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15.闘乱の食前酒 ‐2

関口組の事務所まで来た迎えの車に乗って、颯天はまっすぐマンションへと帰った。 オークションの日から三日め、Eタンクの本部に颯天が出向くことはない。 アンダーサービスエリアは唯一、正体を隠しつついわゆる水商売をして一般層に紛れこむ。あの料亭についても表向きは――といっても一般社会に住む選民にとっての表向きということに限られるが――闇の娼館となっているだけで、Eタンクとの繋がりは伏せられている。 つまり、関口組はEタンク本体を知らず、万が一、颯天が身辺を探られたすえ、その存在へと結びつけられる危険は避けなければならない。 春馬と顔見知りである以上、無駄なことかもしれないが、春馬がEタンクで伸しあがろうとしていることを考えると、彼が関口にばらすとは思えない。 祐仁はそう踏んで計画を進めたのだ。 颯天の生活は、このマンションか、関口に呼ばれた場所を訪れるという、これまでの五年間と大して変わらないパターンに戻る。 凛堂会にいた頃と違うのは、マンションにいる時間の潰し方だ。 凛堂会ではただ待機しているだけで、脳が退化するんじゃないかと怯えるほど暇で暇でしかたなかった。 けれど、いまはパソコンを与えられ、外部との接触は可能であり、Eタンクのデータベースへのアクセスも、与えられたパスワードによる許可範囲内では自由だ。 祐仁からは『おれの仕事を把握しろ』と云われている。 それが祐仁から颯天への信頼の証しなら、いま颯天が任された仕事も、どんなに屈辱であろうときっと耐えられる。 祐仁のタイムテーブルを覗くと、ほぼEタンクに在籍していたが、午後から二時間程度の外出の痕跡がある。 そういうとき、大抵は行き先も記されているが今日は空白になっている。 つまり、この外出は颯天が知ってはならない領域なのだ。 颯天はため息をついて、ダイニングテーブルの椅子に座ったまま窓の外を見やった。 すっかり暗くなって見慣れた光の川が広がっている。 時計を見ると七時になろうかとしていて、まもなく夕食が運ばれてくる頃だった。 パソコンを閉じてテーブルの隅に押しやったとき、玄関のドアが開く音がした。 時間に正確だ、と少し皮肉っぽく思った。個室を与えられているもののプライバシーはない。 いつものように料理ののったトレイを携えて入ってきた男を認め、するとその男とは別の足音が聞こえた。 目を向けると、二人めに入ってきたのは祐仁だった。 「……お疲れさまです」 思いがけず、颯天がそう反応するまでに時間を要した。 祐仁はうなずいて応じる。 「座れ」 颯天に命じながら祐仁は座ることなく窓際に行き、外を眺めながら食事がセッティングされるのを待った。 食事は驚いたことに二人分あった。 「どうだった」 玄関のドアが閉められたとたん、祐仁が窓際に立ったまま口を開いた。 祐仁が来たことは驚くことではなかった。関口組との接触初日で、当然その報告を聞きたがるだろう。 颯天は単純に浮足立った自分を内心で叱咤(しった)した。 「顔合わせという感じでした」 実際、あのあとは服を着て早々に帰らされた。 近々呼びだすからな、と覚悟を迫るような嫌らしい顔つきで、関口は颯天にプレッシャーを与えることを忘れなかったが。 「疑われてはいないか」 「工藤さんからだとしか考えられませんが、すでにおれの意思は伝わっていました。疑うよりは信じているように思います」 祐仁は同意するようにうなずく。 「できるな?」 「はい、大丈夫です。あの……」 「なんだ」 祐仁は首をひねるとダイニングテーブルまでやってきて、颯天の正面の椅子を引きだす。 「永礼組長がおれを手放したのは失態をしたからだって、関口組長は云ってました。どういうことですか」 結局は、快楽にあっさりと負けてしまう浅ましい自分に打ちのめされて、颯天は関口から聞きだしそびれたまま帰ってきた。 祐仁は颯天をじっと見て、しばらくなんの反応も示さなかった。 話せないという拒絶ではなく、どこまで話そうかと迷っている様子だ。 祐仁はかすかに首を横に振って口を開く。 「そもそも、おれは六年前に永礼組長に借りをつくった。なんのことかわかるか」 なぜそんなことが颯天にわかるのだろう。 まだEタンクも凛堂会との関係もまったく知らなかった頃だ――と首を横に振ろうとした矢先、颯天は思い当たった。 二つの組織の関係もEタンクの存在も知らなくとも、凛堂会の存在は知っていた。 「もしかして……弟のことですか」 「おれは見返りに、最高級の男娼を提供する約束をした」 颯天の質問を――あるいは確認を求めた言葉を否定することはなく、祐仁は当時の実情を教えた。 「それがおれですか」 「弟のかわりになってもいいと思うだろう? おまえなら。けど、おまえを調教しているうちに惜しくなった。結果的に、あのとき失態をしたのはおれだ」

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