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【5】-1
「逃げてきたんだよね」
翌日の夕飯の席で律が言った。明日から連休という日の夜で、新吾が作った親子丼とインスタントの味噌汁が和室の座卓の上に並んでいる。
紅ショウガをこんもりと丼のてっぺんに盛りながら、律が繰り返す。
「逃げてきたんでしょ? いとこから」
「なんで、わかるんだよ」
もぐもぐと口を動かす顔をじっと見た。律のひと口は大きい。こんな食べ方をしても上品に見える顔というのは、いったいどういう造りをしているのだと不思議になる。
「前に、子どもの時のことも知ってたよな」
「んん……? はひほ……」
「口に飯が入ってる時は、無理に答えなくていいから」
「むご」
律がこくりと頷く。可愛く見えるところが得だ。シャツから覗く白く細い首に視線が吸い寄せられる。
本当に、律はあの林檎の木のあやかしなのだろうか。
庭の林檎は、新吾を追いかけてここまで飛んできたフライングアップル?
「どうして?」
ひと口目の親子丼をのみ込んで、律が聞く。
「いとこのことが嫌いだったの?」
「嫌い、とか……、好きとか、嫌いとかがわからないから、逃げてきた」
「ああ。考えたこともなかったのか」
その通りだ。きょうだいみたいなものだと思っていた。
「新吾って、誰かを好きになったことは? ないの?」
「わからない……。たぶん、ないと思う」
「ヤリたい盛りの青少年が、不自然だね」
「律はどうなんだよ」
四つも年上なら、その分、経験があるはずだと詰め寄れば、「言われてみれば……」と顎に手を当て考え込む。
なかったらしい。
「お互い、そっちの方面に疎かったみたいだね。そもそも新吾は、林檎の木とかであれこれ妄想する謎の性癖の持ち主だし」
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