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2.縋った代償 ー3
「嫌がらないんだな」
祐仁は含み笑う。
その吐息がくちびるに触れてくすぐられたような感覚がした。
一分にも満たず、ただ触れ合っただけのことでそこの神経が剥きだしになっているかもしれない。
颯天は訳がわからず混乱した。
「違うっ、はじっ……んぐっ」
はじめてでパニクっている――とそんな云いかけた言葉は祐仁に封じられた。
再びくちびるがふさがれ、それ以上に咬 みつくように覆われた。
喋 かけていた口は開いたままで、その隙を突いてぬめった生き物が口腔 に侵入してくる。
それが颯天の舌にぺたりと貼りついた。
熱くて、やはりくすぐられるような感覚に侵される。
んんっ。
熱を孕んだ生き物は祐仁の舌に違いなく、逆さまに向き合って舌と舌がまともに触れ合うというその感触の異様さは、嫌がるという次元とは別物だった。
慌てふためいた颯天には不快にもならない。
ただ受けとめるしかないなかで、次第に祐仁の舌に慣らされていく。
呼吸に紛れて発する呻き声は、いつしか艶 めかしく颯天自身の耳に届くほどに激しくなった。
口内にはふたりの唾液 が溢 れ、無味であるはずがなぜか蜜のような甘さを増していく。
経験のない刺激に味覚が麻痺 しているのかもしれない。
それを呑みくだせば、意識が浮遊するような陶酔に侵された。
呑みきれずに口の端からこぼれた蜜は、颯天の顎から首もとへ、すっと伝い落ちる。
いったんそうなると、そこを通り道にしてだらだらと粘液は流れていく。
確かな軌跡を残しながらそれは胸もとに忍びこみ、鼓動の上を通ったのだろうか、颯天はぶるっと身ぶるいをした。
苦しいと思うのは、きっと呼吸が思うようにならないからだ。
首を振ったが顎を支える祐仁の手が逃れることを許さない。
思いきって舌を咬んでしまえば自由になれるかもしれない。
ぼやけていく思考力の隅でそんなことを思った刹那。
祐仁の右手が首もとからTシャツの下に忍びこんだ。
平たい左の胸へと滑り、そうして中央の突起が摩擦を受けたとたん、颯天はびくっと躰を跳ねさせた。
祐仁の手はそれ以上に滑り落ちることなく、胸の上にとどまって円を描くように撫 でる。
かすめるように這 わせる手のひらの下で、小さな突起が敏感に反応していた。
ぞわぞわとした鳥肌の立つような感覚が渦巻く。
そうして、突起が抓まれた瞬間。
んあっんんんっ。
叫ぶように喘 いだ声は合わせた口の間でこもった。
颯天は身をよじった。
けれど、顎を支えながら仰向けられている状態では思うように動けず、祐仁のなすがまま、一方的に苦辛 が押しつけられる。
いや、それは果たして苦辛だろうか。
突起を親指と人差し指で抓まれ、擦りあげるように摩撫 されると、じんじんと熱を孕んだ痺 れがそこから下腹部へと伝っていく。
そのたびにびくつく躰は確かに疲労を感じる。
けれど痛みではなかった。
おかしなことに、焦 れったいようなもどかしさを生んでいた。
祐仁は触れ方を変え、突起を押し潰すようにぐりぐりと捏 ねまわす。
「う、あぅっ、あ、ぁああっ」
ふいに、叫び声が耳に大きく響く。
それが自分の声だと気づくと同時に目を開けると、祐仁が上から覗きこんでいた。
「颯天は感度良好だな。楽しめそうだ」
見たことのない、妖しい艶を纏い、祐仁は悪魔のようににやりとしてつぶやいた。
「や、めて、くれっ」
「それが従う者の口の利き方か?」
尊大な云い方だった。
一方で、祐仁の手は変わらず颯天の左の胸を嬲 っていて、口を開けば恥ずかしいような喘ぎ声が漏れる。
いつか見た、アダルトビデオのなかの女性と変わらない声だ。
あまつさえ、声だけではなく躰も同じように悶 えている。
「やめ……て、くだ、さ……うぁああっ」
云い直しているさなか、祐仁は胸の突起を擦りあげ、叫び声に変わった。
「苦しいか」
「は、い……もぅ、やめ……」
「いや、おまえの躰はやめてとは云ってない。確かめてみようか」
悦に入った言葉が口もとで発せられ、その呼吸の温かさが物足りなさを生む。
何が物足りないのか、喘ぎ声が出てしまうのもはばからず颯天が無自覚に口を開き、直後に祐仁の舌が口内に満ちたとたん、それだったと気づく。
なぜだ。違う。
否定をしながら押しのけたはずが、逆に舌と舌が絡み合って陶酔を及ぼす。
汗ばんだ躰は体内の熱のせいか、クーラーの効力がなくなったせいか。
違う。違う。
颯天は否定を繰り返す。
そして、祐仁とのキスという異常に気を取られていた颯天は、デニムパンツのジッパーがおろされたことに気づかなかった。
ボクサーパンツ越しにオスに触れられ、驚きと刺激が及ぼす感覚に押されて、颯天は祐仁と口を合わせたまま叫んだ。
びくんと腰が跳ねて椅子を揺らす。
颯天は力を振りしぼって首を激しく振った。
キスから逃れ、祐仁の手から逃れ、そうして暴れたせいで椅子から転がりおちた。
颯天は床にうずくまり、呻く。
痛みのせいではない。
かろうじて放出するのは免れたが、まだちょっとした刺激で放ちそうな精を閉じこめるのに必死だった。
短く足音が立ったあと、颯天の頭上で祐仁がしゃがみこむ。
「すごい反応だな。逝けばよかったのになんで避ける」
呼吸の乱れた颯天と違い、祐仁は至って平然として、なお且つ揶揄している。
「な、んで、こんなこと」
「これがおれの条件だ。おまえはそれを呑んだ」
「まだ弟は助かってない! 条件を呑むのはそのあとですっ」
祐仁は可笑しそうに笑い声を立てた。
「颯天はバカじゃないな。ますますやり甲斐がある。ちゃんと弟は助けてやる。楽しみにしてろ」
楽しみにしてろ、とその言葉は二重の意味を示し、約束という束縛から絶対に逃さないという颯天への脅迫がこもっていた。
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