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 アザミは男の腕に抱かれたまま、店へと連れ戻された。  裏口から入って、控室のドアを器用に開けた男が、壊れ物を扱う手付きでそうっと、アザミをソファの上へと下ろした。  複数ある控室の内の、アザミがふだん使っている部屋であった。  ドレッサーの前には、アザミの私物が置かれている。  白い光の下で、男がアザミの体を確認し、本当に怪我がないかを検分している。  その真剣な表情に、アザミは思わず笑みを零した。  地面に倒れ込んだときに、服が擦れて汚れた程度で、怪我と呼べるようなものはなかった。  アザミは結んでいた髪をほどき、ゆるく首を振った。  肩に流れたそれを後ろへ掻き上げ、壁面の鏡を確認する。  切られてしまった箇所は、さほど目立ってはいない。美容室で少し整えてもらえば、長さを変えずともいけそうだった。  けれど男は、なにか取り返しのつかぬ事態にでもなったとでもいうように、痛ましげに眉根を寄せている。  アザミはひらりと手を振って、男を傍へと招いた。    男は従順に、絨毯の上に膝を付き、ソファの下へと控えた。  その目の前に、アザミは右手を差し出した。  アザミの意図が読めないのか、男が首を傾げる。   「そこの引き出しに、マニキュアが入ってるから、持って来てくれるかい?」    アザミはそう言いながら、人差し指でドレッサーを指さした。  その赤い爪の表面に、少しの剥がれができている。先ほど転んだときにどこかで引っ掛けたのだろう。  それを見た男が、無言で立ち上がり、壁際に置かれたドレッサーへと向かう。 「除光液とコットンも持っておいで」  偉そうに、と言われるだろうか、と思いつつもアザミはそう言葉を重ねた。    男は怒ったりはしなかった。  よく躾けられた犬のように、アザミの所望するものを探し出し、大きな手にそれらを掴んで戻って来る。  アザミは男からそれを受け取り、ソファへ置くと、 「そこへ座れ」  と、自分の向かいを示した。    男が、別の場所からパイプ椅子を持ってくる。  その間にアザミは、コットンにリームバー液を浸し、それで剥げたマニキュアをきれいに落とした。  独特の匂いが、ツンと鼻を突く。    人差し指だけ、本来の爪の色を取り戻した右手を、巨体を屈めて椅子に窮屈そうに座る男へと、アザミは差し出した。  男が控えめな仕草で、下から掲げた手でアザミの右手をとった。 「塗ってくれる?」  アザミの言葉に、男が困惑の視線を向けてきた。  アザミは小さなマニュキュアの小瓶を、男の反対の手へと押し付けて。 「おまえに、塗ってほしい」  と、囁いた。 「お、俺が、ですか?」 「おまえ以外に、ここに誰が居るんだい?」 「ですが……俺は、塗ったことがありません」 「僕はそんな無茶なことを、おまえに頼んでいるかい?」  上目遣いにそう問うと、観念した男が天井を仰ぎ、改めてアザミの手を握り直してきた。  小瓶のふたを回し、太い指で摘まんだ男は、そこに小さなブラシが付いているのを見て、一瞬戸惑いを露わにしたが、絵の具を筆につける要領で瓶の口を使って赤い塗料の量を調節した。  大きな男の手に、マニキュアのブラシは小さすぎて。  そのアンバランスさに、アザミは含み笑いを漏らした。 「……動かないでください」  生真面目な口調で、男がそう注意してくる。  くつくつと肩を揺らしたアザミは、指を男へと預けた。  筆先が、爪に乗る。  ゆっくりと、慎重な手付きで、男がそれを動かした。  赤いラインが、す……と引かれる。  はみ出さないように、アザミの指を汚さないように、と。  先ほどアザミの髪を切ろうとした男を殴りつけたときよりも、余程真剣な表情でちまちまと手を動かしている男を見ていたら……アザミはなんだか、たまらないような気持ちになってきた。  なんだろう、この……苦しいような、あたたかいような感情は。  マニキュアを塗ることに集中している男は、黙って手を動かしている。  うつむき、背を屈めた男の、短髪の頭を見下ろして……。  アザミが密やかに問いかけた。 「僕が好きか」  男の手は止まらない。  静寂が、部屋に満ちた。    僕を抱きたいか、と問いかけたとき。  この男は返事をしなかった。  ただ黙って……微苦笑を唇に刻んだだけだった。  いまもまた、答えは返ってこないだろうな、とアザミは思った。  けれど……。 「愛してます」  ぼそり、と。  低い囁きが、下を向いたままの男から発せられて。  アザミは。  アザミは……。  爪の際までを、丁寧に丁寧に塗った男が、最後にそっと、ブラシを動かした。 「できました」  と言って、顔を上げた男が……目尻にしわを寄せて、ほんの少し、笑ったから。  アザミの手が勝手に動いて、男の黒いネクタイを掴んでいた。  男の目が、丸くなった。  ごつごつとした手から、マニキュアの瓶が落ちる。  閉まりきっていなかったフタが開き、絨毯に赤い塗料が零れた。  あ、と男がそれを拾い上げようとするのを、ネクタイを引き寄せることで、引き留めて。  アザミは男と唇を合わせた。  アザミよりも厚く、大きな唇。  そこに、噛みつくように吸いついて、舌を潜り込ませた。    せっかく塗ってもらったマニキュアが、男の服の布地にこすれ、白いシャツに赤い跡を残した。  男の手が、アザミの両肩を掴んだ。  引き離されるのか、とアザミは思ったが、逆に強く抱き込まれて、アザミの背がしなった。  舌に舌が絡まった。  じゅるっと吸われ、腰に痺れが走る。  お互いに言葉もなく、唇を奪い合った。  濡れた音が部屋に響く。  ちゅ、ちゅ、と何度も角度を変えて、唇同士がぶつかった。  呼吸が上がる。  乱れた吐息が、男の口の中へと消えてゆく。  口蓋の裏を舌先でくすぐられ、甘い声が漏れた。 「んぁっ、あ、む、ん、んんっ」  口の周りが、どちらのものとも知れぬ唾液で濡れている。  深い口づけは、まだほどけない。    気付けばアザミは、ソファに押し倒されていた。  上になった男の頬を両手で包み、頑丈そうな顎の骨を指先で辿ると、なお狂暴な仕草で舌を甘噛みされた。 「はふっ、あっ、あっ、ああっ」  息継ぎもままならず、苦しい。  しかしそれ以上に、気持ちが良かった。  アザミの体の中心が、快楽を宿して勃ち上がり始める。  手を下ろして男の下腹部を探ると、彼のそこも硬く張りつめていた。  お互いが、お互いの衣服を脱がしてゆく。  衣擦れの音が、艶めかしく鼓膜を揺らした。    アザミが男のネクタイをほどき、シャツのボタンを外している間に、アザミの服はたくし上げられ、ボトムは下着ごと太腿まで引きずり下ろされていた。  ようやくキスをやめた男が、体を起こし、着衣を乱したアザミを、獰猛な視線で見下ろしくる。  アザミは興奮で濡れた男の目に、己の恥態が映り込んでいるのを実感し、自ら乳首を露出すると、赤い粒を両手の指でくにくにと摘まんで、自慰をしてみせた。 「ふっ……あ、ああっ」  ソファに仰臥したまま、腰を卑猥に揺らして、嬌声を零す。  つんと勃ち上がった胸の飾りを、男に見せつけるように指で引っ張り、軽く爪を立てて刺激した。  ごくり、と男の喉仏が上下した。   「ふふ……。おまえも、触りたいかい?」  とろりとした声で問いかけると、男が頷き、慌ただしい仕草でシャツを脱ぎ捨て、上半身を露出させた。  見事に鍛えられた肉体だった。  腹筋はきれいに割れ、腕にも肩にも筋肉の盛り上がりがある。  男が荒い呼吸をする度に上下する胸も、逞しかった。 「いいよ。おいで」  アザミは乳首から指を放し、男の胸板を、するりと撫でた。  男がガバっとアザミに圧し掛かり、開いた口から大きな舌を覗かせて、べろり、と粒を舐め上げた。  熱い吐息が、唾液で濡れた乳首に降りかかり、アザミはそれにすら感じてしまう。    「あっ、あぅっ、あっ、あっ、あっ」    左右を交互に吸われ、摘ままれ、こりこりと弄られる。  熱が、体の中心にみるみるうちに溜まっていった。  すぐに達してしまいそうだ。  けれど、翻弄されるだけはプライドが許さず、アザミは胸を愛撫されながら、ごそごそと動いて足からボトムを引き抜いた。    そうしながら、男の下腹部を探る。  スラックス越しにも、その大きさがかなりのものであることがわかった。  アザミは手探りでファスナーを下ろし、窮屈そうに収まっていたそこから、男の欲望を引きずり出した。  ぶるん、と現れたのはこれまで相手をした誰よりも太く大きな男根で。  アザミの後孔が、期待にひくりと蠢いた……。  

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