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5.背徳の晩餐 -2

「オーケー」 祐仁はにやりとして、再びベルトを外し始めた。 カーゴパンツのボタンを外し、ジッパーを下げる。 颯天はその間、強く目を閉じていた。 祐仁の云うとおり、弟を助けてもらうかわりに何が待ち構えているのか、部室で襲われたときに悟っていた。 こういう状況になるまで、颯天が向き合ってこなかっただけの話だ。 男を襲うのは祐仁の単なる性癖なのか。 だとしたら、どんなことが自分に起きるのか空恐ろしい気もする。 「腰を浮かせ」 云われたとおりにすると、ボクサーパンツごとカーゴパンツが脱がされ、靴下も脱がされ、颯天は丸裸になった。 寒くもないのに躰がぶるっとふるえる。 「きれいな色をしてるな」 祐仁は含み笑う。 なんのことか―― 「颯天、おまえ童貞(バージン)か」 その質問で祐仁がどこを見て云っているのか察せられた。 「……関係ない」 違うと云えない時点で経験がないと白状したようなものだ。 また笑ったのか、口もとに祐仁の吐息が触れる。 「関係なくはない。女に触られたこともないのか? 答えろ」 その声はここにいた男二人に対してと同じ、絶対的な命令に聞こえた。 「……ありません」 「自分でやったことは?」 「……あります」 「それは残念だな」 祐仁がふざけているのか真剣に云っているのかつかめない。 そもそも、大学生にもなって自慰行為をしたことないなどあるのか? そんな疑問を口にしても意味がない。 祐仁は、けど、とつぶやくと―― 「まあ、最初の男になれるだけ光栄だろう。おれが本当の快楽を教えてやる」 ゴロゴロと猫が喉を鳴らしているような声で颯天を脅かした。 何をする気だ? (おそ)れと不安しかない状況下、祐仁はテーブルからスプーンを取り、パエリアをすくって颯天の口もとに持ってきた。 食べろと云っているのだろうが、あまりにも無防備な気がして、颯天は口を閉じたままでいた。 もっとも、この恰好以上に無防備なことはなく、いまさらだが、従順になるのもすぐには難しい。 「口を開けろ」 痺れを切らしたのか、祐仁の声は静かすぎて不気味とさえ感じるが、颯天は反抗的な眼差しできっと祐仁を見上げる。 「まだ何も話は聞いてません。弟が本当に大丈夫だっていう保証はどこにあるんですか」 さっきからスプーンを差しだしたまま祐仁は微動だにしない。 それがさらに静止した気配になった。 怒ったのか。 祐仁はどんなに尊大で強引であろうが乱暴ではなかった。 もしも本気で怒ったときは、容赦なく非情になれるのではないか。 (ひる)みそうになるも、どうにか目を逸らさずに対峙(たいじ)していると、祐仁はふっと吐息を漏らして可笑しそうにした。 「ごまかして押し倒すつもりだったけど、おまえは見込んだとおり堅実だな」 「見込んだとおりって……?」 「どんな状況でも理性を働かせる余力があるってことだ。ますます手に入れたくなった」 「……どういう意味ですか」 「あらゆる意味だ」 祐仁の応えはやはりごまかしであって答えではない。 「納得できません」 「おれのことはどう聞いてる?」 祐仁が唐突にそんなことを問いかけてきたのは話を逸らすためか、颯天は眉間にしわを寄せた。 「どうって?」 「噂でもいい。何者だと思ってる? おれを頼ってくる根拠があったはずだ。おれがいくら助けになると云っても、相手がやくざとなれば普通は頼ってこないだろう。当てにならないと思うよりも、おまえなら迷惑はかけられないと思うだろうし」 祐仁は颯天をわかったような、そして買い被ったようなことを云い、促すように首をひねった。 「……裏社会の大物の愛人だって聞きました」 颯天は少しためらったすえ率直に答えた。 一方で、祐仁はためらわずにうなずいて肯定した。 「なら、おまえが期待したとおり、弟を助けられた理由も見当はつくだろう」 「本当なんですか」 「おまえが考えているよりも、おれのバックはでかい。無論、対極にある凛堂会よりもな。心配しなくていい」 「けど……」 「“けど”、なんだ?」 「朔間さん、そのバックの人に借りつくったんじゃないですか。やっぱり迷惑かけてるとか……」 颯天は尻切れとんぼになり、そして唖然と祐仁を見つめた。 祐仁はいままでになく笑いこけている。 腹を抱えそうな勢いで、止めないといつまでも笑っていそうだ。 「朔間さん、なんなんですか」 たまらず颯天は少々不機嫌に声をかけた。 それでも祐仁は無理だというように首を横に振って笑っていたが、やがて名残惜(なごりお)しいように笑みはおさまっていき、祐仁は息をついた。 「窮地に追いこまれてるくせにおれの心配するって、颯天、おまえはどこまでお人好しなんだ? こっちのほうが心配になる。けど、おまえはやっぱり可愛い。忠実な下部(しもべ)にぴったりだな」 「おれは本気で……」 「心配無用だ。おれのこともおまえの弟のことも」 笑った名残を顔に宿したまま祐仁はきっぱりと受け合うと、キッチンに行った。 冷蔵庫の開閉音がして、すぐに戻ってくると、持っていたガラスの器をテーブルに置く。 そうして、テーブルに斜めに腰を引っかけると、いったんパエリアの器に戻していたスプーンを取って、また颯天に差しだした。 「食べろ」 祐仁のひと言は命令にもかかわらず、心なしかやさしさを感じさせる。 颯天を従順な気にさせた。 戸惑いは残りつつも口を開き、颯天はわずかに前のめりになってスプーンを(くわ)えた。

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