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8.遂げられない欲求 -1

夏期休講が終わって清道大のキャンパスは一気に活気が戻った。 およそ一カ月後に迫った万殊祭の準備は大詰めを迎えている。 万殊祭はもうEAサークルがとやかく注文をつけることはなく、実行委員会に一任する段階まできた。 EAの活動としては、万殊祭と並行してやってきた、十一月末の学内リレーマラソン大会の準備を主体に進めている。 これはEA独自で企画して大学側の承認を得た行事であり、二度めとなる今年は一般人の参加も募るという大々的な催しになる。 祐仁は半年後には卒業してしまうが、その置き土産ともいえる企画だ。 そのせいか、祐仁が力を入れているのは確かで、颯天も新たにやることが増えた。 もっといえば、颯天が忙しくなったのは慣れないからではなく、祐仁の鞄持ちのごとくともに行動しているからだ。 それでも颯天がタッチしているのはEAに限ったことで、祐仁はさらにEタンクの任務もこなしてしまうというタフぶりに感心している。 祐仁が所属するアンダーエリアは、裏社会に通じるための風俗営業に携わる部門だと教えられた。 そのなかで、祐仁がさらに違法の性風俗業に関わっているのは漠然と察している。 おそらく颯天が訊ねれば祐仁も話してくれるのだろうが、春馬が教えたことで充分だった。 心底を吐露すれば、聞きたくないのだ。 祐仁にすべてを奪われ、ゆだねたときから自分だけを見ていてほしいという浅はかな欲求が生まれている。 あの日は、気絶するように眠ったあと颯天が目覚めればまた祐仁が侵すという、快楽漬けの一夜だった。 もう無理だ、あるいは充分だと思っても、祐仁に侵そうという意を持って触れられると颯天の快楽はすぐに開いた。 それ以上に、もっとという飢餓感が湧いてどうしようもなくなる。 祐仁に侵されるまで飢餓がおさまることがない。 颯天と同じように、祐仁にもそうあってほしい。 いや、そうだからこそ、祐仁は何度爆ぜようが萎えることなく、颯天を侵せたのだ、きっと。 ――と、颯天はそう思っていなければ、ほかの男を、たとえEタンクの仕事としての調教であっても、おれ以外の男を抱かないでくれと云いそうになる。 EAでは――おそらくEタンクでも祐仁の気の配り方は徹底していて、やはり颯天は憧憬を抱きながらも、片方ではほかのことなんてどうでもいいはずだと思う独占欲があって、心境は複雑だった。 颯天は推薦で清道大に合格したが、そこには祐仁の一存があったらしい。 祐仁が直々に颯天をEAにスカウトしたことと辻褄(つじつま)が合う。 けれど、根本的な理由を“ぴんと来た”と云っただけで、祐仁がなぜ颯天を気に入ったのかはまったくわからない。 そんな自信に欠けた疑問があるから、祐仁の独占欲剥きだしの言葉を聞きながらも颯天は不安になるのかもしれない。 あまつさえ、ふたりの関係がEタンクにばれてはならない秘め事であることは(すなわ)ち、未来が不透明だということだ。 祐仁……。 内心で名をつぶやいたとたん、会いたくて、くちびるを重ねたくてたまらなくなる。 今日のように、祐仁と会えない日は特に躰までもがさみしがって疼く。 そうしてそれを意識したとたん、躰の中心に血流が集中していくような感覚に陥った。 どうなってるんだ、おれの躰は。 祐仁()いしさに反応してしまう自分に呆れながら、自身を(いさ)めていると着信音が鳴った。 サークル会館を出てキャンパス内を南第四駐車場へと向かいながら、さきを歩いていた春馬がちらっと振り返る。 颯天が電話の相手を祐仁からだと察したように、春馬も察しているかもしれない。 「はい、颯天です」 「大丈夫か」 頼りない子供を心配するかのようで、祐仁の第一声に颯天は苦笑した。 「急用ができたんですか」 「喉が渇く」 それは颯天の淫蜜を欲しているという、祐仁と颯天の間にだけ通じる隠語だ。 顔が赤くなっているんじゃないかと焦るほど、颯天の全身が火照った。 特に疼いていた中心が著しく反応している。 抑制のきくスリムなデニムパンツでよかったと安堵しながら、颯天はため息をついて焦りをごまかした。 「……必要、であれば、あとで行きます」 (つか)えながら応えると、祐仁は可笑しそうに含んだ笑い方をする。 「そうしてくれ。時生はいるな?」 「はい」 「じゃ、こっちが終わったらまた電話する」 たったそれだけのために、メッセージを送るのではなく電話をしてきたのか。 とはいえ、声が聞けると、それだけで颯天の気分が上がってくる。 ましてや、いまの会話からすると、今日は会えなかったはずが、時間が取れたのだ。 ついさっきの不安までどこかに消えた。 ひょっとしたら、祐仁も颯天と同様、さみしいからこそ電話をしてきたのかもしれない。 多忙な祐仁のことだ、空いた時間をほかの仕事で埋めてもいいはずだ。 それなのにそうはせず、颯天を誘った。 「時生、交流センターに行って、最終の申込書をもらってきてくれ」 道が二手に分かれるところで春馬がふと足を止め、颯天の隣を歩く時生を振り向いて命じた。 「え……」 「おれと颯天はさきにコースを確認しにいく。スタート地点で待ち合わせだ。来たら電話してくれ」 出し抜けの命令にためらった時生へ、春馬は嫌とは云いだしにくい言葉を続けた。 「……はい」 時生はちらりと颯天に顔を向け、事務局のほうに向かった。 いまの時生の反応を見ると、祐仁からの電話に鑑みて、時生は祐仁からなんらかを依頼されていたのではないかと思った。 例えば、春馬の行動に注意しろとかなんとか。 颯天のことが原因となって祐仁と春馬が争った日から、特に問題なくすごせているが、それは祐仁が常に颯天を傍に置いて、春馬から遠ざけているからだ。 わかってはいたが、時生が去ってしまうと俄に祐仁から隔離されたように感じた。

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