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16.独占欲求 ー1

――ふっ……よく、飽きませんね。もう……二カ月です、よ……ふっ。 ――ただの男娼じゃない。永礼が五年も囲っていた男妾だ。よっぽど具合がいいらしいと思ってはいたが、想像以上にいい。薬を使うまでもなく、こいつは気を失うほど快楽の底がない。おまえも抱いてみればわかる。 ――ん……冗談、でしょう。 ――ああ、おまえは好きで男とまぐわうわけではなかったな。 ――ぅ、はっ……憶えて、いただいて……くっ……何より、です……。 ――だが、おれが男に抱かれる悦びを教えてやっただろう。いまでは一度では飽き足らず、ねだってくる。春馬、さあ、どうだ。 ――う、あああっ……その、とおり、で……すっ。 ――まもなく計画の実行だ。終わったらどうする? おれとの関係を断ちきれるのか。 ――ふぁっ……関口さん、は……う、ふっ……颯天を気に入ってる、んでしょ……ぅ? ――ふっふっふ……したたかに見えておまえも可愛いことを云う。颯天に嫉妬してるのか。 ――ちが……あうぅっ。 ――違うのか? ――意地悪、云わないで、くださ……ふっ……すべて終われば、僕は上に行く。あぁっ……男娼には絶対に戻らないっ。けどっ……くっ……関口さんとの、関係は……ぅああっ……終わらせたくありませ……んっ。 ――もちろんだ。こいつはできのいい玩具にすぎん。利用するだけ利用して元手を取り戻すまでだ。安心しろ、おまえとおれは一蓮托生(いちれんたくしょう)、計画を遂げた暁にはふたりでおまえの組織を乗っ取る。おまえと会っておれも付きがまわってきた。秘密結社の存在はわかっていたが、その正体がいよいよわかる。 ――やっと、関口さんに、秘密にしなくてすみます……ふあっ。 ――春馬、可愛がってやるぞ。そら、逝けっ。 ――はぁああっ……あ、あ、あっ――逝、くぅ――――っ……。 いつかこんなふうに夢うつつで会話を聞いた。 けれど、声も会話の内容も違う。 目覚めるな、と自分の本能に従い、颯天はぴくっとも動かずそれらを聞き留めた。 あのとき目覚めたすえ、祐仁との別れを招いた。 そんな心底の記憶が本能として機能したのかもしれない。 会話だけではなく嫌らしい営みの声が極まり、いったんおさまったがやはり颯天は動かなかった。 全身がだるい。 会話に気を取られて自分の状況に思い至らなかったが、またすぐに騒々しくなり、追い立てられるような甲高い嬌声のなか低音の咆哮を聞き遂げると、颯天はようやく自分のことに考え及んだ。 関口にいつものように呼びだされたあといいように抱かれて、挙げ句の果て意識が奪われるまで一方的に快楽責めを受けたのだ。 関口の抱き方には快楽を覚えるがやさしさが欠如している。 やさしさというよりは愛情といったほうが正確かもしれない。 大事に扱う気持ちに欠けているのだ。 これまでは、その時々で颯天は相手の癖を見いだしながら相手の情を受けとりつつ、それなりに虚しさが消化できていた。 関口はとにかく気絶するまで快楽で苛め抜くのを好み、颯天は心身ともに疲れ果ててしまう。 関口の云うとおり、どんなに責められようが快楽として享受してしまう自分が(いと)わしい。 颯天は目を閉じたまま顔をしかめ、その事実から逃げるようにさっきの会話を反すうする。 すると、夢うつつの会話、そうして快楽責め。 この二つの共通点が颯天の記憶を鮮明に引き戻した。 あのとき、祐仁を正面に見ながら颯天の耳もとで終始、煽っていたのは有働の声だ。 有働は祐仁を貶めようとしながら、いまは祐仁の右腕でいる。 本当に右腕なのか。 Eタンクに来てから疑惑ばかりが浮上して、颯天ですら少しも安心できない。 そんな場所では、祐仁は常に気を張りつめていなければならない。 せめて颯天はそんな存在にはならない。 現実はといえば、そうはできていない。 颯天が永礼からなんらかの意図を預かってきたことを祐仁は知っているからだ。 颯天は知らず知らずのうちにため息をついていた。 そこへ―― 「気がついたか」 と、すかさず関口が声をかけた。 ハッとしたが、関口の言葉からすると颯天がとっくに意識を取り戻していたことを知ったふうではない。 ましてや関口から見えているのは颯天の後頭部だ。 顔は見られていない。 颯天は再度、気だるげにため息をついたあと身じろぎをした。 ゆっくりと起きあがり、声のしたほうを向く。 広大な屋敷の一室、淫行のために設けられた部屋のなかで、関口はベッドの脇にあるソファに座っている。 その腿の上で脚を跨いでのっているのは春馬に違いない。 春馬は前のテーブルに突っ伏していた上体をゆっくりと起こしていく。 テーブルに着いた手を支えにして腰をもたげると、繋がったままだったのだろう、喘ぎながら抜けだす寸前、ぶるっと卑猥な様で腰をふるわせた。 春馬は関口の隣に座って厚みのある左肩に右手を置き、そこに頬を寄せてしなだれかかる。 恍惚(こうこつ)としていながら、颯天を見る目はどこか冷静だ。 あの会話のどこまでが春馬の本音なのか。 颯天にはまだ定められていない。 「すみません」 「何を謝る?」 「いつも気絶して、関口さんを最後まで楽しませられないので」 関口は嫌らしく口を歪めた。 「それがおれの楽しみだ。気絶するほど耽楽(たんらく)しているのだろう」 「中毒になりそうです」 颯天の言葉に関口はひとしきり高笑いをした。 その隣で、春馬はさっきからずっと颯天から目を逸らすことなくニタニタと興じている。 「抜けだしたいんじゃなかったのか」 「それは……とにかく自由になりたいのはいまも変わりません」 「ということは、強制的な男娼から免れたとしてもおれとの関係は満更でもないと?」 「……自由になってみないとわかりません」 「そういうおまえの正直なところは気に入っている。だが、迷っている時間はもうない。そろそろ真剣に考える時期が来たぞ」 関口にレンタルされて二カ月、もうと云っていいのか、やっとと云うべきなのか、颯天は目を見開いて驚いてみせる。 計画の実行が間もないという会話は聞いていたうえ、祐仁のためならなんでもすると思う颯天に覚悟など必要はなく、よって驚くこともない。 「それじゃあ……」 颯天は春馬と関口をかわるがわる見やり、そのさきを促した。 うなずいて応えたのは関口だ。 「ああ。いよいよだ」

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