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第16話

 夜になって輝いて行く下界の景色を見ていたら、カチャンと小さく物音がして俺はドアの方に駆け出した。 「お帰り」  部屋に入って来たのは片桐で、俺を見るとホッとしたような笑みを浮かべた。 「ただいま戻りました。良かった、居てくれて」 「ねぇ、俺の部屋ある?」 「どこでもどうぞ。昼間の日当たりや窓からの眺めを見てから決められてはどうですか」 「一番狭い部屋がいいな」 「じゃあ押し入れです」  ひどい。  とりあえず荷物を置いてから、夕食にしようと片桐がキーを持った。 「外に食べに行くの?」 「マンション内に食べられる所が有りますので、案内と使い方を。私が留守にしたら餓死されるかも知れない」 「そんなに間抜けじゃないよ。コンビニが有れば生きていけるし」  二人でエレベーターに乗って一階まで降りると、レストランがあった。雰囲気のいい店で、落ち着いた内装にろうそくの火が灯っている。  中には他にも客が居て、そこそこ混んでいた。 「ここは外からも入れるので住民以外の方も居ます。普通のレストランと思って下さい」  迎えに来た案内の後をついて、片桐は慣れた様子で店内を進んで行く。するとテーブルに着いていた他のお客が片桐に向かって会釈をするのが目に止まり、俺は首を捻った。しかも結構いい年のおじさんだ。 「片桐、挨拶してる人がいるけど……」 「ああ、会社の方ですよ。ここは社の持ち物ですので、出張時のホテル利用に何部屋か抑えてもあります。会う度に挨拶してたら疲れてしまうけれど、無視するわけにも行かないので軽く会釈で。暗黙のルールみたいな物なので、気付いた方が先にすればいいんです」  なるほど。  悠々と歩いて行く片桐よりも席に座っている方々の方が先に気付くらしく、次々に頭が下がる。年の若い片桐の方が挨拶をされてから返すのは変な図式に見えたけれど、生活の場なんだから許されるのだろう。  テーブルに着けば椅子が引かれ、座ると同時に片桐の前に色付きのグラス。俺の前には水が出て来る。  メニューは俺の前にだけ広げられ、片桐はウェイターに何か耳打ちしただけだった。  それから食事をして、部屋に戻る。けれど会計の前を素通りしてしまって、財布を用意していた俺は首を捻った。 「片桐」  さっさと店を出て行く片桐に小走りで近付いて、お金はどうすればいいのか聞くと、部屋に付くと教えてくれた。 「ああ、旅行のホテルみたいな感じ?」 「そんなもんです。次からは部屋番号を言う必要も有りません」 「凄いね」  それはきっと最上階の住民だからだろう。いや、待てよ。 「それじゃ、俺が食べたのも片桐に付くの?」 「そういう事になりますね」 「それはダメだよ、別々にしないと」  トンっと、俺が手に持っている真新しい財布を片桐が軽く叩いた。買って貰ったばかりの物だ。 「家族になろうって、財布、預けましたでしょう」 「え?」 「そういう意味ですよ」 「え?」  どういう意味?  全然分からない。 「本当に、察しの悪い方で苦労する。何度も言わせ無いで下さいよ、恥ずかしい」  何が恥ずかしいんだ。 「一緒に居てやるって、ここまで着いて来たくせに」  その通りだけど。え? 「朝霞様、あなたは私の奥さんです」  照れたように言った片桐に、ようやく財布の意味を理解した俺は、廊下に立ちすくんで固まった。

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