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8.遂げられない欲求 -3
*
薄らと聞こえるのは祐仁の声のような気がする。
それは呻くような声だったり叫ぶ声だったり、いずれもつらそうな声が入り混じる。
そうして自分の躰には絶えず何かが這いまわっている。
躰を労 る触れ方ではなく、快感を呼び起こそうとする意思があった。
祐仁……。
颯天に快楽をもたらすのは祐仁にほかならず、けれど、呼びかけるも声にはならない。
邪魔をしているのは喉の奥の違和感か、ぼやけた思考のせいか。
夢うつつをさまよっていると、ひと際大きく、苦悩に満ちた叫び声が颯天の鼓膜を揺さぶった。
やめ――
「――てくれっ」
祐仁!
悲痛に喚 くのが祐仁の声だと察した刹那、颯天の意識を覆っていた靄 がいきなり晴れ渡った。
自分に何が起こってどこにいるのか。
そんな状況を把握するまえに、無理やり目を向けさせられた視界には見たこともない祐仁の姿が飛びこんできて、冷静には考えられなかった。
祐仁を助けたければ目を逸らすな。
耳もとに放たれた言葉が警告ではなく脅迫だということを察しながら、颯天は祐仁を見つめた。
天井から垂れる一本の鎖にまとめて手首を括られ、床から伸びる二本の金属棒の先端には革製の筒型ホルダーがあって、それぞれ膝を預ける恰好で祐仁は拘束されていた。
ともすればずり落ちそうになる腰を支えているのは、祐仁の背後に立って祐仁を串刺しにする男だった。
祐仁は揺さぶられながら拒絶の言葉を吐き、背後の男が揶揄して煽り立てている。
かつて清道理事長の愛人だったという祐仁は、颯天と同じくらい性感にデリケートだった。
乳首を抓まれ、オスを扱かれ、躰をうねらせる祐仁は――少なくともその躰は拒絶していない。
オスの先端から涎を垂らすのがその証拠だ。
祐仁に無理やり快楽を開かれた颯天自身もそうだったから、わかりすぎるほどわかる。
おふたりで愛し合うのはさぞかしたいへんだったのでは?
と、颯天の背後に立つ男が云うように、颯天も祐仁も快楽に敏感すぎた。
「ほら、彼、目が覚めたみたいですよ。自分を曝けだしてラクになることです」
祐仁に向けてそう云った男の目が、祐仁の躰越しに颯天へと向いた。
卑猥な笑みで男は目を伏せていき、椅子に座った颯天を眺めまわす。
その視線によって、颯天は自分の恰好をはじめて理解した。
自分もまた後ろ手に括られ、開脚した姿で椅子に拘束されている。
この部屋は以前、颯天が連れてこられていた調教部屋だった。
足の爪先から互いの距離が二メートルもないという状況下、躰を支えるものが違っているだけで、颯天と祐仁は同じ恰好で向き合っていた。
「やめて、くれっ」
「おや、いいんですか、やめても? そうしたら二度とお目にかかれませんよ、会いたくても」
意識を失っていた颯天が目覚めたことを知らされ、だが祐仁は正面にいる颯天を直視することはない。脅しを受けた祐仁は宙を睨みつけた。
『二度と』とその真意は、ただ会えないということではないと颯天にも薄らとわかった。
背後から颯天自身が受けた『彼を助けたければ』という脅迫もしかり。
そのあと、拒絶の言葉を封印した祐仁がそれを証明していた。
そうして、祐仁は沈黙しながらも嬌声だけは堪えきれずにすぐさま口を開く。
オスの孔を弄られ、精ではなく淫水を噴いた。
その一部が颯天に到達して、小雨のように降ってくる。
「やめますか」
にやついた男がそのあと祐仁に何を囁いたのか。
「……やめないで、くれ……」
歯を喰い縛って、祐仁は本意とは逆のことを頼んだ。
「云い方にはお気をつけください」
「くっ……お願い、します。もっとめちゃくちゃに……感じさせてください」
力を振り絞るような様で吐いた祐仁は、それまで逸らしていた目を颯天に向けた。
同時に男が激しく突きあげるように腰を動かし始め、祐仁のオスの突端をぐりぐりと撫でる。
祐仁は喘ぎながら、腰をぶるっと大きくふるわせたかと思うと白濁した蜜を吐きだした。
それで終わりではない。
男が動きをやめることはなく、祐仁は快感のあまり戦慄したようにふるえだした。
そうして、快楽に躰をゆだねて嬌声を放ちながらも、祐仁は颯天の目をじっと捉えて離さない。
そこに何を託したのか――。
「おまえ、主の痴態を見て興奮するとはな、根っからの淫乱か」
耳もとに顔もわからない男の吐息を感じ、背筋がぞくぞくと粟立つ。
嘲るような言葉に釣られ、颯天は目を伏せて自分の股間を見下ろした。
「違う」
言葉を発することすら忘れかけていた颯天の声はかすれている。
否定しながら、颯天は自分の浅ましさを目の当たりにして呻いた。
躰の中心が熱く疼く感覚を、無理やり見せられた衝撃の傍らで感じ取ってはいた。
いざ直視すると、颯天のオスは自身が濡れそぼつほど涎を垂らして、支えもなくそり返るように太く勃ちあがっていた。
祐仁が気づかないわけがない。
こんな自分をどう思うのか。
「触ってやろうか」
男が囁き、反応したのは颯天のオスだった。
ぴくっとうごめいたかと思うと、蜜がぷくりと盛りあがり、すでにできていた蜜の道筋に融合して下へと急降下する。
「違う、もう放してくれっ」
叫ぶもやはり頼りなくかすれた声にしかならない。
「そうはいかない。男娼の競演だ」
「そうだな。一回でも多く逝ったほうの望みを一つ叶えてやる。どうだ?」
「いい案だ」
男たちは勝手に決め――
「男娼らしいバトルだ。がんばれよ」
と颯天の耳もとに囁いたあと、背後の男は手を被せるように颯天のオスをつかんだ。
望みならある。
けれど、バトルに勝つか否か、それ以前に男が手を緩々と動かし始めたとたん、颯天は否応なく思考を快楽に侵された。
「うっふぁっ、ぅ、わああああ……っ。や、め、ろっ」
颯天は喚き散らした。
そうやって、快楽を得てしまう自分をごまかすしかできない。
「やめていいんですか。あなたのせいですよ。あなたがブレーンUを裏切った」
背後の男の言葉に一瞬だけ快楽が遠のき、颯天の耳にくっきりと届いて脳裡に浸透した。
なんのことだ。
その内心の疑問は男に読みとられていた。
「あなたを信頼してブレーンUは組織のことを話したんでしょう。それなのに、あなたは秘密を漏らした。それが組織の内外、だれであったかは問題ではありません。あなたが喋ってしまったことが問題なんです」
颯天は自分の愚かさに気づかされた。油断したのだ。
祐仁は何かを託しているのではなく、裏切り者、とその眼差しで颯天への失望を訴えていたのかもしれなかった。
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