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3人目の脱落者
翌日の日曜日は屋敷で溜まった課題をこなして、夕食の席に行くと久々に勝海さんと杏奈さんが椅子に座っていた。
艶子さんはと言えば何も変わらず、何をも変える気も無く、仲睦まじい二人を黙って見ている。
「皆様お揃いですので、少しよろしいですか」
食事が済んだタイミングで片桐がすっと俺の横に立ってダイニングに着いている俺たちを見回す。
これは……この雰囲気は。過去に二度経験した、候補脱落宣告。それは全員が気配で読み取ったようで、黙って片桐を見つめる。
今回は俺に決まってる。ここで落とされてもすぐ帰れとは言わないって約束だから、生活に変化は無いはずで、むしろ宣告が遅すぎたくらいだ。
それでも緊張感は有るので、身構える俺の肩に後ろから手を置いた片桐は、勝海さんに向かって告げる。
「お疲れ様でした」
「えっ……」
誰に言っているのか理解出来ず、全員がポカンと片桐を見つめていた。
「後継者は朝霞様に決まりました。皆様、長い間お疲れ様でした」
……俺?
「ちょっと待て、何を言っているんだお前は。俺は親戚だぞ」
「遠縁ですが、そうですね」
ガタガタと椅子の音を立てて立ち上がった勝海さんが片桐に詰め寄った。
「だったら俺で決まりだろうが。何を血迷ってんだ」
「朝霞様も血縁者です。最初からその条件でした」
「そんなもん知るか。藤堂と何の関係も無い女の子供だろうが」
「あなたのご両親も、ご結婚されるまではお母様は藤堂と何の関係も無い方だったと思いますが」
「立場が違うんだよ、これまで何も知らずに生きて来たそいつと、生まれた時から藤堂の俺じゃ。だいたいこいつに何が出来るんだ」
全くだ。俺には何も出来ず、また後継者になどなる気も無く、更にここを出て行きたいと思っているのに。
「では、あなたには何が出来るんですか。家に甘え何もしておらず、あわよくばを狙って呼ばれもせずにここに来た、あなたは何を成し得たんですか。何をしようと考えているんですか」
その瞬間に勝海さんが片桐の胸ぐらを掴み、杏奈さんが悲鳴を上げた。甲高い女性の叫び声に釣られて、俺は自分の真後ろで繰り広げられようとしている乱闘に思わず割って入った。
「待って!暴力はだめっ」
片桐をかばって勝海さんを突き飛ばすと、離れた勝海さんが舌打ちをする。
「クソガキがっお前が邪魔なんだよ」
怒声と共に手首を強く引かれて、はっとした時には目の前に握り拳が見えた。瞬間的に覚悟を決めて奥歯を噛みしめ目を閉じると、ばんっと強い音が聞こえて、でも殴られた衝撃が来ない。
「私のものに金輪際触れるなと言っただろ」
片桐だった。恐る恐る瞼を開ければ、目の前に片桐の広い背中があって、その脇から勝海さんが床に転がっている姿が見えた。
「お引き取り下さい。通報します」
「片桐」
俺をかばって片桐は殴られたのだろうか。急いで前に回り込んで顔を見た。その表情に俺は固まり、動けなくなる。
怒っていた。これまで片桐が見せたどの怒りよりも強く、激しく怒りの色を浮かべている。
「何これ……なんで。もう終わりよ。なんなのあなた、もう決まってるって言ってたくせに、だから私は大人しく遺産放棄の誓約書を書いたのに、何にも取れないじゃない!」
ヒステリックな叫び声が食堂に響いて、杏奈さんが床に転がっている勝海さんを蹴る。
「何も出来ない能無しがっ、三流もいい所だわ。お前の将来なんかここで勝てなきゃゴミでも漁って生きて行くに決まってんだろ、何様だと勘違いしてんだボケがっ」
すげぇ。
可憐な女性が細い足で跪く男を蹴りまくる。離婚の理由が分かった気がして、あまりの有様に言葉を無くしていると、もうそれくらいにと艶子さんが静かに告げた。
「うるせぇんだよ、クソババァが。偉そうにお前こそ何様のつもりなんだ」
「そんな子でもうちの会社の時期社長よ。もちろん実権は私が握るけれど。あなたも大人しく猫を被っていれば社長夫人になれたのに、残念ね」
「要るかそんな中小なんか」
「ではお帰りなさい。そろそろ潮時を過ぎたわ」
動じず食後のコーヒーを飲む艶子さんが強い。さすがと言うか、只者じゃない。女は怖い。
俺は体が強張ってしまって動けなくて、一人で呆然と立ち尽くした。
杏奈さんも勝海さんも片桐も、みんな怒っている。それは俺なんかが後継者に指名されたからで、なんで俺なんだ。そんなのやる気も無ければ何にも知らない俺なんかに勤まるはずが無い。これこそ会社を潰すようなもんで、そんな責任も背負えない。
なのに、なんで俺なんだ。
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