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15.闘乱の食前酒 ー1
「永礼の秘蔵っ子と聞いていたが、それを手放さなければならないほど永礼は失態をやらかしたらしいな」
それが関口組長の颯天に対する第一声だった。
禿 げたのか剃 ったのか丸坊主の頭に分厚いくちびる、鼻も団子鼻に近い。
鋭く颯天を見る目だけが細さを感じさせる。
年の頃は、六十歳手前というところか。
太っているのか体格がいいのか判別はつかないが、高圧的な雰囲気だ。
それは、永礼や清道や緋咲の雰囲気と違って、内面を映す貫禄 ではなく見た目の圧倒感にすぎない。
関口は、ばかに大きいデスクの向こうで革張りの椅子にふんぞり返って颯天を迎えた。
デスクを挟んで颯天のほうが見下ろす側なのにもかかわらず、関口は顎をしゃくり、伏せ目がちに見やっておののかせる。
「永礼組長が失態ですか?」
そう訊ねた颯天を粘りつくような眼差しで見ながら、関口はにやりとしておもしろがった。
「聞いていないのか」
「僕には何も知らされませんから」
実際のところ、フィクサーを監視しろという命のもとEタンクに売られたわけで、颯天はその裏に事情があるとはまったく思っていなかった。
関口が競りで落としたことと大して変わらず、祐仁からは品評会で選ばれた。
――ちょっと待て。
ふと颯天は不自然さに気づいた。
あのとき祐仁が選んだのは颯天一人だけだ。
顔を隠されていたのに、永礼や清道はなぜ颯天が選ばれると確信していたのか。
いや――ひょっとしたらだれを選んでも颯天が行かされた。
そういう絡繰りだったのだ。
颯天はすぐさま自らで答えにたどり着き、関口に神経を集中した。
「聞かせてもらえるんですか」
それは反抗的に聞こえただろうか。
演技であって演技ではない。
颯天の心境は複雑だ。
そして、関口の眉が片方だけ跳ねあがる。
「聞いてはいたが、おつむの悪い男娼ではなさそうだな」
「……聞いていた?」
「競りで見たかぎり快楽にはめっぽう弱いようだが、男娼に甘んじているだけだと耳にした。おれに協力する気があるなら、おまえ次第でおまえの希望に協力してやってもいい」
颯天がいまの境遇に甘んじているだけだと思っているのは祐仁だけでなく永礼も、そして清道もそうかもしれない。
関口は聞いたとか耳にしたとか云う。
実際に颯天が口にした相手は祐仁と春馬しかいない。
迷うまでもなく、関口は春馬から聞いたのだ。
競りがあったのは一昨日、こんなに早く伝達されるということは、やはり春馬は関口組と深く繋がっていることの裏づけだ。
「なんに協力すればいいんですか」
「云ったろう、これからのおまえ次第だ。丸腰で信用するわけにはいかん。従順でありながら裏で何を考えているかわからんからなぁ」
永礼には適わなくとも、関口もトップにいる身で、そう甘くはない。
「当然ですね。ぼくも関口組長に確認しておきたいことがあります。ぼくの希望が何かご存じですか」
「男娼という身分から逃れたいのではないのか」
「それ以上にこの世界から逃れたいんです」
「それならやはりおまえ次第だな。おれを楽しませることだ」
楽しませるという真意は測れないが、事は思う方向へと進んでいる。
どうやって楽しませればいいのかわかりませんが、と颯天は途方にくれた様を装い――
「永礼組長のことは教えていただけるんですか」
と問うてみた。
「知りたいのか」
「自分に関係することであればあたりまえに知りたいです」
関口は鼻先で笑い、椅子を引きながら、こっちに来い、と命じた。
「裸になれ」
デスクをまわって、向きを変えた関口の正面に立つと、颯天はためらわずに服を脱ぎ捨てる。
その間に、関口は自分の下腹部に手をやってベルトを外し、ジッパーをおろしてスーツパンツの前をはだけた。
「しゃぶれ。おまえの反応が見たい」
颯天は二歩踏みだして床にひざまずくと、トランクスの中から引きだされたオスをつかんだ。
見た瞬間にいびつだと思ったが、その感触に思わず関口を見上げた。
「はじめてか、こういう男根は?」
関口はにやにやとしたり顔で問いかけ、
「一度これを味わったら忘れられんらしいが」
と独り悦に入る。
「楽しみにしておけ。さあ、咥えろ」
こんなことはやりたくない。
外見から品格を感じられない男ならなおさらだ。
これまで男娼でありながら、相手は選ばれた男たちだったと颯天はあらためて悟る。
性的嗜好は様々だが、少なくとも暴力めいたことはなく、なお且つ不衛生な不快さに遭ったこともない。
その不快感をおくびにも出さず、颯天は口を開いた。
颯天は甘んじるだけではなく、五年の間に男娼として自制する術を身に着けていた。
関口が用心深くなるのも当然であり、むしろそうでなければよほどの能無しだ。
颯天は男根に口を寄せ、咥えて奥へと含む。
くびれのすぐ下に埋めこまれた丸い粒がくちびるの裏側をくすぐり、不覚にも颯天は呻いた。
こんな奉仕行為を教わったのは凛堂会に来てからだ。
祐仁とのセックスはされる側ばかりだったが、どういうことをされれば快感を得られるか、颯天は身を持って知っている。されたようにすればいい。
そんなふうに熟 してきていま、関口は頭上でえげつなく喘ぐ。
颯天の口の中を埋め尽くすほど、オスを硬く太くした。
不快さを感じたくないから無心になる。
すると、快楽の刺激の役目しか果たさない丸い粒――シリコンボールが転がるような摩擦をもたらし、一度にいくつもの舌でキスを受けているような、おかしな気分にさせられた。
「どうだ、気持ちいいだろう」
イエスという返事しか期待していない、愉悦した声が頭の上から降りかかった。
颯天は目線を上げてできる範囲でうなずいた。
このしぐさに大抵の男は優越感という居心地の良さを感じる。
その裏で、颯天が快楽に疼いていることは否定できない。
果たして、颯天がどんな反応をすれば関口を楽しませられるのか。
不確かなまま、颯天は関口を追いつめていった。
自分の技巧で関口を満足させられているか。
そんな不安はまもなく、頭をつかまれたことで解消された。
それは、関口が劣情に侵されていなければやらないしぐさだ。
不安のかわりに颯天は自由を奪われ、呼吸経路をふさがれた苦しさに見舞われる。
関口が颯天の顔を勝手に上下させ始めた。
喉の奥を突かれ、嘔吐 けばそれが関口の快感を増長させて、吠えるような声が吐かれる。
だんだんと颯天の感覚は麻痺して、苦痛か快楽か区別がつかなくなってくる。
「逝くぞっ」
関口は颯天の頭を押さえつけると同時に腰を突きあげ、咆哮 した。
口の中でオスが膨張し、直後に爆ぜた。
喜んで飲み干せといわんばかりで颯天は頭を固定されたまま、迸る粘液を喉の奥で受けとめた。
呑みこまなければ窒息してしまう。
息苦しさに呻きながら、咽頭を下っていく白濁した液を嚥下 した。
関口は搾りきるように腰をふるわせると、ようやく頭から手を離して颯天を解放する。
口の中は麻痺して、火照った感覚だけが残り、そして空虚になった心もとなさが生まれた。
そういう自分を浅ましいと思いながら颯天は目を開く。
「立て」
関口の命令に従ったのは習性に違いなく、颯天は即座に立ちあがった。
関口に目を合わせると、逆に関口は目を伏せていき、そして颯天の躰のある地点に来て止めた。
「おれを咥えただけでこれだけ濡らすとはな。聞いていたとおりの淫乱さだ」
侮った声でありながら、満足げでもあった。
関口は立ちあがると颯天の横に立つ。
男娼にしては颯天の背が高すぎることもあるだろうが、思っていたよりも背丈がなかった。
さあて、と関口はもったいぶった口調でつぶやいて手を上げたかと思うと、颯天のオスの根元に指先を充てがった。
びくっと反応をしたのはオスだけではなく、颯天の全身にまで及ぶ。
勃ちあがったオスの裏筋に添い、関口は指の腹でつーっと撫であげていく。
あ、ふっ……くぅっ。
こぼれそうになった淫らな悲鳴を颯天はどうにか堪えた。
こんなにも自分の躰は敏感だったか。
そう疑うほど、感度が急激に上昇した。
関口の指先が引きつることもなくなめらかに動くせいかもしれない。
延 いては、颯天が勝手に濡らしているせいにほかならない。
自分で自分の首を絞めている。
指はくびれに差しかかり、まもなく先端に達する。
それを避けようと無意識に踵 が浮いて颯天は伸びあがる。
無駄な行為だとは自分でもわかっていた。
そのぶん、快楽を長引かせているにすぎず、自滅へと颯天を導く。
関口の指先が先端に達し、孔口で捏ねるように動き始め、颯天は堪えきれなかった。
腰を突きだした瞬間に、関口は指を離し、解放された孔口から白濁した蜜が勢いよく飛び散った。
関口がさも滑稽な場面に出くわしたように高らかに嗤うなか、足もとがおぼつかなく、颯天はデスクに手をついた。
情けないのは淫乱と云われてもしかたのない自分だ。
プライドなどとうに捨てた。
それなのに、いまだ自分に云い聞かせなければならなかった。
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