから」 「もっと上向きな。それでおれの顔見てな」  きざなせりふだ。たしかにノンちゃんとの身長差はあたまひとつぶんどころではない。こいつ、今夜おれを抱くつもりまんまんだ。ついでにスマホであれこれ写真を撮りやがる。目尻のシワがかわいいとかほざいた。そういえばノンちゃんはしょっちゅう自撮りしている。若者っぽいなと思う。 「睦郎の営業力にかかってるからね」 「なんでおれだよ?」 「おれ一人だと明らかにガイジンだから、客がびびっちゃうんだよ。こういうの、愛想のいい日本人がいないとぜんぜん売れねえんだもん」  ノンちゃんはなんでもないことのように笑った。  売れ行きは上々だった。買ってくれたのは年寄りばかりだ。家でくだものを食う習慣を優雅に思った。白髪のばあさんがノンちゃんに言った。 「あなた、日本語上手ねえ」 「Thank you. いっぱい勉強しました」  ノンちゃんは片言のふりをした。がんばってねとばあさんはノンちゃんの手を握った。 「テキトーなこと言いやがって」 「いちいち説明すんのめんどくさいよ」  かわいそうな子、社長のことばを思い出す。デブの喘ぎ声を思い出す。人力車を引いた男がノンちゃんに手を振った。知り合いらしかった。  ほんとうに、嫉妬ならよかったのになと思った。おれ以外と寝ないでくれとか言えたらよかった。ぜんぜんそうじゃない。おれはノンちゃんのことがうらやましいだけだ。ひとりで家を出たノンちゃんは(やや危なっかしいが)どうにか居場所を見つけつつある。まだ二十歳でこれからどうにでもなる。おれは実家から出たことがなかった。試食の余りを二人で食った。茶色く変色した桃は甘かった。  車と売れ残りを返しに行き給料をもらった。日当一万。なかなかだ。でもこういうバイトは毎日あるわけではないだろう。  歩きながらノンちゃんはちょっと無口だった。おれの手をひき、ぶっきらぼうに言った。 「ドラッグストア寄るぞ」  ぶあつい手のひらが汗ばんでいる。カゴにペットボトルや菓子を次々放り込む。六百ミリのスポーツドリンクを四本。部活か? そうして隙間にコンドームの箱をすべらせた。  目当てのホテルは満室だった。そういえば金曜の夜だ。このあいだじいさんたちが消えて行ったのは朝だった。やつらはなにもかも理にかなっていた。 「男二人で怒られないところ、少ないんだよなあ。サウナとかヤリ部屋ってのもなあ」  ノンちゃんはスマホであれこれ検索した。結局、レンタルルームとやらに連れて行かれた。アメ横のはじっこで、見た目はふつうの雑居ビルだ。二時間二千円、ホテルよりずいぶん安い。  そのかわり部屋は狭いし、ベッドもウレタン製の簡易なものだった。各部屋にシャワーはついているがトイレはない。汚くはないが、生乾きっぽいにおいや、別のフロアが居酒屋だからだろう、油くさい空気がよどんでいた。タオルだけやけにまっしろだ。 「エッチするだけなら十分だろ。ラブホより安いし、男同士とか複数でもなんも言われない」 「複数とかすんの?」 「あんまり。睦郎、おれのそういうの気になる?」  ノンちゃんはにやにや笑った。 「おれ、前にこれと似たようなとこでバイトしてたんだよ。きのうの社長が持ってるとこ。受付と清掃やってたの。キツいからすぐやめちゃったけどさ」  備品の盗難や、あちこちこびりついた生理の血やゲロ、なぜか物入れにずらりと並べられた使用済みコンドーム……。 「そういう部屋って萎える?」 「考えないようにする」  固くて狭いベッドだ。ノンちゃんは笑っておれに抱きついてきた。Tシャツが湿っている。一日バイトしたからたっぷり汗をかいている。おれの髪をくくっていた輪ゴムを噛んで千切りやがった。熱のこもったあたまをぐしゃぐしゃなでまわされた。 「ねえ、おれが睦郎のどこが好きか、知ってる?」  知るか。でもこういうときの答え方は知っている。 「ぜんぶだろ」 「そう。ぜんぶ」  ノンちゃんは深く口づけてきた。相変わらず忙しないキスだった。舌や歯の裏をくまなくねぶられ、薄目を開けたら目が合った。うれしそうだった。  ばかだと思う。二十歳の時間と体を無駄にして、おれなんかにかまってどうする。でも思うだけで言ってやらない。背徳感とは快感だ。  やがてノンちゃんが小さくうめいた。体を離し、首をかしげた。 「さっきから耳が詰まってんだよな」  ぎゅっと目を閉じ、何度かまばたいた。両手で顔をこすった。 「プールの底みたいな……、重たい水が耳の奥に詰まってるみたいな……」  スポーツドリンクをごくごく飲み、しんどそうに息をついた。パチ屋のバイトをしていたのは短いあいだだったらしい。でも耳鳴りは続いている。 「大丈夫か。きこえなくなったりとかは?」 「平気だよ、べつに」 「タバコ吸えば」 「そんなんで治るわけないじゃん」  おまえが自分で言ったんだろうよ。わからねえなと思った。とりあえず頭をなでてやった。 「せっかく若くてイケメンなのに、かわいそうにな」 「うるせえよ!」  ノンちゃんはおれの手を払った。泣き出しそうな顔に見えた。 「睦郎にはわかんねえよ。早くシャワー浴びてきちゃえよ」  言って、ごろりと寝転がってしまう。おれは何かまずいことを言ったのか?  シャワーから出るとノンちゃんはまだベッドの上で体を丸めていた。 「ノンちゃん、出たよ」  寝転がったままノンちゃんはこちらを向いた。きまりわるそうにまばたいた。まるきり子どもだ。ベッドの端に腰掛けたらぐいと引き倒され、腰のタオルをはぎとられた。 「なんでタオル巻いてんの」 「べつに、なんとなく……」 「おれがパンツ脱がせたかったのに」  履いて出てくるべきだったのか? セックスなんて久しぶりすぎてわからねえ。しかも男は初めてだ。とりあえず見栄剥きしたけど、ノンちゃん相手に何やってんだろうなとは思った。腹の肉をつままれ、指先でくるくると陰毛をくすぐられた。白髪がある、と笑われた。 「さっきはごめんね」 「べつにいいよ」  ノンちゃんはTシャツを脱ぎ捨てた。下も脱いでパンツだけになった。勃起で派手な柄が伸びきっている。おれに与えたやつと色違いじゃないか。ああ、おれはほんとうのほんとうに抱かれるのだと静かに納得した。 「おれ風呂入んなくてもいい?」  ノンちゃんは腋を開き、おれの顔に押しつけた。びっしり黒い毛に覆われた腋が、ひどくいやらしいもののように思えた。 「ヤならシャワー浴びてくるけど。どう? ちゃんと嗅いでよ」  そう言われるとそうしなければならない気がした。おれは鼻面を食い込ませ、ぴりっとしたにおいを吸い込んだ。おれも犬だった。 「くすぐってえ」  ノンちゃんは満足そうに笑う。笑うからおれも、繁茂する毛と柔らかい皮膚をべろべろ舐め、吸った。硬い男の肌であっても内側はねっとりと吸いつく。湿ったくさはらに鼻や唇をくすぐられ、どんよりと腰が重くなるのを感じた。 「気に入った? 好きにオナっていいよ」  ノンちゃんがささやく。とっくにセックスは始まっている。おれはおれの役割を演じ始めている。ノンちゃんがおれの頬をなでた。おれはうなずいて自分の指に唾液をまぶし、ケツに突っ込んだ。うわ、とノンちゃんが声を上げた。 「やっぱオナるときって、ちんぽじゃないんだ」 「あんまり勃たないから穴のほうが好きなんだよ」 「やばいね。もう女じゃん」  いつもしているからスムーズに広がってゆく。ノンちゃんはおれの後ろに回り、ケツをのぞきこんだ。 「ひくひくしてんね」  顔を寄せてじっと見られている。息があたってくすぐったい。舐めてくれるのかと思ったら、べッと唾を吐かれた。 「あうっ!」  ひどい声が出てしまった。ノンちゃんは笑った。 「なんだよ、濡らしてあげてるのに」  そうして二度三度唾を吐かれ、ノンちゃんは指にコンドームを被せておれのアナルをいじりはじめた。 「あ、いちおう中洗ったけど……」 「うん、でもケツだからさ」  ひどい言い草だ。いっそう興奮した。ぐじゅぐじゅ音がする。病院で検査でもされているみたいだ。 「うっ、ううっ」  初めて人にいじってもらっている。アナニーとはぜんぜんちがう。恥ずかしいのにうれしくてたまらなかった。からっぽを埋めてもらっている。 「指、どんどん入っちゃうね。慣れすぎ」  ノンちゃんはくすくす笑う。指は二本、根元までしっかり押し込まれている。腹の奥がズンと痺れた。抜き差しされながら関節のでこぼこを感じた。さっきばあさんと握手した手指だ。  指を入れたまま、ノンちゃんはうしろから覆いかぶさってきた。熱い肌がべたっと背中に吸いついた。空いている手でおれの胸やへそをなでまわし、薄暗い部屋でも肌の色のちがいが目立った。褐色のごつい腕の中でおれは汗まみれになった。やがてちんぽをぎゅっと握られた。 「ちゃんと硬くなってんね」  からかうように言い、首にかみつく。けものだ。ふっふっと荒い鼻息が首筋をくすぐった。思わず声を上げたら噛む力が強くなった。獲物に自分の印をつけている。痛めつけられ、よだれが垂れた。 「べったべた。ほんとにケツで感じてんだ」  ノンちゃんはもうひとつゴムを取ると、おれのちんぽに被せた。 「睦郎けっこう漏らしちゃいそうだから、つけておこうね。あんまり汚すと店の人に悪いもんな」  汚すようなことをするのか? ノンちゃんはベッドにバスタオルを敷いた。おれの耳や首にキスを落とし、言った。 「入れてあげるから、おれのしゃぶって」  ノンちゃんは下着を脱いだ。前よりでかくなっている。亀頭は完全に剥け血管がぼこっと浮いていた。おれはなんで甥っ子とセックスしているんだっけ。今更か。鈴口からにじむ先走りのなまぐさいにおいが、思考を上書きしてゆく。 「ほら、あーん」  頬をなでられ、おれは舌を出して迎えた。ちんぽにひざまづいている。竿に舌を這わせた。くわえたら、熱く脈打っていた。口をすぼめて吸い、中で舌を動かす。けっこうできるもんだなと思った。 「おれのちんぽおいしい?」  ノンちゃんがおれの髪や耳をなでた。くわえたままうなずく。口いっぱいにでかいから鼻で息をする。どうしたってふんふん鼻を鳴らすことになる。蒸れた陰毛はいかにも男っぽいにおいだ。ふくらんだ亀頭が上顎をこすって喉奥へ入り込み、口の中でおえっと声が出た。吐き出しそうになったがノンちゃんに頭を強く押さえつけられた。 「あー、すげえ」  ノンちゃんはおれの髪を掴み、乱暴に前後させた。 「オエッてすると喉が開いて、めっちゃ気持ちいい」  喉まんこだねと笑われる。口から喉まで好き放題蹂躙され、視界がとろりと歪んだ。ちんぽを思いきりしごきたくなったが、がまんした。まんこはみずから射精しないだろう。  やがてぎゅっと鼻をつままれた。 「もう出ちゃいそうだからおしまい」  枕元のティッシュで雑に口をぬぐわれた。犬か、赤んぼか。こっち来な、と四つん這いにさせられた。 「睦郎、おまんこ見せて」  言われるまま、おれは両手で尻たぶを広げていた。ケツだけ高く上げる格好だ。ノンちゃんが息を漏らして笑うのがきこえた。バキバキに勃起したちんぽが穴にこすりつけられた。 「えっナマですんの?」  思わず振り向いた。ノンちゃんはきょとんとした。 「だっておれ、そのゴム小さくて入んないもん」 「なんで入るやつ買わないんだよ」 「でかいやつ高いじゃん」  メチャクチャだ。指にはゴムを被せたのに、ちんぽは生でもいいのか? ノンちゃんはもう一度おれのケツに唾を垂らした。ゴムの潤滑剤とまざって穴の周りはべちょべちょに濡れていた。腿まで垂れている。みずから愛液が湧いているような気になった。 「なあ、ほんとにそのまま?」 「なに? 睦郎、危険日?」 「バカ」  ノンちゃんはにやにや笑い、おれを仰向けにした。 「子作りするんなら向かい合ってしよ」  目玉がぎらついている。ノンちゃんの大きな体がつくる影の中におれはすっぽり収まっていた。自分で膝を抱えろと言う。そうしておれの穴を指で押し広げ、ちんぽの先をびたびたぶつけた。汁が散った。 「やばい。すげえドキドキする」  入れるね、耳元でささやかれた。こいつはほんとうにおれとセックスがしたかったのだと思った。 「あ、ああっ……!」  入ってくる。ノンちゃんのちんぽが入ってくる。初めてほんもののちんぽを受け入れていた。めりめり押し広げられる感覚に、思わず声を上げた。 「ああ、あ、すごい……」  おもちゃとはちがう。熱くて弾力があって、粘膜同士がこすれている。ぜったいに痛いと思ったのにあっけなくおさまった。思わず腰を引いた。ノンちゃんはすかさず体重をかけてきた。 「こら、暴れんなって」 「ゆっくり、ゆっくりして」 「睦郎、ほんとに女みたい」  おれ女としたことないけどさ、ノンちゃんはにやにや笑った。初めてだから優しくしてくれ。とは言えなかった。深く抜き差しされている。出ていくときヅルッと長くて、腹の中がめくれそうだ。ローションを使っていないのにひどい音がした。 「う、うう」  何か掴みたかったがバスタオルはぐしゃぐしゃに丸まるばかりでだめだ。ベッドをがりがりひっかいていたら、ノンちゃんが体を折っておれを抱き寄せた。おれもぎゅっと抱きついてしまった。背中に手をまわしたら汗びっしょりで、耳のピアスからもぽたりと落ちた。おれとセックスしてこんなになっている。あたまの奥が痺れた。ゆっくりした抜き差しは、あっというまに激しいピストンになった。 「あっ、んんっ、ノンちゃん、」  はりつめた先端がおれの深くを突いている。内臓を内側からいじめられている。 「奥だめ、当たってる、当たっちゃってるから、」 「うん、当ててる」  腹の中でごりごりと響いた。突かれるたびノンちゃんのでかいきんたまがびたびたと肌を打った。 「あっあっ、いや、あ――」  体が勝手にけいれんしてしまう。押さえつけるみたいに、ノンちゃんがおれの首を噛んだ。腰が勝手にがくがく揺れるのが止まらない。腕と足とでノンちゃんにしがみついた。 「おれもいきそう。ゴム替えてあげんね」  ふと見ればコンドームのなかに精液がたまっていた。いつのまに漏らしていたんだ。さんざん突っ込まれ、押し出されるように射精していたらしかった。すでに萎えかけてゴムははずれそうになっている。先端に白くたまった液体が揺れた。もう出ないからいらない、それよりもっと揺さぶってほしい、抱きついてねだった。ノンちゃんは興奮し、いっそう激しく腰を振った。荒い息は猛獣だ。えんえん掘られ、おれのちんぽはだらしなく揺れていた。  あらゆる体位でやられた。小さなベッドは派手にきしんで、ぶっ壊れるんじゃないかと思った。遠慮なく中に出され、腹の深くでちんぽが脈打つ感覚がたまらなかった。  途中、ノンちゃんがスマホを取り出した。背後でぴろんと鳴って気がついた。 「えっなにしてんの」 「記念の動画?」 「そんなん撮ってどうするんだよ」 「きまってんだろ、あとでオカズにすんだよ」 「バカ」  スマホのレンズはしっかり結合部を捉えていた。持ったままノンちゃんは器用に腰を揺さぶる。撮られていると思うとめまいがした。中に出されたザーメンがあふれ、尻のあいだをつたう。むずむずする。もっと突いてほしくて腰を捩った。ノンちゃんは笑い、ぴしゃりとケツを叩いた。痛みがはじけてあたまがばかになる。おれは枕によだれを垂らした。記念? たしかにこんなセックスは記念だろう。 「……その動画、おれにもあとで送って」  いつまでノンちゃんといるかわからない。ぜんぶ束の間なのだと、ノンちゃんはわかっているのか。 「ノンちゃんのちんぽと精子いっぱい映して。おれもオカズにする」 「うわー、睦郎のすけべ」  ノンちゃんはスマホを放り出し、思い切り口づけてきた。 「なあ、もう時間だって、ほら」  シャワーを浴びたノンちゃんは、濡らしたタオルでおれの体をざっとぬぐい、服を着せた。さんざん好きにされて動けなかったのだ。立ち上がろうとしたら膝が笑い、みっともなく転んだ。生まれたての子鹿だとノンちゃんはふざけた。ふざけながら菓子を食った。 「大丈夫かよ?」 「先行ってていいよ。自分で延長料金払うし、ゆっくり追いつくから」 「ええ? めんどくせえなあ……」   ノンちゃんはひょいとおれをおぶった。 「うそだろ、やめろって」 「大丈夫、睦郎なら軽いから余裕」 「そうじゃない、恥ずかしいんだよ」  本当におれをおぶったままノンちゃんは歩いた。焼肉屋はキムチ横丁と呼ばれるコリアン街にあり、アメ横からすぐ近くだと言う。 「平気だよ。おれガイジン顔だから、そういうもんかなあってみんなスルーしてくれるって」  短い髪からシャンプーの香りが漂った。広い背中にぴったりくっついているとセックスの続きみたいな気がした。ケツの中に残った精液がじわじわ垂れてきておれは悲鳴をあげてしまい、ノンちゃんにからかわれた。おぶわれて、ひでえ冗談を言い合って、それでもやはり誰も振り向かなかった。おれが犬か鞄のようなものだからではない。よそ者ばかりのこの街でさえノンちゃんは異邦人に見えるからだ。  歩道橋を渡り首都高をくぐるとあたりは急にしんとした。暗い通りだ。外灯はまばらに光を落としていた。背中が温かくて眠くなった。目を閉じて、ノンちゃんのサンダルがぺたんぺたんと響くのを聞いていた。そうしてふと気づいた。 「……なあ、サンダル落とした」 「は?」  気がついたら片方ぬげていた。はだかの左足をぶらぶらさせた。ノンちゃんは驚いた。 「まじかよ。えっ、いつ落とした?」 「わかんない。買ったばっかだったのにな」  二人で後ろを振り返った。がらんとした通りだ。猫一匹歩いていない。ノンちゃんはおれをおぶい直すとそのまま歩き出した。 「とりあえず肉食おう。おれ腹減ったよ」 「いいの? 探しに行かないと、帰りもおぶってもらうことになっちゃうけど……」  でもおれもノンちゃんも笑い出しそうだった。いったいなにをやっているんだ。 「靴なくすなんて、睦郎は赤ちゃんみたいだなあ」 「シンデレラと言ってくれ」 「十二時過ぎてもおれは連れまわすぞ」  夜風が裸足に絡まり涼しかった。  提灯の下がる路地裏、時間が止まったような一角に焼肉屋はあった。店というか小屋だ。二階の座敷に通された。客はおれたちしかいない。換気扇はうるさく回っていたが、けむりはもうもう立ちこめた。  肉はうまかった。甘辛いタレに漬かったハラミは噛み切れないほどぶあつい。いっぽうキムチはとことん辛く、酒がすすんだ。なぜかマッコリはビールの空き瓶に入って出てきた(密造か?)。ノンちゃんは脂っこいカルビをいくらでも頰ばり、酒も飲んでいるのに米も食う。ほとんどバイト代を使い切る勢いだ。だから金がたまんねえんだなと思う。 「よく食うなあ」 「いいだろ、育ち盛りなんだよ」 「やっぱノンちゃんは半分アメリカなんだな。おれとはぜんぜんちがうよ」 「……そうかもね」  ノンちゃんはなぜかぶすっとした。  あらかた食い終わったころ、サンダルを探してくると言ってノンちゃんは席を立った。  ひとりになると急に静かになった。これっきりノンちゃんは帰ってこないような気がした。妄想だ。でもありえなくはないのだと思った。  べつにケンカをしたわけではない。平和にセックスして肉を食っていただけだ。たぶん。ノンちゃんは終始楽しそうだった。……でもこれまでおれがゆきすぎてきた四十二年だって、なにもかも穏やかに、いつのまにか、取り返しのつかないことになっていたじゃないか。疎遠になったひとたちとは別れの言葉を交わしたわけではなかった。あるいは受験の失敗をひきずったまま、いつのまにか景色が途切れていたこと。絵描きのみんなが大学を出ているわけではないのに、どうしておれはそんなことでだめになったんだろう。才能か。  ノンちゃんが置いていったVAPEを吸った。ライムとピーチのフレーバーだと言っていた。たしかにそんな香りだがじっさいのくだものとはちがう。煙を輪っかにしようとしたが今日はうまくいかなかった。ノンちゃんはおれにさよならするつもりでVAPEを置いていったのかもしれない、妄想をもてあそんだ。マッコリのお代わりを頼んだら、カリアゲ頭の子どもが眠そうに持ってきた。  やがて雨が降り出した。ぽつぽつと弱い雨垂れだ。靴も傘もない。便所のサンダルで帰るか? 店の人に怒られそうだ。おれもノンちゃんも、まともな友だちや恋人がいたら、まともな職に就いていれば、きっとセックスなんてしなかった。がっつり種つけされたのでケツがぐずぐずだ。ノンちゃんが帰ってこなかったらおれは実家に帰るだろうか。それともどこか遠くへ消えてしまおうか。こんなふうにあっけなくぜんぶが終わってしまってもいい気がした。そういう雨だった。  声がした。 「睦郎!」  ノンちゃんがどたどたと階段をのぼってきた。 「あったよ、サンダル」  ニコニコしながら言う。髪にうっすら水滴がついていた。ほっとしている自分が恥ずかしかった。 「……傘は?」  礼も言わずにおれは足を突き出した。ノンちゃんは腰をかがめてサンダルを履かせてくれた。 「まだそんなに降ってないよ」 「ばか、ついでに買ってこいよ」  言ったら頬をつねられた。  こまかい雨のなかをかえってのろのろ歩き、途中、腹一杯で苦しい、歩けないとわめいてみたら、ノンちゃんはうれしそうにおれをおぶった。

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