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真実の行方
翌日にはもう岩田さんと赤坂さんの席は消えていて、数日後に新しい営業所長が配属されると共に、営業所縮小の人員削減と言う理由で俺は解雇された。
「朝霞様にあの営業所を紹介したのは、別に所内の内情を探りたかったわけでは無くて、単に近場で通い安いからですよ」
狭いシングルの布団の中で重なりながら、片桐が満足そうに俺の肩口に頬を寄せて来る。
「調査員入れるなら何が良くて何が悪いか分かってる人じゃないと、判断着かないでしょう。予想外に頑張ってるので、話を聞きながら胸は痛みました」
つまり最初から岩田さん達の事は把握していたわけか。そしてすぐ辞める事になるので強く言わなかった訳か。
「なんだかなぁ」
「赤坂さんと親しいようなので、うっかり話してしまうのを避けるために朝霞様には何も言いませんでしたけど」
「別に親しく無いよ」
ゴロゴロ甘えて来る猫みたいに片桐が胸元で笑う。
秘密なのは仕事の内だったからと分かれば、それで納得出来た。自分のような世間知らずが片桐の仕事に口を挟める訳が無い。
それより片桐が可愛い。十も年上のいい年こいた大人に可愛いも何も無いもんだけど、気を許しきって委ねて来る片桐が可愛い。
営業所で仕事をしていた時の片桐は憮然とした無表情で取っ付き憎かった。人当たりは良かったけど、話しかけてはいけないオーラ全開で、正直少し怖かった。
「それで、どうするんですか。もうバイトはやめておきますか」
「そしたら息が詰まるから、ちょっとやりたい」
「でしょうねぇ」
はぁぁぁ……と片桐がため息を吐く。
「見えない羽根を噛みちぎっても、意味が無いか」
「そんなに心配しなくても、ちゃんと帰って来るしどこにも行かないよ」
「あなたはすぐに何処にでも行ってしまおうとするから、今度離したら二度と戻って来ない気がする」
いったい何処まで働きに行くと思われているのか、出稼ぎじゃあるまいし。
「仕方ないから私の所で掃除でもしますか?」
「えっ」
それって本部でって事で、そうなると家でも職場でも一緒ってこと?さすがに息が詰まる。
そう思ったのに、俺の反応が気に入らなかったのか片桐が鼻で笑った。
「決めました。そこ以外の選択肢は有りません。嫌なら家に閉じこもってなさい」
「……分かったよ」
一週間後、片桐が出勤する時に一緒に連れて来て貰った運送会社の本部は広い倉庫に大型トラックが何台も同時に出入りしている賑やかな場所だった。事務所の建物も四階建てで、沢山の人が作業着で出入りしている。
事務所で働く人たちに雑用係として簡単に紹介して貰って、伝票整理から教えて貰う。
「あれ、今度はこっちなの」
そう声をかけて来たのは高塚さんで、そういえば本部なら高塚さんもここなのかと、俺は頭を下げる。顔見知りだからか、随分気軽に親しみを込めて話しかけてくれて、悪い人じゃさそう。
「ちょうど良かった。お使い頼まれて」」
「なんですか」
「この住所の会社に届けてくれればいいから」
茶封筒を差し出した高塚さんがにっこり笑った。
ここに行けと言われて行った住所のビルは、口をあんぐり開けて見上げてしまう程高くそびえ立つ立派な物だった。
門の前には警備員が立っていて、塀に埋め込まれた社名は藤堂グループ本社ビルになっている。これは……。
そうか、ここが藤堂の本社なのか。俺は高塚さんから預かった封筒を見つめて戸惑う。ただのお使いで、これを渡して来ればいいだけの用事なのだけれど、場所が藤堂本社となると微妙だ。
まぁいいか。会社の事は全く分からない。
とりあえず警備員さんに自分が来た目的を告げると、制服の警備員は何処かに連絡を入れてから門を通してくれた。
その門が開かれるとまた凄い。オフィス街の中なのに緑の木々が植えられていて、ビル入り口までの歩道を誘導するようにレンガが敷かれている。車も入れるようで、何処かのホテルのように自動車が待機していた。
てくてく歩いて入り口まで行き、大きな回転扉をくぐり抜ければ入ってすぐに受付があった。まるでホテルのようで、ここは本当に会社なのだろうか。
「あの、すみません」
受付のお姉さんに声をかけて用件を伝えると、お姉さんは営業スマイルで何処かに電話をかけてくれた。
それを待っている間にエレベーターが降りて来て、スーツのおじさん集団がドカドカこちらに歩いて来るのが見えた。受付に座っていたお姉さん達が立ち上がって頭を下げている。
偉い人なのだろう。とりあえず俺も隅に寄ってはみたけれど、別に避けなくても余裕で通れる広さなのに意味が無い。
先頭を行くのは白髪頭のおじさんで、上質なスーツを突き破る勢いで発散されている雰囲気が凄い。活き活きと活動的で、しかし重鎮で、只者じゃないなと一目で分かるオーラが飛びまくっている。
さすが大企業の偉い人と見惚れていると、すれ違い様にそのおっさんが俺をちらりと横目で見た。ドキッとして、俺は慌てて会釈する。
すると何事も無かったかのように行ってしまったけれど。
なんだったんだ、今のは。そう思った時、通り過ぎたはずのおじさんがお供の人を先にビルの外に出して一人で戻って来た。
「朝霞」
名前を呼ばれて振り返り、何事かと焦る俺におっさんは言った。
「ああ、一目で分かったよ。若い頃の母さんにそっくりだ。やっと私の手元に送って貰えたね。初めまして、お父さんだよ」
はいーーーーーーー?
そう、ここは藤堂本社ビル。藤堂グループ総帥の一郎さんが居ても当然。
では、彼が……。
瞠目する俺に向かって歩いて来る姿を見れば、俺より身長がでかくて背筋がぴしっと伸び、年齢を感じさせない。
それに比べてチビで痩せっぽちな俺は、どうやら父親を追い越す程伸びなかったとだけは、理解した。
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