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第2話

 荷物を置く間も無く片桐さんに案内されたのは応接室で、ピカピカの古い屋敷によく似合う、古くて偉そうな骨董品の数々が並んでいる。俺には全く価値が分からない。  それよりも、部屋の中央の応接セットには、四人の男女が並んで座っていた。  一人はスーツ姿のサラリーマンのようで、歳も四十代半ば辺り。頭髪が既に薄い。屋敷の従業員かと思ったら、やぁやぁと気さくに話しかけて来た。 「君が朝霞くんかい?可愛いねぇ、こんなに若い弟とは思わなかった。うちの息子と同じくらいかな。私は仙波といいまして、君のお兄ちゃんだよ」 「ええっ」  お父さんの間違いじゃないのか。だってどう見たって母さんと同じくらいで。しかも俺のこと息子と同じくらいって言ったし。 「ちょっと待って、一郎さんって幾つなの?」  部屋の隅でお茶の用意をしている片桐さんに尋ねれば、切れ長で印象的な目がちらりと俺を見る。 「今年で六十五歳でごさいます。仙波様は本家のご兄弟よりも年上ですので、ご長男です。今回二郎様はあくまでも血筋を優先しておられますので、藤堂の血を引いていればどなたでも構いません」 「あら、血筋が藤堂で良ければ私達もその権利が有るわね」  ソファで優雅にお茶を待っている、女優のように艶やかな美人がふふふと笑う。年は三十半ばくらいだろうか、もしかしてお姉さんなんだろうか。  俺が神妙な面持ちで見ていると、その人は大げさに首をすくめて見せた。 「私達はあなた方の兄弟では無いの。藤堂の親戚の者で、二郎様に会いに参りました。艶子と申します。こちらは弟の勝海」  こちらはと同じソファに並んで座っている男性を示す。茶髪が長めでチャラそうな、頭の軽そうな男だ。片桐さんの方が年下に見えるけれど、よっぽどしっかりしている。 「DNAが濃い方がいいんじゃねぇの?愛人の子でも二郎からみりゃ甥っ子姪っ子だし」  勝海さんは言う事も軽くてびっくりだ。本人達を目の前にして愛人の子呼ばわりとか喧嘩売ってんじゃねえのか。気が弱いから買わないけどさ。 「最後になりましたけど、私は杏奈です。朝霞くんの姉になります。よろしくね」  見ると、仙波さんの隣にものすごく可愛い人が座ってこちらを見ていた。三十歳くらいなんだろうけど、凄く可愛い。昔の清純派アイドルみたいで可愛い。とにかく可愛い。 「朝霞です。子供の頃にお姉さんいたらいいなぁとか思ったけど、杏奈さんがお姉さんなんて、なんでもっと早く会えなかったんだろう。ぜひぜひ仲良くして下さい」  意気込んで言ったら、ソファでくつろいでいる勝海さんに、兄弟は付き合え無いから残念だねと笑われた。  ちくしょう、そうだった。惜しい。それにしても勝海さんのザマーミロ的な笑い方が喧嘩を売って来ていて腹立つ。気が弱いから買わないけど。  ボソボソ口の中で文句を呟いていたら、お茶が入ったらしく片桐さんがソファに座るよう呼んでくれた。一人掛けのお誕生席に俺が座ると紅茶とケーキが配られる。 「本日はレアチーズケーキをご用意いたしました。皆様の末の弟様、朝霞様がお好きだとの事でしたので。どうぞご歓談をお楽しみ下さい」  皿の上の上品そうなチーズケーキを俺は見つめてしまった。これは母さんの好物で俺じゃない。片桐さんは母さんから俺の事を色々聞いたんだとしたら間違った情報で、面倒くさそうに適当に答える母さんが目に浮かぶようだった。  みんながフォークを持って食べ始めたから俺も合わせて一口食べてみたけれど、チーズの濃いまったりした口当たりの物で一番ダメなタイプだった。正直言って嫌い。 「どちらのケーキかしら」  艶子さんが聞いて片桐さんがどこぞの一流ホテルの名前を告げると、やっぱりあそこのは美味しいと話が進んで行く。美味しいケーキで良かったねと、俺の好物が前提なので杏奈さんが微笑みかけてくれて、その可愛い笑顔で苦手な物の一つや二つや三つ食えそう。姉とか本当に残念過ぎる。  そんな事を考えていたらフォークを落としてしまい、いつの間にか後ろに控えていた片桐さんがすかさず新しいのを差し出してくれた。 「すみません、ありがとうございます」  俺がお礼を言って受け取ると、艶子さんがああ嫌だと大げさに肩をすくめた。 「片桐はそういう役目なんだから、礼なんか言わなくていいのよ」 「え、でも……」 「全く、下賤の女が産んだ子じゃ使用人の使い方も知らないはずだわ。二郎様は何を考えてこんなのばっかり集めたのかしら」  これはもしかしなくても、はっきり喧嘩を売られている。勝海さんといい何だこの姉弟。いい年こいた大人のくせに。 「片桐さん、俺……」  帰りたいんですけどと続ける前に、使用人に敬称は要らないと艶子さんにピシッと言われた。  だって片桐さんの方がずっと年上で、その人を呼び捨てるなんてなかなか出来ないんだけど。 「結構です、片桐とお呼び下さい。それから朝霞様はもっとはっきりなさって下さい。控え目なのも結構ですが、モゴモゴ喋られると聞こえませんので」  片桐さんにまで怒られた。  なんなんだ、この集まりは。

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