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9.忠実であるべき主 -2

朔間祐仁(さくまゆうじん)の意思によって凛堂会に送りやられたとき、はじめて永礼を目にして、祐仁とは二度と会うことはかなわない、とそう絶望した。 それくらい冷酷に見えたのだ。 永礼の前に立たされ、冷ややかな視線が躰をひと舐めし、颯天は躰が凍りつくような感触を覚えていた。 出ていけ、という、颯天が来てからの永礼の第一声は、取るに足りないと自分に向けられたものかと思ったが、颯天が身動きするまえに控えていた男たちがそそくさと散っていった。 凛堂会本部の組長室は、家具も床の敷物も、すべての調度品が重厚な雰囲気で(しつら)えてあった。 そこに颯天は独り取り残され、重みに潰れそうになりながら立ち尽くす。 『脱げ』 祐仁に抱かれて、男を好む男が普通にいるのだと身に沁みてわかっていながら、なんのために脱がなければならないのか、颯天は呆然とした。 『Uから手ほどきは受けたんだろう。脱げないのか』 その言葉で、颯天は祐仁が吐いた『約束』という意味を理解した。 颯天ははじめから、もしくははじめは、永礼の男娼となるために仕込まれたのだ。 従順な男娼として開花するよう、祐仁は颯天に特別の好意を持っているふりをしていたのかもしれない。 祐仁は、抵抗することを楽しんでいたが、永礼はとにかく従順さを求める。 最初から永礼の好みに気づけたわけではないが、いまになると断言できる。 煽るのではなく、颯天から『もっと』という言葉を聞きたがり、颯天が快楽に貪欲であるほど永礼は喜ぶ。 永礼にとって颯天は、さながら快楽を求めて(なつ)くペットだ。 裸になった颯天をまたひとしきり眺め入った永礼は、光沢のある紫檀(したん)のデスクに手をつき、革張りの椅子からおもむろに立ちあがった。 広々としたデスクをまわり、颯天の背後にきて、手をつけ、と永礼はデスクを指差す。颯天が従うと、いまのように後ろから責めてきた。 だいたいにおいて、永礼は背後から抱くことを好む。 どうにでもなれ。 祐仁から手放されて投げ()りになった気持ちと裏腹に、祐仁しか知らない颯天は永礼を怖れていた。 永礼はその冷ややかな視線と同じように、細身だからこそなのか、目だったり頬骨だったり、どこの輪郭を取っても鋭さがある。気に入られなければ、颯天に未来はないように思えた。 いや、そもそも颯天の未来は閉ざされたようなものだ。 慕った祐仁に見棄てられ、なんの望みもない。 絶望と恐怖のなか、触れてきた永礼の手は意外にもやさしかった。 そのギャップが颯天を従順にさせた。 投げ遣りだった気持ちが加勢をしたのか、颯天は呆気ないほど早く達し、紫檀のデスクを汚してしまう。 永礼は怒ることはなく、それでいい、とむしろ満足そうだった。 以来、颯天は飽きられることもなく、どうにか生き残ってきた。 けれど、ここに来て永礼は颯天を手放すために裏切れと云わんばかりだ。 颯天が待った答えは一向に返らず、永礼は鼻先で薄く笑った。 「生意気だ。それを可愛いと思わせられるからどうしようもない。逝け」 永礼は颯天のものを包みこみ、そうした手を上下させて扱き始めた。 あっ……ぅ、くっ……ああっ、ああっ……。 颯天は堪えることなく、感じたまま嬌声を放つ。 窓ガラスに映る自分を見つめ、そのあまりの卑猥さに腰が砕けそうになる。 ぬちゃりと音が聞こえるようになったのは、それだけ颯天が永礼に応えているという証拠であり―― 違うんだ。 と、だれに聞こえるわけでもないのに内心で弁解をした。 オスの突端がさすられると、内心の密かな抵抗も虚しく、背中を永礼に預けて、颯天はがくがくと快感に腰をふるわせる。 「ああっ。も、……逝、くっ!」 そう訴えると、永礼はわざとのように出口を指の腹でふさぎ、放出できない苦しさのなかで颯天の放出欲求を扇動する。 そうして、永礼が指を放したとたん、颯天は淫蜜を迸らせた。 窓ガラスに快楽の残骸(ざんがい)が散らばっていく。 目を閉じて陶酔に浸りながら、いつものように颯天の背後にいる永礼に祐仁の姿を重ね、颯天は永礼を裏切っていた。 永礼は突き放すように颯天の肩をつかんで押しやる。 脚は頼りなくふらつき、颯天は窓に手をついて倒れるのを防いだ。 まもなく客が――今日は清道が来るまえに、後始末をしなければならない。 快楽のあと、自分が汚した後始末を自分でやるとき――それは永礼が相手のときに限るが、自慰行為以上に虚しくなる。 それよりももっと、屈辱を覚えなくはない。 たまにしかないが、わざわざ颯天にそうさせて、永礼は眺めながら楽しんでいる嫌いもある。 客が来て、その客にやられるほうが仕事と割りきれて心理的にはらくだ。 もっとも、そう云えるのは、颯天が選ばれた客しか相手にしていないからかもしれない。 一度、下層の男娼たちのショーを見せられたことがある。 その扱いは性具と変わらない。 愛玩動物(ペット)として扱われる颯天は、それでも幸運なのだと思わされた。 それに、客が相手のときは、家事全般にわたって颯天の世話役を(にな)う付き人が後始末をする。 見方によっては、次への準備を整えているにすぎないのだが。 颯天は息を乱したまま躰を起こしかけた。 が、いきなりボクサーパンツごとカーゴパンツが引き下ろされる。 「あっ……?」 腰をつかまれて後ろに引かれ、すかされた颯天はずり落ちていく手を窓に突っ張って止めた。 カーゴパンツは中途半端に膝もとで丸まり、このまま動けば転んでしまう。 それが計算してのことなのは明らかだ。 「なお……」 客が来るというのにもしかして本当に抱くつもりか。 永礼の名を呼びかけたそのとき。 「人にやられる姿を見るのもなかなか煽られるものだな」 永礼とは違う、第三者の声が低く室内に(とどろ)いた。

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