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第11話

 片桐に一時保留と言われてから、待っている間にどんどん時間が過ぎてしまい、あっと言う間に二週間が立った。  忘れてるんじゃ無いだろうか。それとも最初から考えてくれる気が無かったのかも知れない。  むーっと、一人で庭の藤棚のベンチで暇を持て余していると、何を不貞腐れた顔をしてるんだと勝海さんがやって来た。  図々しく隣に座って俺の尖らせた唇を指先でつまむ。 「ひたいはら」 「なんだって?」  ふんっと、俺は勝海さんの手を振り払う。 「痛いからっ」 「ごめんね、ごめんねぇ」  軽い。全く杏奈さんはなんだってこんな頭の軽そうな人がいいんだか。 「で、何の用ですか」  勝海さんと杏奈さんは上手く行っているらしくて、最近はめっきり二人の世界で過ごしていて俺たちとは接触を持たなくなっていた。幸せなのは結構なので、どうでもいいけど。 「なぁ、片桐は杏奈の事好きだったと思う?」  にやにやしながら聞いてくる。 「知らないですよ、そんなの」 「お前は俺と片桐、どっちが兄ちゃんに欲しかった?」  どっちも嫌に決まってる。片桐が兄ちゃんになったら一生小言を言われ続けそうだし、勝海さんだと付き合うには面白いけど問題ばっかり引き起こしそうだ。 「この間会ったばっかりだから杏奈さんを姉って言われても。兄弟って言うより、年の離れた友達みたいに付き合って行くんだと思う」 「俺は生まれた時から藤堂の人間なわけよ。で、片桐は従業員。ここにもう差が有るだろ。最初から張り合って勝てるわけねーのに、あいつも身の程知らずだね」  自分から質問したくせに、人の話全く聞かないで言いたい事だけ言ってるよ。つまりそれが言いたかったんだな。 「あいつは見た目はいいけど、何も持って無い。偉そうな事言ってても所詮こんな田舎の留守番だろ、先が無いよ。俺はこれから藤堂を動かす人間だからな、そりゃ杏奈も俺を選ぶに決まってる。仕事も女も力の有る物が勝つんだ」  相当意識してるなぁーとびっくりした。片桐の方はそんな風には全く見えなくて、毎日忙しそうに何処かに飛んで行ってしまうのに。 「片桐、ヘリで毎日どこ行ってるんですかね」 「晩飯の食材集めじゃね?」  まぁお前も頑張れよと勝海さんが景気良く俺の背中を叩いて、そのまま肩を組んで来る。 「仲良くしよーぜ、義理でも兄弟になるんだから。お前は会社のどっかで使ってやるから心配すんな」  それは将来安泰で良かった。関わる気が無いからどうでもいいけど。  だけど片桐は杏奈さんが好きだったのかなと、ちょっと思った。隠れてイチャついてたのを一度見たし、交換条件とやらで杏奈さんは己自身を差し出したと聞いた。それってそういう事なんだろうか。でも後継者からは落選してる。条件が成立しなかったという事なんだろうか。  片桐のベッドシーンを想像して、俺はうーんと唸る。  全然想像つかない。エロより坐禅でもしてそうな人だ。いや、違うな。片桐は妙に色気が有る気がする。真面目に見えて実は……とか有りそうな人。 「なんか面白く無い」  思わず呟いたら、何がと勝海さんに顔を覗き込まれた。 「なんだよ、お前片桐が兄ちゃんの方がいいのかよ」 「そんなのどうでもいいですよ。それより勝海さん車で来てるんでしょ、俺を町まで連れてって下さい」 「なんで」 「俺、ろくな着替え持って来て無いからもう服が無い。ついでにお金も無いからお兄ちゃんなら買って」  図々しい奴だなと、肩に回っていた腕がそのまま首にかかり、肘で首を抑えられてもう片方の手で頭をぐりぐりされる。 「痛い痛い、離して、痛いよっ」 「服くらい買ってやるよ、こいつ可愛いな」  ぐりぐりぐりぐり。随分暴力的な兄貴で先が思いやられる。  そんな風にしてしばらく戯れていたら、いきなり別の強い力に腕を持たれて引き上げられて、問答無用で俺はベンチから立ち上げさせられた。  全く予想していなかった突然の事について行けず、足元がふらついた所で抱きとめられる。  顔を上げると、片桐だった。 「やめて下さい、勝海様。朝霞様はか弱い方です、怪我をするかも知れない」 「は?」  見上げた顔は薄い頬が全く笑っていなくて、マジだ。  大丈夫ですかと真剣に聞かれて、訳も分からず俺は頷く。 「遊んでただけだろ、怪我するまでやるかよ」 「金輪際触らないで下さい」 「バカか?過保護が行き過ぎてる。そいつは子供じゃねぇんだぞ、片桐が心配しなくても勝手にやるよ」  そうだそうだ、もっと言って。  けれど片桐の方はそう言われて悔しかったらしく、冷めた目で勝海さんを一睨みすると俺の頭をこれ見よがしに撫で回す。  ぐりぐりぐりぐり。これはこれで支える首が疲れる。 「あなたに何か有ると、私はどうしたらいいか分からない。出て行かれても困るし、入院されても困る」 「俺そんなに弱く無いから」 「いっそ虫カゴに入れて持ち歩ける方が楽です」  虫か……。  せめて鳥かごまでランクアップして欲しいけど、そこは突っ込まないでおこう。  そんな片桐の様子に、アホだなとうんざりした風で勝海さんが立ち上がった。 「あ、勝海さん。明日ね、お願いします」  その背中に俺は約束を取りつける。勝海さんは返事のかわりに片手をひらひらさせて行ってしまった。 「何が明日なんですか?」  勝海さんの姿が完全に見えなくなってから、片桐はやっと俺を解放して藤棚の下のベンチに腰掛けた。隣に座るよう促されて俺は素直に従う。 「買い物に連れて行ってもらう約束」 「買い物ですか?」 「うん。季節が変わって暑くなったから、服がなくなった」  今日もいい天気で緑が眩しいのに、俺が着ているのは長袖のシャツだ。  それを見て、あぁと片桐は納得したように頷いた。 「私の落ち度です。気付けなくて申し訳ありませんでした。私の服が有りますので、よろしければ差し上げます」 「サイズが合わないし、悪いよ。それに勝海さんが買ってくれるって言ったから、たかってくる」 「……勝海様が朝霞様に服を選んでさしあげる」  すっ……と、片桐の目が細まり、殺気を感じた気がした。 「ず、図々しいけど仕方無いじゃん、俺お金無いし。それより片桐バイトの話考えてくれてるの」 「却下です。バイトは許しません。明日は私が買い物にお連れします」 「なんで。自分で稼げれば誰にも迷惑かけなくて済むのに」 「迷惑とは思いません。私がそうしたいからするんです」 「俺は自立したいし、母さんがいなくなった時にそうするべきだったの」  俺のしようとしている事を全部ダメと言う片桐とは本当に話にならない。全否定された気がして悲しくなり、もう話さない方がいいと立ち上がれば、手首を掴まれて引き戻される。 「もう、いいよ」  なんだか怒りより悲しくて仕方無い。 「落ち着いて。私がいけないと言ったのは勝海様と出掛ける事で、バイトの事では無いです」  なだめるように肩を抱かれて、そうかと思った。バイトは却下って言ったのは聞き間違いか? 「じゃあバイトはいいの」 「バイトはもう少し待って下さい。通える場所に見当を付ける事から始めなければならないので」  下山が大変なんだから、それはそうだ。待たされる理由が分かれば納得できる。そこは素直に頷くと、隣の片桐から少し安心した気配が伝わって来た。 「良かった。泣くかと焦りました。それから、買い物は私がお連れ致します。勝海さんにご迷惑をお掛けするのは良く無い。分かりますか?」 「迷惑かけるのは片桐にも同じだから、やっぱり買い物はやめておくね。ごめんなさい」 「いえ、これから暑くなりますので無理して身体を壊される方が心配です。服の一枚や二枚で済むのでしたら、その方がいい」  こんなに細い腕をしてと、片桐が俺の手首を取る。片桐の手がゆうに回ってしまう手首は、決して細い訳じゃない。身長が足りないから相応なだけだ。デカイ奴には分からないのでデリカシーが足りない。 「でも片桐は明日もどこかに出かけて、忙しいんでしょう。悪いよ」 「今晩必死で雨乞いします」 「雨乞い?」  空を見上げれば初夏の太陽が眩しく輝き、あまりの青さに目が眩むようだ。一緒に空を見上げた片桐の横顔は、本気の願いを込めたように真剣だった。  嵐が来ればヘリは飛べない。

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