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6.絶対服従 -2
「ついて来いなんて、わざわざ云ったのは体裁が悪いからですか」
校舎を出て駐車スペースに行き、颯天は祐仁の車に乗るなり訊ねた。
祐仁はエンジンをかけながら颯天を流し目で見て、ふっと口角を上げた。
おもしろがるよりは皮肉っぽい笑みだ。
「何が云いたいんだ?」
「べつに」
颯天が素っ気なく返すと、祐仁は再び横目で一瞥した。
「体裁が悪かったのはおまえだろう」
どこか気が立っているように感じるのは、颯天の気のせいか。
返事はいらないとばかりに祐仁はブレーキを解除すると車を発進させた。
大学は車での通学許可をなかなか出さないと聞くのに、祐仁はたまにだが当然のように乗ってくる。
特別扱いが日常的であれば、すべてが当然ですませられ、ばつの悪い思いをするなど一切ないのかもしれない。
祐仁の云うとおり、体裁が悪いのは祐仁から特別扱いをされている颯天のほうだ。
春馬の話を聞けばなおさらその圧力が増す。
今日は気乗りしない……いや、今日に限ったことじゃない。
内心でつぶやいて、自分で否定した。
春馬が云ったように、祐仁は男の調教に関して長 けているのだろう。
しばらくは、はじめてだったから敏感すぎたのだと自分に思いこませていた。
実際は、抵抗しながらもそれは口先だけで、新たな快楽も覚えてだんだんと感度は増してきた。
ただ、今日のように約束には応じても、すんなりとは自分の反応を受け入れられない。
あまつさえ、春馬の言葉によって颯天は自分が何を望んでいないか、それがはっきりしかけていた。
いつになったら終わるんだ、と現状への絶望ではなく、いつ終わるのだろうという心もとなさがある。
つまり、颯天は祐仁との関係を断ちきりたいと望んでいるわけではなかった。
矛盾している。なんでおれは……。
祐仁の家に着くとリビングに入ったところで颯天は立ち尽くした。
「時間はゆっくりあるし、おまえは確かに見栄えがいいけど、そうやって人形みたいにお飾りでいてもらうために泊まらせているわけじゃない。シャワー浴びる浴びない、どっちだ?」
大学を出てからいつになくお喋りひとつしないままで、祐仁の機嫌が悪いことは明らかだったが、いまの云い方は不機嫌さの欠片 もなく颯天をからかっている。
「浴びる」
ぶっきらぼうに答えると、祐仁は懐 の深い飼い主然として首をひねり、顎をしゃくってバスルームを示した。
颯天はそっぽを向くようにしてバスルームに向かった。
祐仁にいちいち指し示されなくてもこの住み処 の間取りはもう知り尽くしている。
もうひとつ、隣にある一室の間取りも。
最初の日に訪れた隣の一室は仮の家だった。
家具など必要最低限しかなく、どうりで殺風景だったはずだ。
仮の家がなぜ存在するのか、それは春馬が云う“調教”をするためにあったのだ。
颯天が仮の家に通ったのは最初の四回だ。
磔 や手足を拘束するリクライニングシートなど、いろんな器具が置かれた部屋に連れこまれた。
その後、颯天が訪れるのはずっとこっちで、決まって泊まる。
そうなってみて、ここが本当の祐仁の住み処だとわかった。
玄関には祐仁の靴がいくつか常に並んでいたり、脱ぎっぱなしで椅子に引っかけた服があったり、食器乾燥機に食器が入れっぱなしだったり、ちょっとしただらしなさが窺える。
隣の一室は塵 一つないといっていいほどいつも片づいていた。
颯天が知るかぎり、このフロアは祐仁かその臣下の出入りに限られていて、つまり祐仁の専有フロアであるとしてもおかしくない。
仮の家はただ単に性遊戯をするために使っているだけで、それが調教部屋ということであればもっとしっくりくる。
隣から祐仁の住み処に移ったのは、それだけ祐仁との距離が近づいたのか。
だからといって、うれしいということにはならない。
近づきたいのか近づきたくないのか。
なぜモヤモヤしているのだろう。
くそ、なんなんだ。
つぶやくように自分を罵った直後。
ひぁっ。
シャワーの音で気づかなかったのだろう、背後からいきなり抱きとられて颯天はおかしな声を発してしまう。
祐仁の右手が左胸に当てられ、左手は腰もとに巻きつく。
「どうしたんだ?」
耳たぶに熱い息がかかり、背筋がぞくぞくとして颯天は身をすくめた。
「放してください!」
「なるほど。拗 ねてるのを手懐 けるのも楽しいだろうな」
反抗ではなく拗ねていると受けとるあたり、祐仁らしいのか。
颯天にとってはペット扱いにしか思えなかった。
「楽しいことをやればいい。やり尽くして早くおれに飽きればいいんだ!」
颯天は腹の底から叫んだ。
「何がそんなに気になる?」
祐仁がわかって云っているとしたら無神経すぎる。
「EAのメンバーのなかにおれと同じ立場だった奴は何人いるんです? もしくは工藤さんやほかの奴とおれは同時進行ですか」
腹立ち紛れに口から飛びだした言葉は一拍遅れで颯天自身の耳に届き、一瞬にして取り消したくなった。
まるで嫉妬だ。
さっきみたいに軽くあしらってくれるように祈った。
祐仁は後ろから颯天を絡みとったまま意思がどこかに消えてしまったように、しばらく微動だにしなかった。
そうして、ふっと耳もとに漏れた吐息は笑ったのか呆れたのか。
それとも、文句を云われる筋合いはないと怒ったのか。
「そんなふうに思うくらいなら、いつまでも自分に逆らってないで完全におれに身を任せたらどうだ?」
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