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Come, say yes:ネットでの再会3

 ランニングしてくるとは言ったものの、朝靄がかかる中をトボトボ歩いていた。  ロウが兄ちゃんを呼びだした理由は十中八九、俺絡みだろう。 「行きたくないワケを言ったところで、幻滅されるのが、目に見えるもんなぁ」  幸せが逃げそうな、深いため息をつきながら呟く。  ロウと初めて出逢ったあの日――兄であるアンドリュー王子が眠るベッドに腰掛け、涙を流してる姿が妙に色っぽくて、目が離せなかった。  ――どうしてだろう……?  同じクラスに、好きな女子がいるのにも関わらず、ムラムラしてしまった自分。俺の手で泣かしてやりたいと、ふと思ってしまい、頭が混乱している中、お互い仲直りの握手をした。  華奢な手が俺の手を握りしめた瞬間、心臓が破裂するのではないかと思うくらい、ドキドキしてしまった。ドキドキしつつも、もう逢う事はないだろうと考えついた。  だって王子様なんだ。国に帰るんだし日本人の俺とは、これ以上の接点はないだろうって思えたから。  男相手にムラムラしたのも、思春期特有の不安定な精神状態がそうさせたんだって、自分なりに答えを見つけた。無理矢理納得させたというべきか。  あの日で終わると思っていたのに、次の日の放課後、中学校前に横付けされた黒のロールスロイス。帰宅途中の中学生たちが、まじまじと見ながらやり過ごしいた。  その中学生たちを同じように、ロールスロイスの窓から見つめている顔見知り。  その人物と目が合い、ギョッとして立ち止まると、中から飛び出すようにロウが出てきた。 「透馬、待ちかねたぞ」 「えっとローランド王子、どうして俺がここにいるって、分かったんですか?」 「ちょっと兄上のマネをしたまでだ。気にするでない」  兄上のマネって一体……非常に気になるんですけど。 「お前と話がしたいと思って。時間、大丈夫か?」  また逢えると思ってなかったから、正直嬉しい。しかし…… 「すみません、このまま塾に行かなければならなくて」  俺が済まなそうに告げると、見る間にガッガリした顔をする。 「それはしょうがないな。分かった、まずはお前乗れ」 「は?」 「塾まで送ってやる、遠慮せず、乗れ透馬」  うやうやしく車のドアを開けた運転手に、指を差しながら言い放つ。  困った、非常に困った。  中性的でキレイなロウ――ただでさえ目立つのに、一緒に車に乗ってしまったら、明日学校で楽しい話題になるのは、必然だったりする。今だって、視線がビシバシ体に当たってる。いや、グサグサ突き刺さってる状態だ。 「遠慮しないで乗りたいんですけど、車だとホント15秒くらいで着いちゃいますよ。ハハハ……」 「そんなに近いのか、便利なところにあるのだな」 「そうなんです。歩いて行けますので、大丈夫ですから」  早く校門前から立ち去りたいと思いながら、一歩後ずさると、なぜかロウが一歩近づいた。 「な、何か?」 「俺が直々に、歩いて送ってやろう。時間がないのだろう? ロバートはそこで待機しててくれ、ちょっと行ってくる」 「ローランド様、護衛をお付けします」 「必要ない、透馬が守ってくれる。空手の有段者だからな」  どうしてそんな事、知ってるんだ。  驚いて口が聞けない俺を、ふわりと花が咲く様な笑顔をして、じっと見つめるロウ。 「兄上のマネをすれば、お前の事など丸裸だ。ほら、行くぞ」  強引に俺の腕を引っ張って、ずんずん歩き出す。  なぜか頭の片隅に、プライバシーポリシーって言葉が浮かんで消えた。  さっきから言ってる兄上のマネって、本当に何なんだ? 「進んでる方向、逆です。こっち」 「お前がさっさと動かないからだろ、年上に恥をかかせるな」  昨日晩御飯の時、兄ちゃんからロウが俺と同い年だと聞いていた。お互い同い年なのに、外人って大人っぽいよなぁって、話になったのだ。 「ローランド様って、俺と同い年じゃありませんか?」  ふたり並んで塾に向かうべく、真っすぐ歩きながら訊ねてみる。 「透馬はクリスマス生まれだろ、俺は6月生まれだから、半年も年上なのだ」  威張ってる感じはないが、なぜか嬉しそうに語る姿に、可笑しくなってしまった。俺としては、半年しか違いがないと思うんだけど。てかその前にどうして、俺の誕生日を知ってるんだ……? 「なあ、同い年なのだから、敬語使うのやめろ。俺の事、ロウって呼んでいいぞ」 「わかった、次の交差点を左に曲がるから」  本当にいいのかなぁ、王子様相手にタメ口聞いちゃって。  横にいるロウの横顔を伺うと、同じように俺の顔を見ていた。  アンドリュー王子の瞳はキレイな青空色なのに、ロウの瞳の色は曇った様な空の色をしている。その渋い色見が逆に、端正な顔立ちに影を落とし、色っぽく見えるのだった。 「話がしたいって、さっき言ってたけど何?」  ドキドキを隠すように、早口で聞いた俺。 「ああ……。お前に頼みがあってな。そんなに難しい事ではない」  難しい事ではないと言いつつ、複雑な顔をしているロウに、何を頼まれるのか不安になった。 「兄上の様子を和馬から聞き出して、俺に教えて欲しいのだ。身内以外の意見が知りたくてな」 「そんなの直接兄ちゃんに、聞いたらいいじゃないか」  俺が呆れながら言うと、首を激しく左右に振って、イヤイヤをアピールした。 「和馬から聞きたくないから、お前に頼んでいるのだ。察してくれ」 「ロウは兄ちゃんの事、嫌いなのか?」 「嫌いというか……何て表現したらいいのだろう、難しいな。いろいろ複雑過ぎて、言葉に出来ん。アイツの存在自体が、悪だと思っているから」  悪ってかなり、嫌いって事じゃないのか? 兄ちゃん一体ロウに、何をしたのやら。 「とにかくロウは、兄ちゃんと話がしたくない。だから俺に頼んでいると」 「そうなのだ、頼まれてくれるか透馬?」  サラサラな栗色の髪を揺らしながら、俺を見つめる視線にドキッとしてしまい俯いた。 「……やっぱり、ダメ?」  俯いた俺を、わざと覗きこむように見る。無意識なんだろうけど、そんな風に甘えた顔して見るなよ、もう……正直そんな顔がもっと見たくて、意地悪な事を言いたくなる俺がいる。 「いいよ、それくらい。頼まれてやるから」 「そうか! ありがとう、感謝する」  嬉しそうに言って、俺の右手を両手でぎゅっと握りしめた。  そんな兄思いのロウに、出来るだけ協力をした俺。  3ヶ月後にアンドリュー王子が覚醒し、お役御免になると思っていたのに、今も交流が続いている。  それは―― 「聞いてくれよ透馬、アンドリューがな俺の事を、クソ真面目だと非難するのだ。仕事をそつなくこなしてるだけなのに、酷いと思わないか?」  ただいまの時刻、午前3時過ぎ。今日も睡魔と闘いながら、ロウの愚痴を聞いていた。  さて、愛しの王子様の機嫌が麗しくない。どうしたら笑顔を、拝む事が出来るだろうか? 「ロウが根を詰めて仕事してるのを、心配してるんじゃないのか? いつもお前って、全力投球するだろ」 「自分の出来る事を、きちんとしてるまでなんだがな。なのにアンドリューときたら、手を抜けと言うのだ、これって不良だろ?」 「不良、ねぇ……」  パソコンのモニターに映るロウの顔は、いつも通り不満だと書いてある。  俺と同い年のヤツが、一国の政(まつりごと)を預かる身となり、肩にかかるプレッシャーたるもの、半端ないんだろうけど。  クソ真面目な性格で極端から極端に走るロウを、制御したいっていう気持ちが、アンドリュー王子にあるからなんだろうなぁ。  なんだかんだ、いつもこの時間帯にロウと顔を突き合わせて、話を聞いている俺。勿論想いは告げていない、告げられないと言うべきか――ロウの性格を考えると、俺の気持ちは嫌われるであろう種類だから。 『そんな目で俺の事を見ていたなんて……透馬お前、頭がオカシイんじゃないか、医者に行って来い』という台詞が思いつく。もしくは気持ち悪いだの、変態だのと罵られそうだ。  そんな自分の気持ちをひた隠しにし、ロウの話の続きを聞いてやる。 「アンドリューのヤツ、和馬と喧嘩して、イライラしているのだ。俺は八つ当たりされて、本当にムシャクシャするったら、ありゃしない」 「あのふたりでも、喧嘩するんだ。珍しい」  仲が良いほど何とやらって、いうもんな。 「和馬が悪いのだ、アンドリューの機嫌を損ねる様な事を、平気でやるから。俺の身になって欲しいぞ」 「どうせ兄ちゃんってば何かドジして、アンドリュー王子を不機嫌にさせたんだろ」 「そうなのだ、アイツときたら女と……」 「うん?」 「ごめん、これ以上は言えぬ。これを言ってしまったら、王家に傷をつけてしまう行為だからな。気にするでない」  出たよ、気にするでない。これを言われると、余計に気になるんだってば。  ま、察しはつく。女、ね……兄ちゃんが5日前に授業中、女子を怪我させた。怪我が完治するまで、学校の送り迎えをするんだと聞いていた。  その事でアンドリュー王子が嫉妬して、イライラしているんだろう。あのふたりは、ただの友達じゃないのだから。  日本家屋の壁の薄さを、アンドリュー王子が知ってるワケないし。 「も、いいからっ。十二分にお前の気持ち、分かったし!」 「いいから、ね。つまり、ヤってもいいって事だと受け取るぞ」 「違っ! 逆だってば」 「いやぁ、日本語ってファンタステック。いろんな意味にとれるから」 「み、見るなよ!」 「シーッ! んもぅ和馬、興奮し過ぎだぞ。声が大きいって」 「うっ……」  兄ちゃんのバカデカい声と一緒に、艶っぽいアンドリュー王子の声が聞こえてきて……これから行われるであろう事が、台詞でバッチリ分かってしまい、赤面しながら慌てて耳に、ヘッドホンを付けたのだった。  ロウも兄ちゃん達が、デキてる事を知っているから、言葉を濁したんだろう。まさに王家のスキャンダルだからなぁ。 「なぁ、透馬」 「なんだよ?」  顎に手を当てて、小首を傾げながら俺を見る。肩のラインに切り揃えられた髪の毛が、ふわりと揺れた。  ロウの何気ない仕草、ひとつひとつに心が動かされる。 「将来何になりたいと、考えているのだ?」 「正直何も考えていないんだ、自分が何に向いてるか、全然分からないし」 「俺はお前が、欲しいと思っているのだが」 「は?」  真剣な眼差しで見つめられ、俺の頭はプチパニックになった。  落ちつけ俺、ロウはクソ真面目なんだ。この言葉の意味は、きっと違うんだから。淡い期待を抱いて、傷つくのは自分なんだぞ!  でも、もしかしたら……いいや、絶対違うんだ。  ぶわっと葛藤する事、約5秒。画面の向こう側にいるロウを、観念しながら見つめた。 「透馬は自分が思ってる以上に、能力が高いんだぞ。今まで俺が出した難解な悩みを、見事解決してくれたではないか」 「はぁ……」 「お前が傍にいれば、俺の仕事が捗ると考えたのだ。アンドリューはその内、いなくなっちゃうんだし、ポストが空くんだが、どうだろうか?」 「そっちの国の事情も知らない、日本人の俺を雇ったとしても、足手まといになるだけだよ」  俺は落胆を隠すべく、俯きながらロウの視線から逃れた。  ――こういう切なさを噛みしめたのは、何度目だろうか―― 「透馬?」 「ごめんロウ、睡魔が襲ってきたみたいでさ、落ちていいかな?」 「こっちこそ、いつも有難う。でも考えてみてくれないだろうか、こっちに来るの」 「買いかぶり過ぎだって、そんなに出来た人間じゃないんだからな。実際に逢ったのだって、2回だけじゃないか。ロウは本当の俺を、知らないっていうのに」 「今こうやって、逢っているではないか」 「違うんだってばっ! ホントの俺は…その……」  ロウの台詞に、思わず声を荒げてしまった。右手で口元を押さえて狼狽する俺を、物珍しそうな顔して見つめる。 「間近で本当のお前の姿、見てみたいぞ」  そんな事、簡単に口にすんなよバカ。人の気も知らないで――  机の下で両手を、ぎゅっと握りしめた。 「なぁ考えてみてくれ、俺にはお前が必要なのだ」 「……悪い、マジ限界きたから落ちるわ。また明日な」  ロウの返事を聞かず、回線をサクッと切った。  それ以来、毎度の如く、こっちへ来ないかと誘ってくる始末。毎度断っているというのに、しつこく粘り強く交渉するロウ。ついには兄ちゃんまで、巻き込もうとしている(と思われる) 「友達の顔して接しているのも辛いっていうのに、困ったお願いしやがって……」  いっその事、嫌われた方が楽になるんじゃないだろうか。厄介な相手を、好きになった自分が悪い。しかもキズつきたくはない。 「俺の恋立方程式、愛(i)したところで、答え(A)が出るワケがないんだよな。なのにどうして、好きになってしまったんだろう」  しかも自分たちの兄同士がデキている事実。透馬、お前もかってなるに違いない……  ガックリ肩を落とした俺の背後を、朝日が照らしていく。 「鈍くさい兄ちゃんを欺くのは簡単だけど、変なトコに勘が働くから。バレるのは、時間の問題かもしれない」  頭を激しく掻きむしりながら、思わずしゃがみ込んだ。  俺は穏便に遠くから、ロウを見ていたいだけなのだ。これ以上接近してしまったら、絶対にヤバい。手を出す自信がある。  なので大人しくある程度の距離を、保ちたいと考えてる俺。それを知ってか、いきなり音信不通にしたロウ。兄ちゃんとネットで顔を合わせてから、急にメールや電話がぱたりと途絶えたのである。  兄ちゃんの事だ、ロウに何かしたのではないだろうか?

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