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Please say yes:はじめてのデート5

***  フードコートに無事到着し、空いてる席に、向かい合わせになって座った俺たち。  嬉しそうな表情(というよりも、やってやったぜっていう感じ)で、いそいそと風呂敷包みを解いてくれる。テーブルの上には、重箱がふたつ並べられたのだが。  重箱、ふたつ分の重さじゃなかったぞ。一体中身は、何が入っているのやら……  どうにも不安を隠せない俺を尻目に、かぱっと音を立てて蓋が開けられる。そこに展開された目の前の光景に、お口がアングリしてしまって、声が出せない。  ――向かって左側のお重は、パンダがぎっしり。右側のお重には、ヒヨコがぎっしりって感じ……食べる前から既に胃がシクシクしているのは、どうしてだろうか? 「和馬を想いながら、心を込めて作ってみたのだ。遠慮せずに食せ!」 「……遠慮はしないけどコレ全部を、俺に食わせようとしていたりする?」  お重の中にある大量のおにぎりの山と玉子焼きの山に、焦りまくるしかない。 「無論だ。しかもよく聞け、おにぎりの具は、先輩方の作った美味な和食ご膳から、少しずつ分けてもらったものでな。バリエーションを豊かにしてみたのだぞ」 「はぁ……」  バリエーションを豊かにって、そうじゃなく。おにぎりの具材にしないで、重箱に入れてくれたら、きっと胃がシクシクせずに済んだだろう。 「そしてこの玉子焼きはな、現在与えられている俺の課題となっていているのだ。鰹のダシを取るところから始まるのだぞ。カンナで一生懸命に削って丁寧にダシを取り、玉子に混ぜるのだ。綺麗に巻くのに、苦労の連続であった、うむ」  アンディの熱く語る様子を見ながら、手渡されていた割り箸を使って、玉子焼きに先に手をつけてみた。  恐る恐る口に入れる姿を、レンズ越しの青い瞳で、食い入るように見つめてくる。 「……ビックリ」 「ど、どうなのだ?」 「旨い……」 「よし! 和馬の胃袋、ゲットなのだぁ!」  座ってる椅子から立ち上がり、大きな声で叫ぶアンディに、慌てふためくしかない。ただでさえ目立つコイツを周りにいた人たちが、何事かという表情を浮かべて見つめた。視線がぐさぐさと突き刺さる…… 「アンディ、頼むから落ち着いて座ってくれ」 「これが落ち着いていられるか。胸に湧き上がるこの幸せを、ぜひとも皆に伝えたいぞ」  ――どうやって、コイツの暴走を止めたらいいんだ。  仮にマズイと言っても大げさなショックを表現すべく、叫んでしまうんだろうな。という想像がついてしまう。想像出来るのに、対処が出来ないなんてマジで情けない。 「……アンディ、重箱に入ってる玉子焼き、ところどころ色が違うんだけど、どうしてなんだ? 落ち着いて座って、その説明をしてほしいんだけど」  落ち着いて座っての部分にアクセントを強めにして、ワザと誇張しながら言ってみたら、あっさりと座って説明を始めてくれた。色違いは作るたびに火加減が違うから、変わってしまったそうだ。  ダシのきいた玉子焼きを食べつつ、和食ご膳の豪華なオカズの入ったおにぎりを必死に食べる俺に、超ご機嫌なアンディが口を開いた。 「まだそんなものしか作れない俺だが、才のあることを分かってくれたか?」 「まぁな。普通に旨いし、他のものもイケるんじゃね」  おにぎりの中から出てきた、海老のてんぷらに舌鼓を打っていると、いきなり両肩を掴まれる。 「和馬、これで心置きなく、ヒモになる決心がつけられるであろう?」 「は!?」  ――おいおい、何の告白なんだ、これは…… 「俺のヒモになれ! プリーズ!」 「えっと……強くて優しいヒモがいいんだっけ。希望は」 「そうなのだ。よく覚えていてくれたな」  何度もヒモになれって言われ続けたら、イヤでも覚えるっちゅーの。 「アンディ元王子、その話はいい加減、諦めてください。俺はNoとしか言いませんから!」  緊張した面持ちのアンディに対し、のん気に箸で摘んだ玉子焼きを、ぽいっと口に頬張ってやる。 「……何故なのだ? どうしてYesと言ってくれぬのだ」  小さなテーブルに拳をドンドン打ちつけ、不満を露わにしまくるアンディに、口の中の玉子焼きがなくなってから、はーっと大きなため息をついてやった。 「お前の国では、好きなヤツをヒモにする風習があるのかもしれないが、ここは日本で俺は男だ。ちゃんと自活して、生活したいと考えてる。だからヒモになる気は全くない」 「和馬……」 「ちなみに聞くが、俺が通ってる大学。どこか分かってるよな? どうせ軍事衛星を駆使して、暇なときに俺の行動を監視しているだろうし」  胸の前に腕を組んで、吐き捨てるように言ってやったら、しまったという顔をした。アンディ、あからさますぎる…… 「だけど忙しくて、どこの学部に通っているか知らねぇよなぁ。バイトをしてることも」 「学部は分からないが、バイトは知っているぞ。町の繁華街にある、小洒落たレストランなのだ」 「最近、居酒屋でもバイトを始めたんだ。いろいろ勉強になるし」 「勉……強?」  メガネの奥にある青い瞳が、大きく見開かれた。形の整っている口まで、ぽかんと開けっ放しになる始末。 「大学の学部は経営学科で、バイトをしているのは、飲食店の経営を学ぶため。と言ったら、惚れ直してくれる?」 「何を言ってるのだ……これ以上惚れさせて、どうする気なのだ和馬」  わなわなと震えだすアンディに、無言でポケットに忍ばせていたハンカチを、そっと手渡してやった。感激屋で涙もろいところは、相変わらずなんだな。 「そういうことなんで、お店を開店させる暁には、俺を雇っていただけませんか? アンディシェフが料理に打ち込めるよう、お店の経営に全力を注ぐ所存です」  メガネを外し溢れてくる涙を必死に拭う姿に、頭を下げてハッキリと言い放ってやる。 「和馬にYesと言ってほしいのに、どうして俺がYesと言わねばならぬのだ。悔しすぎる!」 「お頼みついでに、もうひとつ。おにぎりと玉子焼き、もうお腹に入りません。ご馳走様でした」 「なぬっ!? もう食べられぬなんて、早いのではないか。遠慮せずに、全部食せ!」  泣いていたと思ったら、突然怒り出すとか。コイツ、見てるだけで飽きないな。マジで面白い―― 「これ以上食べたら、具合が悪くなるって。答えはNoだよ、アンディ」 「く~~~っ! またしてもNoと言ってくれるのか。和馬、大体お前は――」  こうしてアンディの小言で終わってしまった、楽しいランチタイム。  俺としては結構、緊張しながらの告白だったのにぬかに釘というか、肩すかしを食らった感が満載で、将来への不安を感じずにはいられなかった。

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