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Come, say yes:結ばれたプロミス2

***  明日早朝に帰国しなければならないからと、予約しているホテルに戻るというロウ。お迎えの車が来るまで、家の前で二人並んで待っていた。 「本当に来てくれるのだな? 透馬」  わざわざ念を押すように、顔を覗き込んで聞いてくる。 「行くよ、だから覚悟して待ってろよ」 「何で覚悟しなければならないのだ、可笑しな事を言って」  余裕の笑みを浮かべながら、俺の顔を仰ぎ見るロウに、呆れた眼差しで返してやる。 「昼間の続きするからに決まってるだろ。ヤボな事、聞いてくれるのな」  その言葉に見る間に真っ赤になる。あまりの可愛らしさに、思わず引き寄せて、唇にちゅっとキスをした。 「なっ何をするのだ! ここは外なんだぞ、考えろ透馬」 「しょうがないだろ。お前がすっげぇ可愛い顔するからさ」 「そんな顔してないのだ、見間違えるのも、いい加減にしろ」  ぶつくさ文句を言いながら、俯くその体をぎゅっと抱き寄せた。 「言ってるそばから、いい加減に――」 「大丈夫だって。夜目に映るお前は、女の子にしかみえないだろうし、それに……」 「……なんだ?」 「直に触れる事が出来るの、今しか出来ないだろ」  俺が言うと俯いてた顔を上げ、細長い両腕を俺の首に絡ませたと思ったら、強引に引き寄せる。 「なに?」 「暗くて透馬の顔が見えん、よく見せてくれ」 「飽きるまで見れば」 「飽きるワケなかろう。俺が好きなヤツの顔なのだからな」  ふわりと笑って俺の唇に、自分の唇を重ねてくる。ロウの柔らかくて温かい唇に、じんと体が熱を持った。  俺にしがみつく細い体を、ぎゅっと抱きしめる。どこにも行かせたくない、そんな気持ちで、更に抱きしめた。  ――このひとときが、ずっと続けばいい――  そう思った矢先、交差点の角から車のヘッドライトが、こちらに向かって照らし出される。  慌てて俺たちは、距離をとるように離れた。離れたけど視線は絡んだまま、じっと見つめ合った。 「明日の見送りはいらぬ。離れ難い気持ちをかみ締めるのは、今だけで十分だからな」 「ローランド……」 「透馬、俺はお前と出逢えて、本当に良かったと思っているのだ」 「うん……」 「こんなに深く、誰かを想ったことがなかったから、知らなかった。恋をするということは、存外辛いものなのだな、と」  迎えの車が、俺たちの前に停車した。さりげなく俺の手を、ぎゅっと握りしめるロウ。  俯きながら寂しげに、ぼそりと呟く。 「アンドリューが毎日、和馬和馬と騒ぐ気持ちが、多少なりとも理解出来てしまった。今更だが……」  運転手が降りてきて、恭しく後部座席のドアを開ける。 「離れていても、お前が支えてくれる気持ちがあれば、俺は頑張れるから。今まで通り宜しく頼むぞ透馬」 「……無理だよ、そんなのっ!」  俺の大声に運転手が、ギョッとして振り向いた。当然だ――  言葉が分からなくても雰囲気で、一国の王子に対し、ケンカを売っているように見えるのだから。  ロウは握っている手に、力を入れる。 「どうして無理なのだ? 俺はお前が必要なのだと言ってるのに」 「俺はお前にとって、都合のいい男なのか?」 「そんなワケなかろう、意味が分からないぞ」 「運転手に、むこう向いておけって言ってくれ。頼む……」  俺がポツリと告げると、ため息ひとつついてから、早口の英語で命令してくれた。それに従って、あさっての方角を向く運転手。  それをしっかり確認してから、改めてロウと向き合い、そして強引にぎゅっと抱きしめた。 「透馬、ちょっと苦しいぞ」 「これでも我慢してるんだ。本当はもっともっと、抱きしめたいんだからな」  抱きしめながら、さらさらな栗色の髪を撫でてやる。 「こんなに強く抱きしめられたら、ひとりになった時、思い出すではないか」 「思い出すからいいんだよ、それで」  言いながらそっと、額にキスを落とした。 「全然よくないぞ、寂しさに拍車をかける行為だ」 「そうか、よくないか。それは嬉しい事だな」 「何なのだ、さっきから一体?」  面白くないといった表情を眉間にぎゅっと眉根を寄せて作り、苦情しか言わない。そんな顔すら愛しいと思う俺は、相当まいってるんだろうな。 「俺の事を思い出してくれる時は、一国の王子じゃなく、俺だけのローランドだから……だから嬉しいって思うんだ」 「……透馬」  ぎゅっと眉根を寄せて怒った顔が、一気に泣き顔に変わる。  下唇を噛みしめ、声を出さないでポロポロ涙を零すロウに、慌てふためいた。 「ちょっ、泣くなって。俺が泣かせたみたいに見えるだろ」 「……大丈夫だ。運転手には透馬が泣いてるから、あっち向いてろと言ってあるから」 「なんだよ、それ。酷くないか」 「側近だろうと、見せられるワケなかろう。王子である俺が、ただの男に成り下がる姿なんて」  自分の袖で拭おうとした涙を、俺の手でそっと拭ってやる。拭ってるそばから、どんどん涙が滴ってきて、俺の手を濡らしていく。 「済まない……。こんなに泣くつもりない、のに。透馬の手が温かくて、胸が締め付けられるのだ……痛い、くらいに」 「兄弟揃って泣き虫なんだな。アンドリュー王子もここで、兄ちゃん抱きしめながら、泣いてたんだぜ」 「なんと……。まったく情けないところばかり、見られているのだな」  拭っている俺の手をそっと追いやり、背を向け顔を隠して、必死に涙を拭うロウ。肩が痙攣するようにヒクヒクしていて、見てるだけで辛くなった。  抱きしめてやりたい。だけどそれは、酷な事になってしまうから、我慢しなきゃ。  両脇にぶら下がった両手に、ぎゅっと拳を作った。爪が食い込むくらいに―― 「こんな姿……悪いな透馬。本当は笑顔で、バイバイしたかったのだが」 「さっきから言ってるだろ、嬉しいってさ。それだけ俺の事、たくさん想ってくれてるって、証拠だろ?」 「自惚れおってからに。ムカつくなっ!」  パッと振り返ったロウの顔は、笑顔に満ち溢れていた。  ただ両目にはまだ、涙が溜まっていたけれど。 「ローランド……」  俺の胸も軋むように痛い、離れたくないよ。 「お前の顔を見てるだけで、勝手に涙が出てくるからいい加減、車に乗る事にする。またな透馬っ!」  泣きそうな声を悟られないようにするためだろうか、喚くように言い放ち、逃げるみたいに、車に乗り込んだ。  後部座席に座ったロウを確認し、運転手が静かにドアを閉める。  高そうな車の前に、佇むだけしか出来ない俺。ロウは前を向いたまま、こちらを見ようともしなかった。  運転手が乗り込み、車が発車すべく静かに動き出した瞬間、俺は思い切って、後部座席側の窓ガラスをガンガン殴る。  それでも車は速度を上げ、車道を走って行った。俺は必死に車に並ぶように走った。  そんな行為にビックリして、慌てて窓ガラスを開けながら、やっとこっちを見たローランドに、大声で告げる。 「お前がすっごく好きだっ! 大好きなんだローランド! いつでもお前の事、想ってるからっ、だから……」 「バカ者っ! そういう事は、もっと早く言っておけ!」  両目から涙を流しながら顔を真っ赤にし、怒ってるローランドを乗せた車が、吸い込まれるように闇夜に消える。  俺は両膝に手を置いて、ハアハアと息を切らし俯いた。ジクジクと痛む心の中を、改めて見つめ直した。  きっと同じようにローランドも、辛そうにしているんだろう。 「兄ちゃんすげぇな。遠距離恋愛って、こんなに辛いものなんだ」  額から流れ落ちた汗を、そっと拭った。夜風がふわりと、俺の頬を撫でる。  俺の前では、飄々としている兄ちゃん。辛そうな顔をしてるところを、見たことがない。むしろアンドリュー王子の悪口を言って、ゲラゲラ可笑しそうに笑っていた。 「辛いのは、離れ離れになった時だけなのかな。いない事が当たり前になれば、慣れてしまって、ああやって笑っていられるんだろうか?」  両想いになったからこそ、離れた時の寂しさが、キリキリと胸を締め付ける。でもこの痛みを感じてるのは、俺だけじゃない。ローランドも同じだ。  だから頑張れる気がした。 「改めて考えたら、俺ってすごい事、しようとしてるんだよな……」  走ってきた道に背を向け、自宅に向かい、ゆっくり歩いて帰る。  男同士の恋愛だけでもすごい事なのに、相手が一国の王子様なんだから。  俺があっちに行くにしろ、ずっとふたりでいられるワケがないのだ。今、抱えてる痛みよりも、何十倍辛い思いをしなければならないだろう。 「それでも俺は、お前を離したくなかったから。諦めたくなかったから……覚悟を決めたんだ!」  いつかは別れてしまうであろう未来でも、俺はお前の傍にいたいと思うんだ。  だから――  ゆっくり歩いてた足を、どんどん速めて駆け出した。  別れのくるその瞬間まで、傍で支えてしっかり愛してあげようと、心に誓った。  いつでもローランドが笑顔でいられたら、俺はそれで満足だから。幸せだと思えるから……  零れ落ちそうになる涙を拭い、家路に向かって、一直線に駆け抜ける。ローランドの事を想う、自分の気持ちのように真っ直ぐに。    おわり ※このあと、アンドリューと和馬のその後をお送りします。

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