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Please say yes:Yesと言ってほしくて
その後、重箱の中身は、アンディが全て平らげてくれた。しかもかなり残っていたというのに! コイツの胃袋は、ブラックホールなのか!?
フードコート内でのやり取りが原因で、ご機嫌斜めになった状態を、自分なりに何とかすべく、某コーヒーショップに移動して、好きな飲み物を奢ってやった。
「アンディが作ってくれた、お昼のお礼なんだけどさ。こんなものでしか感謝を示せなくて、本当に悪い!」
ヤツのテンションを持ち上げるためなら、情けない男を演じるなんて全然平気。
「そう、何度も頭を下げるな。まるで俺が、面倒くさい人間に見えるではないか」
(おぅよ、かなり面倒くさいぞ! 好きじゃなけりゃ、さっさと帰っているところだ)
なんて言えないから、後頭部をバリバリ掻きながら、気持ちを誤魔化すべく、苦笑いを浮かべてやり過ごしてやった。
「意外といけるな、これは」
不機嫌丸出しで1口飲んだと思ったら、ぱっと表情を明るくし、再びストローに口をつける。その姿に、内心安堵のため息をついた。
「和馬のキスとどっちが甘いだろうか? 試してみてもよいか?」
安心した途端に、いきなり何を言い出すかと思ったら――
「試したところで、苦いと思うぜ。俺、コーヒーはブラックだし」
呆れながらコーヒーを飲むと、更に嬉しそうな顔をしてくる。メガネの奥にある青いガラス玉の瞳が、煌めいたように見えた。
「俺は甘い物を飲み、和馬は苦い物を飲む。互いに甘い物を飲むよりも、もっと甘さを感じるであろう。きっとすっごく、甘いに違いないのだ」
にゅっと寄せてきた顔は、してやったりという感じだったので、迷うことなく右手で、アンディの唇を覆ってやる。
「おい、何故阻止するのだ? 愛し合ってる者同士がくちづけを交わしても、バチは当たらんぞ」
くぐもった声だったけど、何を言ってるのか分かったので眉根を寄せつつ、覆っていた手を退けて、アンディの頭を叩いた。
ばこんっ!
「いっ!? 何をするのだ和馬っ」
「人目を気にしてメガネなんてかけてるクセに、何でキスしようとするんだよ。わざわざ自ら目立つことして、バカじゃないのか」
叩かれた頭頂部を撫でながらも、何故か口角が上がってるアンディ。イヤな予感しかしない――
「そんな風にイライラしおって。欲求不満なんだろう?」
「違うよ、もう!」
「分かった分かった。俺としては和馬との仲を皆に見せつけてやりたいのだが、一歩譲って手を打ってやる。人目のつかぬところで、すればよいのだろう?」
一歩譲って手を打ってやる、か――
初めてアンディの口から聞いたときは、百歩譲ってだろって、バカにしたんだけど、気になってあとから調べたら、辞書的な意味で誤りをしていたのは、日本人の自分だったという、笑えないオチになっちゃったんだよな。
俺と仲良くなるため一生懸命に日本語を学び、イントネーションを完璧にすべく、日頃から喋るだけじゃなくて、文化や習慣まで勉強して大事に想ってくれて。
「ほら、和馬。約束なのだ」
「は?」
言いながら目の前に、右手の小指を差し出してきた。
「約束するとき、ゆびきりげんまんするのであろう? 遠慮せずに絡めよ」
――何の約束だろうか?
くどくど言われるのも面倒だったから、するりと小指を絡めてやる。
「ゆびきりげんまん ウソついたら針千本飲ます♪ 指切った!」
何だかよく分からないけど、日本人よりも日本人らしいかも。こんな風に約束を交わすなんて、今時の子どもでもしないのに。
「俺は約束を守る男なのだ、安心してよいぞ和馬。人目のつかぬところで、ピーしたりピーやピピーッピーを、ピーしてだな」
「ばっ//// こんなとこで、何を言って――」
「顔をそんなに赤くして、可愛いヤツめ。奥ゆかしいお前に合わせて、言葉を濁してやったのだが、分かりにくかったのであろうか?」
ニヤニヤしながら言ってくれるコイツを、誰か殴ってくれないだろうか。しかも交わした約束がこんなに、卑猥なものだったとは……
「和馬は俺の所有物 だからな。大事に扱ってやる。それに――」
呆れ果てる俺の前で、腕時計に視線を落した。みるみる内に、表情が暗くなっていく。
「……もう時間なのだ、残念」
寂しげに微笑んでから、ストローを口にして、ドリンクを飲み干すアンディ。
それに――の言葉のあとが微妙に気になったけど、暗くなってしまったアンディにそれを聞くに気なれず、お互い無言で立ち上がり、並んで店を出た。
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