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11.秘密結社 -1

祐仁の命を受けて、あらためてフルネームを名乗った有働高己(たかみ)はその日、まず住み処を案内した。 それは、エリートタンク研究所からそう離れていない二十七階建てのタワーマンションのなかにあった。 最上階は祐仁を中心にしてアンダーサービスが専有しているという。 最も広いペントハウスが祐仁の住み処であり、ほかにいくつ部屋があるのか、そのうちの一つ、祐仁の隣の部屋を充てがわれた。 有働は祐仁の部屋を挟んで、反対隣に住んでいる。 部屋に入れば家具から服まで不自由なくそろっていた。 食事は毎食、運ばれてくるらしい。 独り暮らしで、一見すると自由だ。 その実、専用のカードキーを持っていなければエレベーターに乗ることも最上階に降りることもできず、あまつさえ、そのカードキーは常備しているわけではなくその都度渡される。 最上階の出入り口には二十四時間、門番がいて、颯天こそ監視されているとしか思えなかった。 売られた身であり、まったくの自由になれるとは思っていなかったが、颯天は永久に自由の身になることはないのだと再認識させられた。 永礼と清道から命じられた『フィクサーの監視』は、結局は理由も目的も聞かされず、漠然としすぎて何をどう監視すればいいのか颯天にはまるでわからない。 ましてや、どうやって報告しろというのだろう、連絡の手段がない。 スマホは与えられたものの、発信も着信もすべて管理されているはずだ。 足りないものがあれば申し出るよう云われたが、満たされれば満たされるほど箱の中に閉じこめられてしまうような気がする。 自分らしく飾り立てないこと。 それが唯一、颯天にできる自己主張だ。 一日めは何もすることがなく、颯天はだれにも会うことなく家となった一室に閉じこもっていた。 リビングにいると通路からの物音は聞こえず、隣の部屋の雑音も聞こえず、祐仁が帰ったのかどうかもわからなかった。 『明日の朝、八時に出る。五分前に出ろ』 と、夜にそんなメッセージがあって翌朝に部屋を出たとき、有働が出てきたあとに祐仁が現れてはじめて家にいたのだとわかった。 壁を隔てて祐仁はほんの傍にいるというのに話もできない。 いざ対面しても祐仁は颯天を一瞥するだけで、取り付く島もない。 颯天への命令は有働から下る状況下、電話をかけることすらできないほど、祐仁は遠く隔たった場所にいた。 「四階は、政治(ポリティカル)エリア、防衛(プロテクト)エリア、そして知ってのとおり、裏社会(アンダーサービス)エリアが入っている。同じフロアであっても、精鋭(ブレイン)以下、領域は不可侵だ。その必要が生じた場合、管理(エリート)もしくは選民(フィクサー)の指示を仰がなければならない」 有働は各フロアを案内したあと、最後に四階に戻ると念を押すように云った。 「三階と四階は男性ばかりですね」 祐仁専用の部屋に接して、アンダーサービスエリアの所員たちのオフィスがある。 クリアなガラス壁の向こうを廊下から眺めながら、颯天は疑問を口にした。 ほかのエリアは通りすがりに覗いただけだが、アンダーサービスエリアを含めて目にしたかぎりどこにも女性はいなかった。 有働によれば、このビル内すべての所員がエリートタンクの本質を知っているわけではないらしい。 二階までは表向きのとおりシンクタンクとして機能していて、女性もちらほらと勤めている。 ちらほらという数は、女性がいてもおかしくない会社にいないという不自然さを解消するための、最小限の要員とも考えられる。 同様に、秘密結社の構成員に女性がいないというのも不自然だが、この不自然さは上階のフロアでは解消されていない。 「間違いがあっては困るからだ」 「間違い?」 「構成員は生涯独身であり、子供を持つことも許されない。所詮、人間も動物で次世代に子を残そうとする。何を守るか、要するに何よりも仕事を優先する。選択肢は一つしかいらないということだ。高井戸、おまえにもその覚悟をしてもらうしかない。もっとも……」 有働は思わせぶりに途中で言葉を切った。 颯天をじっと見つめる目は、なぜか颯天をずっと見知っているような気配がある。 けれど、颯天は見覚えがない。 有働は祐仁を少し武骨にした感じだ。 いかにも強そうで、祐仁は気配で威圧するが有働は体格的に圧倒する。 そんな有働と一度でも会っているのなら、時間がたって忘れはしても、会えばすぐに思いだすはずだ。 「……なんですか」 「おまえは男娼として快楽を嫌というほど知っている。それなら女なんて物足りないだろう」 有働はくちびるを歪めた。 蔑んでいるようにしか見えない。 「男とか女とか関係ない。有働さんにはわからないんだ。おれには――」 ――男娼になるしか選択肢がなかった、と続けようとしたが。 「何がわからない?」 と、別の声が割りこんで颯天をさえぎった。 「祐仁」 その姿を認めるより早く、声のしたほうを振り向きながら呼びかけると、しかめた顔に合った。 「フィクサーU、このフロアまで案内は終わりました」 口を挟んだ有働によって、颯天は祐仁をより冷ややかにさせた自分の失態を知る。 「フィクサーU、申し訳ありません」 「わかったならいい。有働、例の件、追加情報が入ってる。早急に確認してくれ」 「承知しました」 有働の返事にうなずき返し、祐仁は颯天に目を向けた。 「ついてこい」 「はい」 颯天が返事をしたときにはもう祐仁は背中を向けていた。

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