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3.男のジェラシー
『あいつ、おれのことはもういいって』
広希が颯天に云ってきたのは祐仁に相談した翌々日だった。
相談した日も広希は呼びだされていたが、その次の日は電話がなく、呼びだしのあるなしは単なる段田の都合だろうと思っていた。
それが、また次の日に電話が入ったとき広希は覚悟をしたものの、段田は放免だと云ったという。
半信半疑だったが一週間たっても音沙汰がない。
そこではじめて颯天は、有力者に伝手があるという祐仁に相談したすえ解決を引き受けてもらったことを広希に話した。
広希が最後の二日間に何をされていたのか、やつれた様子だったがそれが消えてやっと安堵 していた。
逆に、颯天は心配事が広希のことから自分のことに変わっただけで、心境は変わらない。
いや、ますます不安が募っているかもしれない。
『明日、EAが終わったあと時間を空けておいてくれ』
昨夜、祐仁からそんな連絡が来て、それ以降ずっと落ち着かない。
EAの活動が終わって、『颯天、ちょっと残ってくれ』とあえてみんなの前で云われて、緊張はピークに達したかもしれない。
はい、とたったひと言の返事が上ずった。
颯天を置いてメンバーはぞろぞろと帰り始めた。
祐仁は颯天に向かってかすかにうなずくと資料室に行き、そのあとを二年の工藤春馬 が当然のようについていく。
通り様、春馬はちらりと颯天を一瞥した。
「颯天」
いきなり耳もとにだれかの気配がしたかと思うと、囁き声で呼ばれた。
耳にかかった吐息にぞくっとして首をすくめる。
その呼吸を避けるように躰を遠ざけながら、颯天は声のしたほうを振り向く。
「時生か。なんだよ」
「気をつけろよ」
「何を」
「工藤さんだよ。わかってるだろ、おまえが朔間さんにえこひいきされてること。工藤さん、シンパ以上に朔間さんに心酔してるからさ、ヘンに絡まれないように注意したほうがいい」
春馬は確かに何かと祐仁についてまわる。
先回りして祐仁の手間を補助したり省いたり、至れり尽くせりだ。祐仁から感謝されれば気取ったふうに大したことじゃないとすましているが、その実、内心では小躍りしているかもしれない。
そんな執着が感じられる。
「取り越し苦労だろ。朔間さんは先輩だし、嫌だとは云えない。けど、刺激しないようにはするさ」
「女の嫉妬も怖いけどさ、それって男も一緒だからな」
時生は知ったふうに云い、じゃあな、と軽く手を上げて帰っていった。
男をめぐって男が男に嫉妬?
と、颯天はそんな状況があるのかと疑問に思いながら、ふとエアコンの風でテーブルの上に無造作に置かれた紙が舞うのを目で追った。
引きだしたままの椅子の上に落ちると、ちょうどそこで何があったのかを嫌でも思いだした。
男と女の組み合わせが当然とは限らないのだ。
いまになるとあれは夢だったのかもしれないと思わなくはない。
男からキスをされるなど考えたこともない。
祐仁への憧 れは否めない。
ただし、いくらなんでも憧れが妄想に発展するまでの、例えば春馬ほど執着はしていない。
『……なぜですか』
椅子の上の紙を拾ってテーブルにのせ、飛ばないよう計算機を重石 にしたところで、資料室からこもった声を聞きとった。
颯天は無意識に耳をすます。
『いつものことだ』
最初の声が春馬で、いま応えたのが祐仁だった。
『本当に?』
『何を疑ってる?』
『あなたがいつもと違うからです』
『勘繰りすぎだ』
『ブレーンU 、明らかに違います!』
そのあとわずかに沈黙がはびこった。
颯天まで息を呑んで次を待つ。
『春馬、場所をわきまえろ。おれのためにおれに付く気なら、常に夷然 としていられるよう努めるべきだな。それができなければ、すべてを知るまえに抜けろ。命取りだ』
再び隣の資料室は沈黙に満ちた。
そうしたなか、つと聞き耳を立てられているのは颯天のほうではないかと思いだした。
独り言を喋るわけにもいかず、必然的に聞こえるだけのことだが盗み聞きをしていると知られるのもばつが悪い。
颯天は足音を立てずにもといた場所に戻ると、スマホを手にしてゲーム画面にした。
直後――
『戸締まりを頼む』
そう云って祐仁がさきに出てきた。
颯天は素知らぬふりでスマホから顔を上げて祐仁を見やる。
ばれなかっただろうか。
ちょっとした不安は見抜かれたのか、無視されたのか、そもそも気づかれなかったのか、その判断はつかない。
「颯天、行くぞ」
ここでまたふたりきりになるかと思いきや、祐仁はちらりと颯天を見ると素っ気ないほどさっさと部室を出ていった。
「はい!」
焦って返事をすると、目の隅に資料室から出てくる春馬を捉えた。
「工藤さん、おさきに失礼します。お疲れさまでした」
颯天は雑にならない程度に一礼をすると、祐仁のあとを追った。
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