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15.闘乱の食前酒 ‐3
後悔しているんですか。
訊きそうになって颯天は自分で押しとどまった。
質問の解釈は二通りできる。
自分のために、そして、ふたりのために。
どちらか、曖昧な答えをもらうくらいなら訊かないほうがいい。
はっきり訊けるほど、颯天は図太くもない。
「祐仁の失態じゃなくて、おれの配慮が行き渡らずに足を引っ張っただけじゃないですか」
祐仁は呆れたのか、眉を跳ねあげて薄笑いを浮かべる。
「すぎたことだ。おまえがおれをかばったところで、だれの評価も得られない」
「評価を得ようなんて思ってません」
「おまえを最高級の男娼に育てあげようとしていたのは、凛堂会に借りを返すこと、そして将来、凛堂会を牛耳ることを見据えて取り入るために一石二鳥だった。そう云ってもおれをかばえるのか」
「祐仁がどう思っていようと関係ありません。おれの意志ですから」
「……損得なしか」
祐仁は独り言のようにつぶやくと、首をひねってそっぽを向いた。
何かを振り払うしぐさにも見えたが、やがてため息をついてから颯天へと目を戻し、祐仁は口を開いた。
「今回の永礼組長の失態は越境してきたからだ。こっちの顧客に無断で手を出して荒稼ぎをした。かわりに高級男娼を一体提供して落とし前をつける。それが永礼組長の云い分だ」
颯天は『云い分』という言葉に違和感を覚えた。
「もしかして、裏に何かあると思ってるんですか」
「永礼組長はわざと越境したんじゃないかと思ってる。颯天、おまえは何を頼まれた?」
突然すぎて、颯天はとっさに応じられなかった。
否定もできていない。
即ち、頼まれ事があると認めているのも同じことだった。
祐仁がフィクサーたる所以は、ちょっとした違和感を放置することなく、むしろすかさず拾って洞察する。
不意打ちで相手が応えずともなんらかの情報を得てしまう。
黙った颯天をつぶさに見、そして祐仁はくちびるを歪めた。
「まあいい」
追及することはなく、それは余裕にも思えた。
祐仁は最初から颯天の答えを期待していたわけではなく、そもそも質問でもなく確信を持って自分が知っていることを颯天に教えたのだ。
そうやって、颯天がやるかもしれない、おかしな行動の抑止力にする。
少なくとも祐仁を陥れるためのおかしな行動などするつもりもないが、祐仁が保険を怠ることはない。
不信感を抱かれている落胆よりも、颯天は逆に安心した。
「祐仁、一つ訊いていいですか」
「なんだ」
「緋咲ヘッドは祐仁を信頼しきっていないんですか。フィクサーになっても、立場が危ういようなことがあるんですか。例えば五年半前みたいにだれかに嵌められて蹴落とされる可能性は……」
颯天が云うさなか、祐仁はさえぎるように首を振った。
「この五年を無駄にすごしてきたつもりはない。それに、おれがフィクサーで満足していると思うか。一見すれば、政財界を動かすエリアが華やかで力を持つ。実質は、その裏をつかむ者に動かされているにすぎない。裏を一手に担うエリアがアンダーサービスだ。娼館に来た連中が何者か、教えただろう。おれがなんのためにアンダーサービスエリアにとどまっていると思う?」
娼館では暗がりのなか客は仮面 をつけていて確認はできなかったが、この人がと思うような政治家だったり国内トップ企業のトップだったりがリストにそろっていた。
そこはともかくとして、祐仁は過信ではないかと思うほど、自信に満ちて云い放った。
「祐仁の力を疑っているわけじゃない。力になりたいと持っているだけです。おれは祐仁を裏切るつもりはありません」
「いいだろう。今日は何があったか、おれに教えろ」
せっかくの宣言も軽くあしらわれ、祐仁は颯天に報告を促した。
関口組に潜入した本来の目的についてはすでに状況を伝えた。
ということは、男娼として務めたことを訊きたいのか。
「関口組長にされたことなら、咥えさせられました。逝かされました」
颯天は投げやりに答えた。
なぜそんなことを知りたがるのかわからない。
浅ましい自分の姿など、とっくに知られていても知ってほしくない。
祐仁は違うと否定するように首を横に振った。
おもむろに椅子を引いて立ちあがり、スーツのジャケットを脱ぎだす。
「おれに教えろ、と云ってる」
同じ言葉を強調して繰り返し、祐仁は、
「座るのか? 立つのか?」
と問う。
それで颯天は実践するよう云われていることを察した。
目を見開き、祐仁を見上げる。
「……座って、ください」
予想外の展開に、颯天は痞えながら云った。
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