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8.遂げられない欲求 -2
春馬は祐仁から釘 を刺されたあと、颯天に絡んでくることはなくなった。
むしろEAの活動中は至って穏やかに接される。
だからかまえる必要はないのかもしれないが、祐仁からの電話といい、さっきの時生の様子といい、まったく安心してはいられないのだと知らされる。
颯天が能天気すぎるのだろう。
いずれにしても、春馬は祐仁を慕っているからこそ颯天を敵視するわけで、祐仁を独占したいという根底にある気持ちは颯天とかわらない。
はっきり違うのは立場だ。
「マラソン大会ってけっこう人気ありますよね。一般からの申し込みが予想以上だったので驚きました」
「ブレーンUが見誤ることはめったにない」
春馬は斜め前からちらりと颯天を振り返り、詰まらないことを云うといった呆れた様で薄く笑った。
祐仁にいかに心酔しているかがわかる言葉だった。
無論、颯天も意見は変わらず、マラソンのことは話す取っかかりにすぎない。
そのうえで春馬が祐仁をブレーンUと呼んだことは、颯天にとっては渡りに船を得たようなもので飛びついた。
「工藤さんは祐……朔間さんが裏でやってることを、組織のメンバーとして補佐してるんですよね」
「おまえはブレーンUの愛人だ。どっちの立場が幸せか。気になるのはそこか?」
祐仁が補佐にするくらいだ、春馬は鈍感ではない。
颯天のわだかまりを率直に突いてきた。
「工藤さんはどうやってパートナーに……ホワイトエイドになれたのかと思ってます」
秘め事も、春馬に限っては少なくとも察していることであり、隠す必要もない。
颯天は遠回しに認め、本音を漏らした。
春馬のように祐仁の傍にいても当然と思われるようになるためには、Eタンクのメンバーになるのがいちばんの近道に見えた。
とはいえ、肝心のメンバーになるための道はどこにあるのか見当もつかない。
祐仁に訊けばすむことだが、その祐仁に秘め事を黙っていると云ったのは即ち、祐仁が上に立つまで待つという約束であり、目の前のことしか考えていない颯天の浅はかさを露呈することになる。
結局は春馬に吐露して、祐仁にも話が伝わるかもしれない。
颯天は早くも後悔を覚えた。
春馬は少し歩みを緩めると、一歩あとをついてくる颯天に並び、覗きこむように首をかしげた。
「ブレーンUの推薦があって審査が通れば組織に入れる」
「審査ってグランドエリア内の審査ですか。それとも組織のトップが?」
春馬はわずかに目を見開いた。
「けっこう聞かされてるんだな」
「だれにも喋ってません」
責められているように感じて云い訳をしたすえ、それだけでは嘘を吐 いていることになると気づき、
「……工藤さん以外は、ですけど」
と付け加えた。
「あとは付き人みたいな人をちょっと見ただけで、話の通じる人を知らないので。時生に云うとしても、おれと同じ立場にならなければ信じてくれないと思います。……ていうか、話せませんよ。男同士なんて少数派で普通じゃないし、理解できる奴は少ないと思います」
颯天にとっていまや祐仁に抱かれることはあたりまえになっているが――それ以上にそれを望んでいるが、三カ月前までは考えたこともなかった。
春馬は鼻先で笑いながら、同意するようにうなずいた。
「まあな。ほかに何を知ってる? 例えば、ブレーンUの役割とか」
「アンダーサービスっていう部門 で、ブルーエイドの人材に関したことをやってるって聞きました」
「ブレーンUがかつてブルーエイドだったことも、そのときだれの愛人だったかも?」
「……はい、知ってます」
颯天がためらいがちに答えると、春馬は吐息まがいに笑った。
笑うことではなく、それならどんな意がそこに潜んでいるのか、春馬はそれきり黙ってしまって探ることもできない。
まもなく、リレーマラソンのスタート地点となる南第四駐車場に着いた。
マラソンはここをスタートして、清道大の敷地内に設けられた“清学 の森”という公園を抜け、キャンパス内の一部を走ってまたスタート地点に戻るというコースだ。
この駐車場がいちばん広々としていて、スタート地点には打ってつけだ。
今日は数台の車が止まっているだけで閑散としている。
春馬は奥に進んで、そこが当日の本部になるのか、白いワンボックスカーが止められた場所に行った。
「颯天、一つ誤解してるかもしれないから云っておく」
ついてきた颯天に向き直った春馬は、唐突に云いだした。
「誤解ですか?」
「ああ。おれは知ってのとおりホワイトエイドだ。ブレーンUから調教されたことはない。現場に立ち会ったことはあっても。愛人であったこともない。ブレーンUが調教でもなくおまえを傍に置くとしたら、規律違反でしかない」
「工藤さん、それはわかって……」
わかってます、と云いかけたが、ワンボックスカーのスライドドアが開いて颯天は口を噤 んだ。
「いや、わかってないな」
その口調はそれまでの穏やかさと打って変わり嘲るようで、颯天は車から春馬に目を戻した。
まともに合った春馬の目に宿っているのは、冷ややかな憎しみだろうか。
「颯天、ブレーンUも見誤ることがあるんだ。おまえを愛人にしたことも、おれをスカウトしたことも誤りだろうな」
春馬が口を歪めて嗤う。
逃げるべきだと気づいたときは遅かった。
車から男が二人降りてきて、背後にまわった男の手が颯天の顔をタオルで覆った。
息ができない。
そう思った瞬間に浮いた感覚がして、直後、颯天の意識は絶えた。
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