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side master 3

 流伽とアパートで暮らし始めて一週間。 「お弁当です。周防さまの大好物のだし巻き卵を入れましたよ」 「まじ? やったー!」  見送りのときに弁当箱を差し出され、思わずガッツポーズしてしまうオレ。それを見て満足げな流伽。  ……はっ。すっかり流伽のいる生活に慣れてしまってるな。 「こほん。今日は昨日より早めに帰るから」  取り繕おうと咳払いするオレに、流伽はクスクス笑う。 「かしこまりました。夕食のリクエストはございますか?」 「んー。中華がいい」 「かしこまりました」  恭しい流伽のお辞儀に送り出され、オレは大学へ向かった。  大学からの帰り道。 「あー。やっぱ流伽がいると楽なんだよなー」    世の中の主婦及び主夫の方に比べたら全然きっちり家事をしていないオレだが、それでも授業の疲れた体でなれないことをするのは疲れるわけで。  掃除の行き届いた清潔な部屋。ゴロゴロしているだけで、出てくる美味しいバランスの整った食事。色移りしていない洗濯物。バッグの中身は、翌日の授業の教材がバッチリ入っていて。 「やばい。このままじゃあいつのいない生活に戻れない……」  一人暮らし始めた直後だって、ホームシックに加えめちゃくちゃ苦労したんだよな。ジャンクなものを受け付けない舌に戻った気がする。 そして流伽はそこらへんの女の子より全然美人だし、料理もうまいし、彼女作れる気もしない。  大体執事付きのアパートに、女の子連れこめないしなー。 (そういや、ルカの誕生日もうすぐだったよな。世話になってるばっかで何もできないからケーキでも買ってくか)  ちゃんとしたプレゼントは当日までに用意するとして。  オレは近所で美味しいと評判の有名なケーキ屋に向かう。イートインスペースも備えられていて、家へのおみやげを買うついでに食べていく人も多い。 「いちごのショートケーキ二つ」  誕生日といえばホールだが、男二人で食いきれるもんじゃないしな。迷って無難に食べ切れる量を買う。 「かしこまりました」  可愛い制服の店員さんが、手際よく箱に詰めてくれる。 「またお越しくださいませ」 (流伽喜ぶかな)  ワクワクしながら店を出たとき。 (流伽!?)  流伽の姿を見つけて、オレは物陰に隠れた。流伽だけならこんなことしない。オレがこうしたのは、女の子と一緒にいたから。  二十代半ばくらいだろうか。流伽と並んでも全く引けを取らない美貌と長身。高いヒールを履いてルカより少し低い程度なのは、女の子にしてはかなり高い。  チャイナドレスに、二つに結ったお団子がよく似合っている。 (てかチャイナドレス!? コスプレ!? あいつあんな趣味だったの!? 家でやれ家で!)  もうどこから突っ込んだらいいか分からん。 仲が良さそうに談笑している二人は、先ほどオレが出てきたケーキ屋に入っていって。 (……ああ)  鈍くてバカなオレでも分かってしまった。彼女こそが流伽の想い人なんだと。そして上手くいったんだって。  それからどうやって家に帰ったのかは覚えていない。 「……周防さま? いらっしゃるのですか?」  玄関で声がしたと思ったら、部屋の電気をパチンとつけられた。 オレは、自分の部屋のベッドにつっぷしていたのだ。 「鍵がかかっていませんでした。不用心ですよ? 周防さまもあそこのケーキ屋に行かれたのですね。私も先ほど買ってしまったので二つになってしまいましたね。冷蔵庫にしまい忘れてましたよ。………もしかして具合がお悪いですか?」  一向に顔も上げず返事もしないオレに、流伽が心配そうな声を出す。 「………悪くない」  心配してもらったのが嬉しい。執事の幸せを喜べないずるい主人なのに。 多分オレが「彼女と別れろ」って言ったら別れてくれる。でもオレは流伽の不幸を願ってるわけじゃなくて。 「マスター? 申し訳ございません。触りますね」  断って流伽はオレをベッドに座らせた。 「顔色はよくないですが、熱はないですね」  額に当てられた流伽のひんやりした手が気持ちがいい。 「ごめん」  オレは、絞り出すようにして言った。  ずっと言わないでおこうって決めてた。でも彼女と二人でいるところを見たら、気持ちが溢れて止まらなくて。気持ち悪く思われたのなら、流伽から離れてくれるからちょうどいいし。 「オレ、流伽のことが好き……。流伽がオレ以外のものになるのやだ……。でも流伽が悲しむのはもっとヤダ……。オレ、どうすればいいの?」  こんなこと聞かれても流伽は困る。そう思ったけど、あふれ出た言葉はとまらなくて、案の定流伽は困った顔をしていた。 「ええと。申し訳ございません」  謝られたことで、断られるんだって思った。でも次の言葉はオレの想像と真逆のものだった。 「オレは、初めから今でもずっとマスターだけのものです。他の人のものになった覚えはございません。そしてオレも周防さまをお慕いしています。ずっと」 「は? え?」  慕うって、好きってこと!? 思っても見なかった言葉に困惑するオレ。予想外に嬉しいことが起こると、まず混乱するんだな。人間って。 「遠ざけたのは周防さまのほうではないですか。私に黙って志望大学変えて、新しい住所も教えてくださらずに。私がどんなにショックを受けたか分かります?」 「ええとごめん」  思わず謝ったけど、いろいろ疑問は残っていて。 「受験前の冬に、親父とお前が話してるの聞いちゃったんだけど。結婚したい相手がどうのこうのって。 あとさっき一緒にケーキ屋入ってくの見たんだからな!チャイナドレスのコスプレさせた長身美女と! もうすぐ誕生日だからお前が喜ぶと思ってわざわざケーキ買いに行ったのにさ! 彼女と買ってきやがって」  そうだよ! オレを喜ばせる嘘ついてんじゃねー! オレははっきり聞いたし見た! 優しい嘘なんかいらねー。  これでいい逃れられないだろうと鼻息荒く言い放つ。 「私を喜ばせるために買ってくださったのですか? 嬉しいです。周防さま」  嬉しそうに言うな。そして論点はそこじゃない。 「結婚したい相手というのはあなたです。周防さま」 「は?」  目が点になって、疑問符が頭の中を駆けまわる。  男とは結婚できないけど? ああ、まあ最近はパートナーシップだの海外移住だの色々できるけど、でもまだオレ未成年だし。 「ですから『私の手が離れたら』と申し上げたのですよ。周防さまが大学をご卒業され、お仕事に慣れ始めたくらいにお気持ちを打ち明けようと思っていました。その頃にはあまりお世話は必要ないでしょうから、受け入れられなかった場合はおそばを離れても問題ないだろうと。というか、受け入れられないだろうと思っておりました」  流伽はオレの手を取った。 「先ほどの女性は美味しいと評判の中華料理店の娘さんです。中でも麻婆豆腐が評判で、レシピをずっとお聞きしていたのです。周防さまお好きでしょう? やっと教えていただいて、お礼にケーキをごちそうしたのです。ああ、ちなみに私は周防さまと食べるために食べていませんからね? 彼女お若く見えますが、私と同じくらいのお子さんがいらっしゃるそうですよ?」 「嘘!?」  衝撃の事実。恐ろしき美魔女。その美貌の秘訣を本にまとめたらベストセラーになりそう。 「あとご心配なことはございますか?」  完璧な王子さまスマイルを浮かべる流伽。常々思ってたけど、こいつのほうがよっぽどご主人様っぽいよな。オレ平凡な日本人顔だし、若すぎるし。  とりあえず疑問は解消されたので、黙って首を振る。あとは家族にどう打ち明けるか、だがそれはおいおいでいいよな。オレは跡継ぎじゃなくて気楽な次男坊だから、子どもを作れないことには何も言われないだろうけど。男同士ってことをすぐに受け入れるのは無理だろうなー。 「ちなみに旦那さまたちにはご了解いただいております。周防さまが受け入れてくださるのなら、別にかまわないそうです」 「え?」  さすが有能執事。仕事が早い。そして親父たち順応性高すぎというか、懐でかすぎ。いや、反対されるのめんどいからありがたいけど。 「では、これからは恋人同士ということでよろしいですね」  改めて確認されるとなんだか気恥ずかしいんだけど。 「う、うん」  こくりとうなづくと、流伽がふわっと笑って。今まで見てきた笑顔の中でも格別にかっこよくて、「ああこんなにイケメンなんだから、オレが落とされても仕方ねーや」と思った。 「抱かせてください。周防さま」 「は? メシは? シャワーは?」  お付き合いしたらゆくゆくはそんなことあるんだろうと思っていたけど、流伽、お前早すぎ。色々悩んで腹が減っているんだが。というかシャワー浴びずにあれこれするのは、難易度が高いというか。 「ずっとお預けだったので我慢できません」  流伽は真剣な表情で、オレの手に口づけた。その目にはすでに情欲の色が漂っていて。 「Please spend tonight with me.」  囁くように言うと流伽はオレに口づけた。 「……終わったら、上手い麻婆豆腐作ってくれよ」  軽いキスが終わったらそれがオレの答えだった。流伽は返事の代わりにゆっくりとオレをベッドに押し倒した。  

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