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7.欲しくてたまらないもの -3

それがどういうことか。 颯天の中で祐仁に関して存知したことが目まぐるしく現れ、いまの祐仁の言葉に符合する事柄がピックアップされていった。 それらを結びつけ、結論を出すのを待っているかのように、祐仁は颯天が話しだすまで黙っていた。 「つまり……朔間さんは中一のときにエリートタンクからスカウトされたってことですか。そのときから行き場所は決まっていて、だから就活はしなくていい。愛人はその組織の人だ。裏社会にも影響力があって、だから弟は救えた。そういうことですね」 「全問正解じゃない。愛人をやっていた相手は組織が絡んでるけど、組織の人間じゃない。清道(しんどう)理事長だ」 だれだ、それは。 そう疑問に思った一瞬後、颯天は目を見開いた。 皮肉っぽく歪めたくちびるに目が行き、そこから颯天の無言の疑問に対する答えを読みとった。 「うちの大学の?」 わかっても問わずにはいられなかった。 「そうだ。高二のときから三年間、清道理事長に飼われていた。Eタンクの命令だ」 「命令って……。工藤さんは、朔間さんが男娼を育ててるようなことを云ってた。けど、だれかの愛人だって朔間さんは認めてて、それがどういうことか考えてるんですよ。愛人だった側から育てる側に変わったってことですか」 「正確には、育てる側になるために愛人になっていた、だな。育てるには自分がそれを知らないといけない。教師や指導者や、教える立場ならあたりまえのことだろう」 「それを受け入れたんですか。高校生のときに?」 祐仁は薄く笑いながら――それは自嘲に見えたが、首を振って否定を示した。 「迎えが来たときに選択を迫られたと云っただろう。 Eタンクの裏側なんて何も知らずに底辺で生きていくか、それともEタンクでまさに管理者(エリート)として生きるか、その二者択一を迫られた。 Eタンクで生きていくことを選んだ時点で、おれはEタンクからの指示を受け入れなければならない。 Eタンクにはいろいろ部門があって、その部門のなかでランクがある。 おれは高二のときに部門(グランドエリア)が決まった。裏社会を担当するアンダーサービスエリアだ。 末端の奉仕(エイド)職から始まる。 エイドには汚れ役(ブルー)主知的(ホワイト)な労働に別れていて、おれはブルーエイドに配属されたってわけだ」 「汚れ役って、それが愛人役だったってことですか」 「ああ、おれの場合はそうだ。 例えば、人に危害を加えるブルーエイドもいる。無意味にはやらない。 ブルーとホワイト、どっちが有利かなんてないし、おれに拒否権はない。底辺で生きていくよりマシだって思った。 施設は生活するには不自由しなかったけど、学校に行くと違いがわかるんだ。 欲しいものが手に入れられないことに気づく。欲しいと云える親がいないから。 欲しいものが手に入る、そんな自由に憧れた。 底辺で生きて、伸しあがることも不可能じゃない。けど、それがより早く、より確実なら……そう考えた。 結局は、組織に縛られて自由にはなれなかった。おれは安易な気持ちで虎の威を借りようとしたんだろう」 自業自得だ、と祐仁は自分を嘲って笑う。 「抜けられないんですか。いまからだって伸しあがれる。朔間さんなら」 祐仁はつと目を逸らし、すぐさま颯天に戻した。 「簡単なことならそうしてる。抜けても、結局はEタンクから一生見張られることになる。実態を知ってるから。おかしな真似をすれば……実際はそうでなくてもそうと見なされれば消されることになる」 「消されるって、殺されるってことですか」 「ああ。それがさっき云ったブルーエイドの役割の一つだ。どのみち監視されるのなら、Eタンクで伸しあがったほうがいい。そうして自由を得る。そう思ってる」 けど――と祐仁は中途半端に言葉を切って颯天をじっと見つめた。 「……なんですか」 「欲しくてたまらないものができた」 「……なんですか」 颯天は祐仁の眼差しにその答えを見いだしながらあえて同じ言葉を繰り返した。 自惚(うぬぼ)れのはずはない。 「颯天、おまえだ。上に行くまで待てない」 切羽詰まったような云い方で、それは切実で憂いを帯びている。 どういうことか、考えたすえ颯天は祐仁の事情を漠然と察した。 「朔間さん、もしかして……」 「祐仁、だ」 祐仁は颯天をさえぎって訂正を促した。 「……祐仁」 「ああ。颯天、おまえのことはおれが守る。上に行くまで……」 「わかってます。黙っていろ、ですよね」 祐仁は苦笑に近く、力尽きたように笑ったかと思うと顔をおろし、颯天に口づけながら密着した下腹部を揺らし始めた。 颯天のくちびるの間を祐仁の舌が滑り、口の中に割って入るかと思ったのに逆に離れていった。 そしてまた口づけられ、上唇が甘噛(あまが)みされて吸着される。 気持ちよさに呻けば、もっとという颯天の欲求とは逆にまた祐仁は離れていく。 もどかしさに颯天は口を開いた。 祐仁は口の端から舌を忍ばせて頬の裏側を撫でる。 颯天が舌を絡めようとした矢先、祐仁はするりと抜けだした。 口づけは(ついば)むようで、刹那だけ触れ合っては離れてしまう。 おまけに祐仁の揺れる躰は下腹部を摩撫するようで、そこが熱を生み、解放されたい欲求を孕む。 けれど、肘はベッドに括りつけられたままじれったさが募るだけで、颯天は祐仁に縋ることも引き寄せることもできない。 「朔間さんっ」 たまらず祐仁が離れた瞬間に颯天はその名を叫んだ。 祐仁は不服そうに朔間を見下ろしながら、一方で悦に入った気配も窺える。 「呼び方が違う。ちゃんと云え。おれにどうしてほしいかも」 支配者になりたがるのは祐仁の(サガ)なのか、やはり颯天の絶対服従を望んだ口振りだ。 「……祐仁、ちゃんと抱いてほしい。まだるっこい前戯はいらない!」 ためらったのはわずか、云ってしまうと(たが)が外れたように颯天は遮二無二やられたくなる。 かろうじて動かせる下半身を突き上げるようにうねらせた。 く――と、祐仁はかすかに呻き声を漏らす。 祐仁自ら動いているときには見えなかったが、颯天が動いたことによって祐仁の中心に反応が現れている。 颯天の下腹部でそれは確実に存在感を増した。 「やる気……じゃなくて、やられる気満々だな。颯天、今日は本当の意味でおまえのはじめての男になってやる」

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