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5.背徳の晩餐 -1
今し方の会話で彼らが祐仁の家族ではないとはっきりした。
そもそも、颯天は名乗ったが彼らが名乗り返すことはなかった。
使用人か“ファミリー”か、どちらだろう。
部屋に入ったときは“家族”がいることにほっとしていたが、今度はなんとなく感じていた見張られるという事態からは逃れて、颯天はいくらかほっとした。
祐仁が背後から手を伸ばして、液体の入ったコップを颯天の前に置いた。
「ありがとうございます」
カチャッと金属がぶつかるような音がした直後。
「手を貸してくれ」
祐仁が云い、出し抜けの頼みにとっさには反応できなかった。
ほっとしたことと相まってその虚をつかれ、颯天は腕をつかまれて後ろにまわされた。
硬いものが手首に触れ、そうかと思うと輪っかが嵌められる。
なんだ?
その疑問に対処しきれないうちに反対の手も同じようにされて、それが手錠だと颯天ははじめて気づいた。
手を貸してくれというのは手伝ってほしいという意味ではなかった。
椅子の背を背中から抱くようにして両手は括 られた。
「朔間さん!?」
颯天が慌てふためきながら振り向くと、顔をおろしかけていた祐仁の顔とぶつかりそうになる。
その寸前。
「おれは約束を果たした。おまえのばんだ」
祐仁が囁くように云った一瞬後にふたりのくちびるはぶつかった。
斜め後ろから顔を傾けた祐仁と、五センチも離れていない距離で目と目が合う。
祐仁は口を合わせたまま、舌先で颯天のくちびるを舐 めた。
上下左右と何度も舐めながら、徐々にくちびるを割り開く。
くちびるの裏側に舌が滑りこみ、内側から粘膜を舐めまわされた。
動転しているうちにくすぐられるような刺激が颯天の感覚を侵していく。
おかしな気分だった。
下腹部に熱い塊 ができている。
なんだ? おれはどうなってる?
のぼせたように視界がかすみ、それでも祐仁の目が間近で颯天を見つめているのは察せられる。
反応を探られているような気がして、颯天は目を閉じた。
いざそうすると、かえって颯天が影響を受けているのを認めたのも同然だと気づいた。
だが、もう遅い。
感覚を抑制もできず、祐仁がくちびるで颯天の上唇を挟み、吸いついたとたん。
んあっ。
恥ずかしい声が颯天の口から飛びだす。
そして、祐仁は顔を放した。
颯天は無意識に目を開く。
じっと見下ろしてくる祐仁のくちびるが歪んだ。
「やっぱりいい反応だ。楽しみだな」
「……なんで……」
颯天は中途半端に言葉を切る。
自分でも何を云いたいのかよくわかっていない。
「“なんで”? おまえがいるからだ」
その理由にどんな意味が存在するのか、愚問だとばかりに一蹴した祐仁は少し前かがみになって、颯天のTシャツの裾をつかんだ。
「食事の時間だ。食べさせてやる」
祐仁は云ったこととまったく無関係なこと――Tシャツを引きあげていく。
「なんで脱がすんですかっ」
「また“なんで”か。こぼしたときに汚れたまま帰りたくないだろう?」
祐仁は鼻先で笑い、もっともらしく理由をつけた。
「子供じゃないっ」
抗議をしたところで祐仁がやめるはずはなかった。
頭をくぐらせたTシャツは二の腕の途中で丸まって、拘束の役目を果たす。
自分が着ていたTシャツのせいでますます身動きしづらくなった。
その不本意さよりも颯天はひどい困惑に晒された。
この季節になれば家で上半身裸でいることはあるし、プールだったり部活だったり、これまで着替えるにも人前で平気で裸になれたのに、なぜいまは羞恥心を覚えるのだろう。
口づけと相まって焦った結果なのか、とにかく颯天は心もとなさに襲われる
あまつさえ、それだけにはとどまらず、下もだ、と祐仁はカーゴパンツに手をかけてベルトを外し始めた。
「嫌だっ。やめてください!」
呆然 としたのは一瞬、颯天がとっさに立ちあがろうとすると、祐仁が椅子を押さえつける。
それでも椅子がガタガタとうるさく音を立てるほど暴れた。
祐仁は慌てふためく颯天をよそに、可笑しそうに含み笑う。
「思っていたよりガタイがいいけど、体力もありそうだな」
けど、と祐仁は颯天に顔を寄せて横柄に首を傾けた。
「弟を助けてくれって依頼したのはおまえで、おれは条件をほのめかした。そのうえで撤回しなかったということは、おれの云いなりになるって承知したんだろう? 最低でもウィンウィンでなければおれは納得がいかない。犠牲を払ったぶん、弟を売って回収するしかないな?」
人当たりよく見せているが、祐仁は少なくとも善意だけで人のために動く人間ではないことがはっきりした。
祐仁を頼るのは間違いだったと気づいてもいまさらどうしようもない。
弟を売るなどできるはずもない。
「弟に手を出すな!」
祐仁はおどけたふうに眉を跳ねあげた。
「だったら、おまえは現状を受けいれるしかない。どうする? このまま脱がないでもいい。おもらし晒して帰ることになってもいいなら」
どうするつもりだろう。
颯天はそんな不安を押しやり――
「……脱がせて……ください」
きっぱりと云うつもりが、動揺は隠せず言葉に詰まった。
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