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14.ほくそ笑むコヨーテ -4

警戒心を解くことになったのか否か、ひとしきり笑ったあと、逃げ道をふさぐようにドアの前にいた春馬は背中を起こした。 壁につけたソファのところに行き、どさりと腰をおろして脚を組むと、立ちっぱなしの颯天を見上げた。 「おまえ、どうしたんだ? 五年も離れてフィクサーUへの気持ちは(すた)ったのか」 「フィクサーUはおれよりも自分を守った。そのうえで五年も離れて気持ちが持続するほど、おれはバカじゃない。おれはガキだった。けど、五年、何も考えずにすごしてきたわけじゃない」 「Eタンクの連中は上昇志向の強い人間が多いからな、フィクサーUも御多分に()れなかったってことだ。一つアドバイスすれば、颯天、足の引っ張り合いをするよりももっと手っ取り早い、上に行く方法があるんだ」 春馬はしたり顔でにやりとした。 「手っ取り早いってどんな?」 「簡単だ。実力者に取り入る」 春馬の云ったことは単純だが簡単ではない。 ただ、確信に満ちた口調に感じた。 ひょっとすれば、その確信があってこそ春馬は“裏切者”の行為に及んでいるのかもしれない。 「どうやって? ……っておれが訊いてもしかたないですけど。それが簡単ならだれだって伸しあがれる」 「確かに、取り入るためにどれほどのことができるかってことだな。その点、男娼はいい商売だ。相手を油断させられる。つまり、モノは使い様ってことだ。フィクサーUだってそうだ。実力者……というより有力者に取り入ったからこそいまがある」 「フィクサーU? 有力者ってなんだ?」 ひょっとしなくても、春馬に何かしらの着実な(はかりごと)があるのは確かなようだ。 それは想定内だが、祐仁の名が出てきて颯天は眉をひそめた。 「清道理事長のことは聞いてないのか」 春馬の口から清道の名が出てくるとは思わず、颯天は俄にうろたえた。 努めて平然を装ったが、じっと颯天を見上げる春馬をごまかせたかはわからない。 まったく知らないふりをするのは得策ではない。 それならどこまで話す? と自分に疑問を投げかけ、思考を巡らせた。 祐仁はブレーンだった頃、清道がEタンクのチェアマンだとは知らなかったと云う。 それなら春馬が知るわけがない。 その前提で話すのがきっと最善だ。 「フィクサーUがエイドの頃、清道理事長の愛人だったことは聞いてる」 慎重になりながらもそれを見せないよう颯天が何気なく云うと、春馬は素直に受け入れたようでうなずいた。 「エリートタンクは清道生が多い。つまり、清道理事長はEタンクに多大な貢献をしていることになる」 「有力者っていうのは清道理事長で、フィクサーUは清道理事長のおかげでフィクサーまで上り詰めたってことですか」 「それだけじゃない。ヘッドにも、おまえをうまいこと利用して取り入った」 「……どういうことですか」 「ヘッドには天敵がいる。そこにおまえをスパイとして送りこんだってさ。そうするためにおまえを手懐けていただけだっていう、フィクサーUには、隠れておまえを愛人にしていた立派な理由ができたわけだ。どこからも漏れるわけにはいかないし、手懐けるまで秘密にしていたという筋は通る。フィクサーUは機転が利くってことだな」 春馬が云ったことはすでに承知していたことだが、颯天ははじめて耳にしたようにわずかに目を開いた。 春馬をどこまでこっちの思惑に添わせられるか。 すべて颯天にかかっている。 「送りこんだって……その理屈が通ってるなら……ヘッドの天敵って凛堂会ってことになりますよ?」 颯天は思考を巡らせるふりをしながら、いま答えが出たように惚けて云ってみた。 「そうみたいだな」 春馬は自分が話を振ったくせに他人事のようにあしらった。 「おれはEタンクに連れてこられた。けど、スパイなんてしてないし、何も情報は持ってない。フィクサーUはどう云い逃れると思いますか?」 「そこだよ。云い逃れるために、おまえ、今日のオークションに出されたんじゃないのか」 「どういうことです?」 「今日、おまえを落とした客は、関口組の組長だ。知ってるか」 「名前だけですけど。……あー、あと凛堂会にやたらライバル心を持ってることは知ってる」 「なら、わかるだろ?」 颯天は目を逸らし、不自然に見えるくらい沈黙の時間を確保したあと口を開いた。 「関口組と手を組んで……凛堂会を潰す。……またおれは利用されるわけだ」 颯天は半ば呆れ、半ば憤った素振りで薄く笑い、「けど」と春馬に目を戻した。 「“けど”、なんだよ?」 「春馬さん、おれは凛堂会を潰すのに手を貸す。けど、フィクサーUも潰しますよ」 春馬は目を見開いた。驚くよりも、できるのか? といった煽るような気配に感じた。 「本気か?」 「おれは五年も時間を奪われた。凛堂会もフィクサーUも当然の報いだろう」 「ただじゃすまないぞ」 「このまま何もしないでいるのとどう違う?」 春馬は再び笑いだしたが、今度はすぐに可笑しそうな笑みは引っこめた。 残ったのは、餌をぶら下げて獲物を待っているかのようで、トイプードルの顔を持ち、ほくそ笑むコヨーテだ。 「おれも関口組の組長に飼われたことのある身だ。よく知ってる。助言がいるなら協力してやるよ」 春馬は恩着せがましく、なお且つ先輩然として云う。 ここまではうまくいった。 安堵を隠しながら、颯天は鼻先で笑ってみせる。 「信用する気にはなれませんけど」 春馬は三度め、シャワーを浴びてきます、と室内にあるシャワースペースに颯天が消えても笑っていた。

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