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7.欲しくてたまらないもの -2

「おれはサディズムでもマゾヒズムでもない。こと、颯天に関しては」 「無理やりだ」 「最終的に受け入れてることを否定する気か」 「おれはだれの愛人になるんですか?」 出し抜けに本筋に触れると、祐仁は急所を突かれたように目を逸らすという、らしくないしぐさをした。 (やま)しさがあってすぐには答えられないのか。 疾しさを祐仁が感じているぶんだけましなのか。 それだったら、少しは颯天のことを考えていることになる。 そんなわずかな期待を抱く自分に気づいたところで、颯天は(わら)う気にも呆れる気にもなれない。 いまはただ祐仁の答えを待った。 云いたくないのならかわせばいいのに祐仁はそうすることもなく、やはり彼らしくない。 そう思うと、告げるのを窮するほど何があるのか不安になってくる。 「もう――」 ――いいですよ、と颯天のほうがその答えから逃げかけたが、やっと颯天へと目を戻してきた祐仁によってさえぎられた。 「おれのものになれ、そう云っただろう。おまえを愛人にするのはおれだ」 さっきまでの沈黙はなんだったのかと思うほど、祐仁は決然として見えた。 颯天の内部まで射貫くような眼差しだ。 「けど……ためらったってことは、最初は少なくともそういうつもりじゃなかったんだ。違いますか」 祐仁は薄く笑った。 都合が悪いふうでもなく、おもしろがっている。 「最初っていうのは、おまえとおれじゃ時間差あるけどな。そのとおりだ」 「時間差? どういうことですか」 祐仁は神通力を保持しているかのごとく、問い返した颯天の目を捉えて放さない。 嘘を云えばたちまち見抜くぞといった様で祐仁はおもむろに口を開いた。 「颯天、おまえはおれの話を聞く覚悟はあるか」 おかしな云い分だった。 話すことに覚悟が要ることはあっても、聞く側になぜ覚悟が必要なのか。 訳のわからない覚悟を迫られるのなら、祐仁にも覚悟をしてもらいたいことがある。 祐仁が、春馬の云う“足下へも寄りつけない”人なら、御門違い、身の程知らずと云われるに違いないが。 「工藤さんは自分のことを朔間さんのパートナーだと云ってました。けど、わかるんですよ、そのパートナーって意味。おれは工藤さんと取り合いする気にはなれませんから」 云い終えたとたん、祐仁はわきまえろと咎めるどころか、大げさなほど声を出して笑いだした。 「だれを取り合うんだ?」 祐仁にからかわれて、また嫉妬じみたことを――いや、はっきり嫉妬を口走ったことに気づかされた。 笑い飛ばされたことへのむっとした不機嫌さは消え去り、かわりに颯天の心底には(にわか)に覚悟が生じる。 「おれは……朔間さんをだれかと共有するなんてできない。おれ独りって決めてくれたら聞いてやってもいい」 身の程知らずだろうが、祐仁への恋慕を認めてしまうと颯天は怖いものがなくなった。 「その云い方、恩着せがましいし、違わないか」 「違いませんよ。朔間さんがおれに聞いてほしがってる」 祐仁は確信に満ちた颯天の言葉を聞き、さっきよりは静かだがまた声を出して笑う。 かと思うと真顔になり、そうしていきなり顔を近づけた。 焦点が合わないほど目と目の距離がなくなり、直後、颯天はくちびるをふさがれた。 抵抗するのではなく、そして迫られてもいないのに颯天は口を開けた。 颯天から進んで身をゆだねたという、はじめての証しは伝わったのか、すかさず祐仁は舌を差し入れ、颯天の舌に絡めた。 どうすれば祐仁が口づけに満足するのかわからない。 颯天は祐仁を侵したい衝動に駆られ、くちびるとくちびるのすき間を探り、本能のまま舌をねじ込むように伸ばした。 く、ふっ。 呻いたのはどちらか。 罰するように祐仁は颯天の舌を絡めとりながら吸引した。 ふぁあっ。 口が緩んで颯天は間の抜けた喘ぎ声を漏らし、舌は快感に痺れて痙攣する。 颯天の口内に溜まったふたりの唾液がだらしなく口の端からこぼれた。 祐仁はいきなり颯天の舌を放つと、一分にも満たないキスにもかかわらず息を荒らげながら顔を上げた。 「颯天、聞かせてやる」 祐仁もまた恩着せがましく云ったが、颯天が迫った覚悟を受け入れたという返事でもあった。 「わかりました。聞きます。話してください」 二つ返事どころか三つ返事で応えた颯天を見下ろして、祐仁は吐息を漏らすように笑った。 「おれは施設で育った。親の顔も名前も……どこのだれかもわからない。迎えが来たのは中学一年のときだ」 話を聞くとは云ったものの、いざ祐仁が口にした内容は出し抜けに聞こえた。 颯天はかすかに眉をひそめる。 「迎えって両親が?」 「いや。いまは少なくともだれが父親かっていうのは予測がついてるけど、はっきりしないし母親はまったくわからない。おれはそのとき選択を迫られた。ある場所について行くか、行かないか」 父親の予測がつくという状況を颯天が考えつかないうちに、また疑問は増えた。 「ある場所?」 「ああ。エリートタンク研究所って聞いたことがあるか」 「……ないです」 颯天は記憶をたどり、まもなく首を横に振った。 「なら、シンクタンクは?」 「ああ……ニュースで聞いたことあります。頭脳集団て云われてますよね。知識とか情報収集をして提供するコンサルタント? ……ってイメージありますけど」 云っている途中で祐仁は可笑しそうに息をつき、颯天はむっとして付け加えた。 そうすると祐仁はまた笑うが、同時に否定するように首を横に振った。 「バカにしてるんじゃない。ざっとしてるけどな、そんなものだ。その一つがエリートタンク研究所になる。一般的には、颯天が知らなかったようにメジャーな組織じゃない。けど、政官財のトップで知らない者はいない。もっと云えば、それくらい陰から影響を及ぼす、いわゆる黒幕と云われている組織だ。おれは、エリート()タンクが運営している施設で生まれ育った」

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