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君の名前
向き合う事を決めると、今度は片桐の帰りが遅くなって話が出来ない日々が続いた。
勝手な物で、自分が先に避けたくせに避けられていると分かるとへこむ。
カレンダーを見れば二十歳の誕生日が迫っていて、その日までにはっきりさせなければならない。このまま片桐の養子でいるか、一郎さんの方に移るか、もう一つ自分で籍を持つか。
一郎さんから携帯が鳴ったのは、そんな事を考えながらマンションに一人で居た夜だった。
「誕生パーティ?」
いきなり告げられた事に俺は首を傾げた。
『朝霞の二十歳を祝って、ささやかなホームパーティだけれどね』
なんだそれは。お誕生日会なら幼稚園で卒業してる。
「いやぁ、そういうのは……」
『そう言わずに。ほんのささやかな物なんだ、身内だけの』
「身内に俺を紹介したら都合悪いんじゃないですか。奥さんとか」
愛人の子の誕生日を祝うなんて、本妻的には面白く無いに決まってる。けれど一郎さんは、もう孫も居るんだからそんな年じゃ無いよと笑い飛ばした。孫……。
考えておきますと電話を切って、壁に掛けられている時計を見ればもう両方の針が天井を向く時間だ。
片桐はまだ帰らない。
と、その時玄関の方でカタンと物音がして、やっと片桐が帰って来た。
「朝霞ちゃん、起きてるー?」
けれどその声は片桐の物では無くて、魅惑の低音ボイス。高塚さんだ。
不思議に思いながら玄関まで出て行くと、なんとフラフラな片桐に肩を貸した高塚さんが居た。
「ちょっと呑んでたんだけど、まさかの酔いつぶれた。体調悪かったみたいだ」
「片桐が?」
「ここしばらく顔色が悪かったからなぁ。どこに運べばいい?」
そんな事、全然気付かなかった。
片桐が酒を飲んだ所も見た事がないけれど、顔色が赤いを通り越して白い。さらに喘ぐように浅い口呼吸を繰り返していて、ヤバイんじゃないかと思う。
「あ、ダメだこれ。トイレ、トイレ」
高塚さんはこの広い部屋の中で場所を知っているらしく、片桐を抱えて慌ててトイレに消えて行く。幾つも有るドアから迷わず進めるわけだ。ふーん。
しばらくして出て来ると、片桐をリビングのソファに寝かせた。
「相当溜まってんな」
「何がですか?」
「なんだろね」
高塚さんは俺を見て意味深に笑う。
「ここまで潰れたの初めて見たわ」
ソファーで苦しそうに喘ぐ片桐のネクタイを高塚さんが引き抜いて、ワイシャツの胸元を緩める。表情を伺いながらゆっくりボタンを外して行く、俺はなんかエロいその指先の動きを見ていた。
起きているのか寝ているのか、片桐はされるがままで、気に入らない。
「大丈夫か?」
高塚さんが問うと、片桐が小さな声で何か返事をして、聞こえなかったのか高塚さんは片桐の口元に被さるように耳を寄せた。
「なに?苦しい?」
何じゃねぇ。お前こそなんなんだ。人のに気安くベタベタベタベタ。片桐も片桐だ、だらしない。
「いい年して自分の限界知らない飲み方する方が悪いんだ。捨てて結構です。高塚さんお疲れ様でした」
「朝霞ちゃん厳しいー」
だって片桐が自分で言ったんだ。
「まぁまぁ、たまにはこいつだって呑みたいと思うよ。常に完璧で居る事を要求されて、家に帰っても愛しい我が子はそっぽ向いてるし」
愛しい我が子とは俺の事か。
「随分詳しいんですね」
「こいつの事ならなんでも。それこそ初恋は誰だったかまで知ってる」
そう言って高塚さんは余裕の笑みを浮かべる。まるで挑発して来るような態度が気に入らない。片桐の事を知ってると言うのが気に入らない。
いや、待てよ。初恋?
「高塚さんと片桐って」
「幼馴染だよ。屋敷に高塚って庭師の爺さんが居ただろ、あれ俺の親父」
なんと。
そういえば、薄紫の悲しい色ばかり咲かせる庭には焼けたお爺さんが居た。バイトを申し込んだらあっさり断られた覚えが有る。
あの人と高塚さんが親子と言われてみれば、何と無く似ている気がした。
そうか。幼馴染か。
片桐はソファーで眠ってしまったようで、片桐の身体をよけて空いている場所に座った高塚さんは、面白そうに俺を見る。
「高塚さんはきっと、俺の知らない片桐をいっぱい知ってるんでしょうね」
「は?え?ああ、そりゃまぁ。てか、ここでそういう反応されても。なんか俺が意地悪してるみたいじゃないか」
「逆にそう言われたら意地悪なのかなと思いました」
高塚さんは知ってる。子供の頃からの片桐を。そして俺を朝霞ちゃんと気軽に呼んで意味深な事をするのは、俺と片桐の関係も今現在すれ違ってる事も知ってるからなんだと思う。
何でも言える幼馴染。だったら知ってるはずだ。
「教えて下さい」
俺は顔を引き締めて高塚さんを見た。
「片桐が何を考えているのか」
「あ、そりゃ知らね」
なのにアッサリ言われて拍子抜けする。
「何でも知ってるって言ったじゃん」
「片桐の事なら、だよ。考えてる事まで分かる訳ないだろ」
なんだこの人、飄々として掴めない人だな。
期待外れにがっかりすると、だけどと高塚さんが続ける。
「協力ならしてやる。俺も頭にきてんだよ、総帥には」
そう言って俺を見据えた目つきが、鋭く何かを企んだのが分かった。
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