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第26話
いつの間にこんな事になっていたのか。片桐とは最初からとことん気が合わなくて、考え方も性格も正反対で、思えば気になってしょうが無かった。
うるさい小姑みたいで言う事がいちいち皮肉っぽくて、だけど一番心配してくれて、それが分かった時に少しずつ歩み寄った。
その結果、嫌い嫌いも好きの内ってこれなんだろうか。
一人ポツンと残された広い部屋で、窓一面の東京湾を眺める。真夏の日差しにキラキラ輝く海は遠く眩しく、なんでも出来そうな気がしてくる。
不思議だ。さみしいばかりだと思っていた部屋が、いつの間にか二人の空間になって、いつの間にか輝いて見える。片桐も同じだったらいい。景色が同じ色に見えていたらいいのに。
夜になって帰って来た片桐を出迎えて、脱いだスーツの上着を自ら預かろうと手を伸ばす。
「どうしたんですか」
そんな俺に少し驚きながら、片桐はネクタイを緩めた。
そのままシュルリと引き抜く仕草がなぜか優雅だ。物腰の全てが上品で、執事と言われて疑いもしなかった。現代日本にそんな職業はきっと喫茶店の店員くらいだろうに。
そのまま片桐の動きを視線で追って行くと、一度寝室に入ってしまった。着替えて出て来た姿は胸元の大きく開いたコットンティーシャツで、何でも無い部屋着だけど片桐が着ると様になる。それとも俺の目がおかしくなったんだろうか。
「夕食どうします?」
「今日は作ったよ。麻婆豆腐」
レパートリーが少ないのは許して欲しい。その代わりに今日はひき肉を炒めてニンニクと生姜を入れてみた。
「あれ?美味しい」
一口食べた片桐は気付いたようで、目を見張って俺を見た。
「ニンニクと生姜入れた。健康になれそうだから」
「精力もつきそうですね。美味しいですよ」
精力。
それはちょっと、やっぱりそういう事をするのだろうか。だけど男同士のやり方知らないし、いきなりそれは困る。
一人でアタフタしている俺を片桐が笑って見ている。
「中学生の初恋みたいで可愛いですね」
気付かれてる。キス一つで落とされた事をもう知られてる。
流石によく見てるなと、俺は自分の頬を押さえて顔を隠した。
「失礼しました。今までお付き合いされた方はいらっしゃらなかったんですか」
「うーん」
微妙だ。
「居た?」
キラリと片桐の目が光る。
「清く正しい男女交際なら。知らないうちにフラれた」
「なんでまた?」
「わかんない」
俺の事はどうでもいい。片桐はどうなんだろうか。
「片桐って本当は何歳なの?」
「言いませんでしたっけ。二十九です」
「えっ、結構行ってる。もっと若いかと思ってた」
「ははははは。面白い事をはっきりおっしゃる」
その年齢なら過去に一人や二人や三人や、片桐なら掛ける十も有り得るかも知れない。
「片桐は会社でどんな仕事しているの」
「どんなって……普通に経理ですよ」
「ふーん。じゃあずっと机に座ってる人なの?」
「そうとも言えないですが、なかなか難しい質問ですね。答え方に困る」
それはきっと俺が世間の仕事内容をよく知らないからなんだろう。経理と聞いて机で金勘定を連想した俺に一から説明するのは手間だ。
だけど、経理?
おかしい。ただの経理屋がこんなマンションをあてがわれ、トップクラスの人間の屋敷に出入りし、更にその後継者を選別する程任されるのは変だ。
「部長とか課長とか、その上とかの役職付き?」
「それは、そうですね」
相当上の役職なのだろうとは想像がつく。けれど三十そこそこでそんな職にはなかなかなれないと思う。って事はやっぱり、藤堂家の血筋なんだろう。でも俺とは一滴もつながりが無いと言っていた。
例えば従兄弟はどうだろう。この場合ちょっと複雑だけど、一郎父さんの本妻側の従兄弟。そうすると俺とは血液関係が無い。そこまで行くと藤堂家とは遠くなるので、いくら親族経営の会社でもこんなに高待遇を与えるだろうか。勝海さんはそんなポストは与えられて無かった。
まさかのイレギュラーで……。
「藤堂 二郎さんは、まさか片桐?」
「ん、何がです?」
片桐は麻婆豆腐を蓮華ですくいながら俺を見る。
「いや、無いか。そしたらおじさんと甥っ子になるから、血が繋がってるもんな」
それに二郎さんはきっともっとずっと年上だ。それこそ倍は上のはず。そして俺が生粋の日本人なんだから、叔父さんに当たる二郎さんは日本人で無ければならない。
「待てよ。子供がいないからって独身とは限らないよね。二郎さんの奥さん側の兄弟の子供か!」
「二郎様は独身です」
これで当たりだと思ったのに、一言で終わった。
「何を疑問に思ってるのかはわかりますが、藤堂家の筋ですよ。今の役職もこの生活も七光りでしかあり得ません。けれど家でまでそういう目で見られるのは疲れます。私は私でしか無く、むしろ朝霞様の方が総帥の御子息でその弟様の養子なんですけど」
ああ、そうだった。だからここに居るんだった。
片桐の事を知りたい。
「お見合いみたいな質問はもう終わりにしませんか。ここに有る互いを見ればいい」
どこまでも余裕に片桐が笑った。
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