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Please say yes:はじめてのデート4

***  ショッピングモールに無事到着してから、話しかけてみた。 「ここに来たかったのは、何か見たいものがあるからだろ? どこに行くアンディ?」  繋いだ手を引っ張り、楽しげに訊ねた俺に、真顔でひとこと。 「レストラン街に行きたいのだ」  どこかぴりっとした、緊張感を漂わせた口調で言い放った。時刻は、まだ午前11時過ぎ。お昼を食べるには、少しだけ早い時間だと思われる。 「せっかく日本に来たんだ、欲しい物とかないのか? 洋服とかアクセとか」  首を傾げながらアンディの顔を覗き込んでみたら、かけているメガネをきりっとあげて、悠然と見下ろしてきた。 「洋服は城から持ってきたもので、充分にまかなえている。アクセサリーなんて物は普段、付けられないからな。異物混入になってしまうから」 「そっか……でも、さ。そのメガネは、どうしたんだ?」  高校に留学してきたときには、こんなのかけていなかった。ただ一度だけ、かけているのを見たのは、パソコンを操作しているときだけ。ブルーライトを防ぐためだと言っていたけど。 「マスコミ対策なのだ。一応、顔の知られた王室の人間なのでな」 「でもさ、メガネをかけたことで整った顔立ちが、余計に際立っているけど。男のクセに、その長い金髪といい、目立ってしょうがないって」  ここに来るまでに、そして現在も通りすがりの人間が、アンディに視線を奪われていた。普段、視線を感じる機会のない俺までも、一緒に見られるのだ。チクチクとした視線は、どうにも落ち着かなくて、若干ストレスになっている状態。 「そうであったか、うぅむ。では次回からは、ポニーテールで髪を束ねてみよう」  ――いや、そうじゃなく! 「そんなことをしたって、アンディが目立つのは、しょうがないんだってば。周りから見て、頭ひとつぶん突き抜けるくらい、ムダに背が高いし、金髪の上に長髪だし、それに……カッコイイ、し」 「は? 何だって? 最後の言葉が、小さすぎて聞き取れなかったぞ」  腰を曲げて俺の顔に自分の顔近づけながら、口元に耳を寄せてきた。目の前にある、サラサラな金髪の綺麗なこと。同じ男とは思えない。 「な、何だよぅ……」 「ムダに長身で金髪で――その他の文句を、どうしても聞きたくてな。今後の参考として、注意せねばならぬであろう?」 「や//// 文句じゃねぇし。見たままを言ってるだけで」  顎を引きながら視線を右往左往する俺に、ますます近づくアンディ。 「なら尚更、知らねばならぬだろう。思いきって言ってみよ、ほらほら」  どうして、ショッピングモールの入り口にある案内表示板の傍で、こんな言い争いをしなきゃならないだよ、もう―― 「……アンディがカッコイイから、皆の目の惹いてしまって、すっごく妬けてます。はい、言ったからな。もう言わないからな!」  長い金髪をかけている耳元に向かって、喚くように告げてやると、あからさますぎるくらいの、してやったりな顔をした。  この表情の意味って―― 「ちょっ、お前ってば最初っから聞こえたクセして、わざと訊ねやがったな!?」 「いやぁ、ハッキリと聞き取れなかったからな。確認すべく聞いてやったのだが、2度聞いたことにより、信憑性が増して、とても幸せな気分になったぞ。それに――」  メガネの奥の青い瞳が細められ、愛おしそうに俺を見つめる。 「妬く必要はない。昔も今も俺は、和馬にぞっこんなのだから。安心せよ」 「あ、ああっ、安心せよって言われても////」 「なら、レンストラン街に行くのは中止にして、ふたりきりになれる場所に行き、俺のショットガンを使って、愛を示すという方法もあるが、どうする? 折りしも今日は、クリスマスイブだしな」 「ぅ、あっ//// アンディ!?」  あまりの言葉にアンディから距離をとり、案内表示板を掲示している柱に、ぎゅっとしがみ付いてしまった。 「相変わらず、ウブな男だな和馬。今ヤろうが後でヤろうが、スルことに変わりはないというのに。俺のこの手で、ヘブンへと導いてやるぞ?」  風呂敷を持っていない手を使って空中で何かを掴み、モミモミする仕草をしながら、手首を上下させるとか。 「おまっ、やめろって、そんなの……////」 「しょうのないヤツ。これくらいで顔を赤らめさせ、ギャーギャー騒ぎ立てるなんて」  はあぁと大きなため息をつき、柱を掴んでる俺の手首を掴んで、ぐいっと引っ張った。 「ぅ、わぁっ!?」 「さっさと行くのだ、時間がない」  さっさと行くと言ったのに、焦ることなくむしろ、俺に歩調を合わせて歩く。  ぞっこんって言われたことも嬉しかったけど、こうやって歩いてくれることも、すっごく嬉しくて。少しだけ前を歩くアンディの背中に、声をかけずにはいられなかった。 「あのさ……ありがと」 「ぅん? 何が?」  顔だけ振り向いた、アンディの目が笑ってる。何がなんて聞いてるけど、絶対に意味が分かってるだろ。 「べっつに。それよりも、どこに行くんだよ?」  ここはあえて、話題を逸らしてやる。思い通りになんて、してたまるものか! 「ふたりきりになるために、ホテルに行きたいのだが、一人前になるまでは和馬に手を出さないと、心に決めているのでな。とりあえず最初のルート、レストラン街に行くぞ」 「一人前って、お前――」 「電話でも言ったであろう。逢ってしまったら間違いなく、堕落してしまうって。逢えない状況に自分を追い込み、我慢しているのだ。手を出さないように」  やるせなさそうな瞳が、アンディの心情を語っていた。それは俺の胸が、ぎゅぅっと絞られるように痛むもので。 「早く一人前になり、自分の店を持ちたい。それを踏まえて、これから下調べをするのだ。ついて来てくれるか、和馬?」 「もちろん、一緒に行くよ」  手首を掴んでるアンディの手を外し、自ら恋人繋ぎをしてやった。 「アンディ、お前について行く。連れて行ってくれ、プリーズ!」  いつものセリフを真似して言ってやると、クスクス笑い出し強引に引っ張る。 「分かった、頑張るからな和馬。お前の気持ち、しかと受け取ったぞ。一人前になり、お前を抱くという目標、早く叶えたいのだ」 「えっ!? 自分の店を持つっていうのは?」 「それよりも前に、お前を抱くのが先であろう? 待たせているのだからな。故に頑張れるのだ、うむ!」  ……何か俺、間違ってしまったのかもしれない。アンディに必要のないパワーを、送ってしまったような気が――  引きつり顔した俺を他所に、アンディはずっと上機嫌だった。3階にあるレストラン街まで、ニコニコしていたのだけれど。 「和馬、これを持っていてくれないか、プリーズ!」  レストラン街に到着し、ガラス張りになってる寿司屋のメニューを食い入るように眺めてから、手にしていた風呂敷包みを、ひょいと俺に手渡してきた。  意外と重たい風呂敷包みの中身に若干、イヤな予感はしたものの――隣にいるアンディは、顔を引きつらせた俺をしっかり無視して、ポケットに忍ばせていた小さなノートを取り出し、メニューを見ながら、何かを必死に書き込んでいく。 「なぁ和馬、寿司って素晴らしいと思わないか? ネタの数も豊富な上に、目の前でシェフが握ってくれるのだぞ。海外ではそんなこと、ありえぬからな」  シェフが握るという言葉に、苦笑いを浮かべつつ、アンディの顔を覗き見た。 「見事な食品サンプルなのだ。シャリのひとつをとっても、芸が細かい。ネタの色も、忠実に表現されている。ほら、そこにあるイクラ丼、まるで本物みたいなのだ」  目をキラキラと輝かせ感動に浸る姿に、自然と笑みが零れてしまう。好きなヤツが喜ぶ姿って、やっぱりいいもんだな。 「和馬、こんなに美しくて美味しい物が、リーズナブルな値段で食べられるのも、寿司ならではなのだ」 「だったら実際、店に入って食べようか?」 「いいや、今回は視察だけにする。とにかくいろんな日本料理を見て、たくさん学びたいのでな。次に行くぞ」  俺に風呂敷包みを持たせたまま、颯爽と歩いてしまうアンディに、肩を竦めるしかない。勉強熱心なのはいいけど、恋人に荷物を持たせたまま放置って、どうなのかな――  しかも頑張ってる目標が一人前になり、俺を抱くことらしいし。イヤじゃないけど、何だかなぁ……  その後アンディのあとを、とぼとぼとついて行くしかなくて。ちょっぴり寂しさを感じたとき、鼻に香ってきた、ソースの美味しそうなニオイ。それに気がついたのか、ノートに首っ引きになっていたアンディが、ふと顔を上げ、ニオイを漂わせる店先に視線を飛ばした。 「この香り、懐かしいぞ。和馬の家でご馳走になった、お好み焼きのソースの香りなのだ」 「覚えていたのか!?」 「勿論! 生まれて初めて自分の手でお好み焼きを作り、鉄板の上で焼いてから、上手に引っ繰り返し、和馬に食してもらったのだからな。その時、改めて思い知ったのだ。自分の作る物を喜んで、食してもらうという喜びを」  手にしてたノートを閉じてポケットに入れると、俺が持っていた風呂敷包みを持ってくれた。 「ずっと持たせっぱなしで、済まなかったな。疲れてはおらぬか?」  言いながら、顔を覗き込んでくれる。レンズ越しの優しげな瞳に、じぃっと見つめられ、心臓が一気にバクバクしてしまった。  ――こんなことされたんじゃ、文句すら言えない。 「だっ、大丈夫……////」 「それは良かった。さて、そろそろランチタイムなのだ。フードコートに向かうぞ」 「もしかして、その風呂敷包みの中身って、アンディが作った弁当なのか?」  長い金髪をふわりとまとわせながら、空いてる手で俺と手を繋ぎ、強引に引っ張ってくれる。  さっきからずっと振り回されっぱなしなのに、口元が緩んでしまうのは、コイツといて楽しいからなんだろうな。  ずっとこうやって、一緒に同じ時間を過ごせたらいいのに――

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