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2つ目の罠
お別れは突然に。
艶子さんにも留守をお願いして、俺と片桐はヘリに乗り込んだ。
何時間もかかるのかと思えばあっと言うまで、流石に早い。降りたのはどこぞのヘリポートで、そこから待機していた車に乗ってマンションに向かう。
「片桐のマンションなの?」
電車移動なのかと思っていたのに、専用車のお迎えとは凄い。
「いえ、会社のマンションです。私は今回の事で移動が多いので寮かわりに借りています。あぁ、ここで乗り換えますので、朝霞様はそのままマンションに行っていて下さい。私は社に向かいます。帰りはそう遅くならないかと」
話しながら目を通していた書類をアタッシュケースに詰め込み、どこぞの駐車場に待機していた別の車に片桐だけが乗って行く。
なんか凄い。慌ただしくて、忙しいビジネスマンみたいだ。最初の車に残された俺は、先に動き出した片桐の車とは逆方向に連れて行かれた。
辿り着いたのは今まで入った事も無いような高級マンションで、ここまで乗せて来てくれた運転手さんが部屋の鍵をくれた。
「荷物はご自分でお持ちになれますか。申し訳ありませんが、私は入室の許可をいただいていないもので」
「あ、大丈夫です」
ボストンバック一つで、ジーンズにティーシャツという身軽過ぎる格好で高級マンションは恐れ多い。なんだか俺は場違いな気がする。
右を見ても左を見ても車がビュンビュン走っていて、街行く人はみんな着飾りほんの少しの間に俺は田舎に染まってしまった。
まぁいいか。どうせ中に入れば誰もいないんだ。
そう思って逃げるようにマンションの中に入ってまた驚いた。エントランスが無駄に広く、それはもう土から生えてるだろうと言いたくなるほど大きな観葉植物が茂っている。壁の案内板には住民の共同スペースらしいバーやらジムやらの地図があった。
どんな金持ちが住んでいるのかと疑問に思い、そういえば会社の持ち物だと聞いたのを思い出した。社員寮なんてレベルでは無いって事か。
エレベーターを見つけて教わった階のボタンを押そうとすれば、不思議だ、ボタンが最上階を示す一つしか無い。まぁ部屋に辿り着ければいいかと乗り込み、一気に上昇して開いたドアから降りたら、一歩踏み出した足の感触がふわりと柔らかい。廊下に絨毯が敷かれていて、これは靴で踏んでいいものだろうか。エレベーターの中で靴を脱ぐのが正解だったのだろうか。
とりあえず靴を脱いで俺はまた途方に暮れる。見渡す限り広々とした廊下で、想像していたような各部屋の限界ドアが無い。アパートでもマンションでも病院でもホテルでも、どこにでも存在しているはずのドアが無い。
有るのはたった一つだけのドア。部屋番号を教えて貰ったのだから沢山部屋があっていいはずなのに、どうして。
仕方ないからそこまで靴下で歩いてカードキーを挿してみたら、開く。やっぱりここなんだ、ブルショア過ぎてもう泣きそう。
ドアを開けば普通に玄関を想像していたのに、いきなり部屋だった。それが対面の壁がほぼ全面窓の大きな部屋で、ここはいったい何世帯同居を想定して設計されているのか、冷暖房の効率は計算外なのか、もしかしたらウサギ小屋の国だって事を知らないのか。
それでやっと、専用エレベーターその物がもう玄関もどきだと理解した。
「アホなんじゃねぇ……」
思わず本音が漏れてしまう。
おまけに白を基調としたこんなにも広い部屋に配置されている家具は、備え付けの物だけだ。物が少ないからただっ広く寒々しい。テレビやなんかは有るけれど、それも備え付け家具に収まってる。
壁一面の窓からはコンクリートの町並みと東京湾が大きく広がり、空には何かの広告を掲げた飛行船が旋回している。
こんな生活感の欠片も無い部屋に、片桐が帰って来るまで一人なのか。屋敷にいない間、片桐はここで暮らしていたのか。
屋敷を出ても一人じゃ余計にさみしい。
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