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バイトをしよう!
「藤堂っ!おい藤堂こっち手伝え、藤堂っ」
トラックのエンジン音にかき消されまいと懸命に、誰かが叫んでいる。藤堂と呼ばれて気付けなかった俺は作業の横から頭を叩かれた。
「お前だよ、それよりこっちが先だ。来い」
言うなり振り返って俺に背を向け行ってしまう中肉中背の後ろ姿を、俺は小走りに追いかけた。
初出勤したバイト先は、写真で見たようなピカピカな印象では無かった。倉庫の前に二トン車が到着すると、待機していた俺は駆け出して荷物の仕分けを手伝うのが仕事だ。
小口で集めてきた荷物を倉庫で出荷場所に合わせて積み替える。その間エンジンはかけっぱなしで、廃棄ガスと騒々しいエンジン音が常にしていた。
「その荷物は九州飛ばすから一番向こうまで持っていけ。引きずるなよ、あの工場の出荷はフィルムだ、揺れただけで傷がつく」
箱は大して大きく無いのに、油断して持ったら重い。あまりの重さに数をこなしていると息は切れるし腰は痛いし、まるで全力疾走した後のようだ。おまけに常にしているエンジン音が頭をぼうっとさせて、廃棄ガスが埃っぽい。
「二トンいつまでかかってんだっ、大型待機してんの見えるだろ、急げ!」
怒鳴り声に顔を上げると、駐車場外の道路でウィンカーを点滅させた大型トラックが停車している。駐車場が狭いので他の車が場所を取っていると入って来れないのだ。
邪魔していた二トンが荷物を全部おろして出た所で、道路では大型が動き始めていた。
「藤堂!大型下がって来てるから道路止めて後ろ見てやって。藤堂!お前だよ、行け早く」
そんな事言われたって、藤堂って誰だよ。大型ってどう誘導すんだよ。道路止めるってどうやんだよ。
どうしたらいいのか分からず、勝手にバックで駐車場に侵入して来た大型トラックの後ろに出た所で力強い腕に襟首を掴まれて引きずり戻された。
「バカじゃねえのかお前はっ、大型の後ろに回るなっ轢き殺されるぞっ!」
「すみません」
「お前は十二メートル後ろが見えるのかよっ、ちったぁ頭使って動けっ」
なんなんだ。
当たり前の事は誰も教えてくれない。
「遅いから運転手が待ってらんなくなったんだ、どんくせぇな」
意味も分からず怒鳴られる。
「あー、岩田さんねぇ。悪い人じゃないんだけどさ、言葉キツイから。まぁめげずについて行ってよ」
まるで嵐のような積み替え作業が終わって事務所に戻ると、赤坂さんが一服しながらコーヒーを飲んでいた。赤坂さんは三十歳くらいの営業担当の人だ。
「エンジン音うるさいからどうしても大声になるし、最初はみんなびびるよ。大丈夫、大丈夫」
どんより疲労しきった俺に、そう言って笑ってくれた。
「よく分からなくて、足引っ張ってすみません」
「ん?気にしない。最初はみんなそうだよ」
とても優しい感じだけれど、だからって仕事は教えてくれない。
今日教わった事と言えば仕分けの仕方で、それがどの車に積まれて行くのかまでは分からない。みんなどの車がどこからの荷物を積んで来て、その中身は何でどう注意して積み替えるか。そこまで分かって動いているけれど、俺は言われた事もろくに出来ない。倉庫番なのだから把握するのが俺の仕事なのに。
そこに倉庫での作業を終えた岩田さんが戻って来た。俺を怒鳴り散らし、トラックの後ろから力任せに引きずり戻したのはこの人で、三十半ばにして営業所で一番偉い人らしい。けれどさっきまでの有様に萎縮した俺は、岩田さんが怖くなってしまった。
「藤堂ちょっと来い」
開口一番に怒った声で名前を呼ばれても、違和感有りすぎな名前に俺は上手く反応できなかった。
「お前だ、藤堂」
岩田さんの目が真っ直ぐに俺を睨んでいて、俺は怯えながらその前に立つ。
「大型トラックには死角があってな、左折ですっぽりミラーから消える場所が有るんだよ。今日はバックで運転手が見てたけど、これが前進左折だとまるで見えない。車の周りウロチョロする奴は日頃から左からは近付かない癖をつけろ」
「はい」
「それからバックしてる車の後ろに回るな、こんなの言われなくても分かるだろう。カメラが有るけど油断はするな」
「はい」
「仕事以前のこんな事を注意したバイトは初めてだ。事故は一瞬の不注意から起こる。例え小さな事故でも迷惑だ、ハンドルを握って無くても自分の身は自分で守れ」
「すみませんでした」
バカだバカだと言われて来たけれど、俺は本当にバカらしい。常識で怒られている。
それから戻って来た二トンに合わせてバタバタと倉庫に飛び出したら、今度はパレットの上に荷物を積めと指示された。
「これ坊主だけど全部同じ所だから十二で積んでラップ巻いといて。じゃあ俺は別の集荷があるから」
そう言って積んで来たドライバーは、二トン車で忙しくまた出て行ってしまった。
残された俺はコンクリの床に直置きされている荷物を見下ろす。
坊主とは坊さんが入っているのだろうか。十二で積めとはダンボール十二個ずつ積めだと思う。パレットってなんだ?ラップと言えばサランラップ?そんな小さな物を大きな箱に巻きつけたら一体何個必要なんだろう。
「赤坂さぁーん、すみません教えて下さい」
事務所を覗くとまだ赤坂さんと岩田さんが居たから、怖い岩田さんより優しそうな赤坂さんを呼んで指示を仰げば、スーツのまま一緒にやってくれた。
「坊主は宛先の伝票が剥がれて無い事。大丈夫だよ、ここんちいつも同じだから納品書に付いてる。パレットっていうのはこの板の事で、ここに積むとフォークリフトっていう車で板ごと移動出来るんだよ。楽でしょ。で、積み方はパレットからオーバーしないように角を合わせてきっちり組んで行くの。箱の形で積み方は変わるけど、基本はこう」
丁寧に教えてくれながらやって見せてくれて、怒鳴られて萎縮していた俺は感動してしまう。赤坂さんいい人。
真似して積み上げると、今度は想像していたよりも果てし無く大きなラップが登場した。
「これをこの機械でぐるぐるーっと」
専用の機械が積んだ荷物をラップでぐるぐる巻き上げて行く。
「これで荷崩れしないでしょ」
そう言って笑った赤坂さんが神様みたいにみえた。
そうか、教えて貰うのを待っているんじゃなくて、聞けばいいのか。しかも赤坂さんは感動的にいい人で良かった。
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