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16.独占欲求 ‐2

    * 「祐仁っ」 喘ぎ声に紛らせて颯天は祐仁を呼んだ。 カタカタと鳴る椅子は時折、(きし)んだ音を立てる。 吐息をせわしくまき散らし、部屋中に熱がこもっている。 あるいは、そう感じるのは颯天だけなのか。 祐仁は返事をすることなく、吸着音を立てて食前の美酒を欲する。 きっと、祐仁もまた熱を感じている。 颯天の願望かもしれないが、通じ合っているとそんな気がしている。 そうして、果てへと導くようにゆっくりと筋に沿い、祐仁の指先はつーっと這いあがっていく。 颯天の意識が――快感が釣られるように追いのぼり、先端の口から精を放った。 祐仁は舌をうごめかしながら美酒を飲み干し、それでも飽き足らず、しつこいほど舐めまわして堪能する。 颯天の荒々しい呼吸が満ち足りたようにふるえるのを見計らい、祐仁は離れていった。 子供に対するようにボクサーパンツとジョガーパンツを整えてやり、颯天の頭に手をのせた祐仁は、髪をくしゃりとつかんで手を放して向かいの席に座った。 「祐仁、おれも……」 「よけいなことだろう」 おかえしがしたい、と続けようとした言葉は取り付く島もなくさえぎられた。 「食べるぞ」 と、本当に颯天の放った精が食前酒だったように、祐仁は箸を手にした。 腰を浮かせかけていた颯天は拗ねたように音を立てて椅子に座り直した。 祐仁は気づいてか否か、平然としてオクラとタコの酢の物を口に運んでいる。 しばらく眺めていたが、無意味に意地を張っている自分がそれこそガキっぽいと気づいて、颯天は箸を持った。 今日は和食コースだ。 普段でも和食ならば一汁三菜ときっちりとしたメニューが出てくるが、祐仁が同席するときは二汁五菜とランクアップする。 エリートタンクの資金が合法的なものばかりでないことは、住まいや食事の支給レベルの違いだけでも見当がつく。 無論、殺人も厭わないと聞けば、法に則った組織であるはずがない。 颯天は祐仁と同じように酢の物から手をつけ、一口食べて胃が落ち着いたところで口を開いた。 「祐仁、関口組が動きますよ。計画はもう実行段階です」 祐仁は伏せがちだった瞼(まぶた)を上げ、颯天と目を合わせた。 「らしいな」 それは颯天が報告するまでもなく、すでに知っていた云い方だ。 どこから洩れてる? 颯天が不審を抱き、眉をひそめると、祐仁は箸を置いた。 云いたいことがあるなら云えといわんばかりに悠々と椅子に背中を預けた。 「……おれのほかにだれか関口組に潜入させてるんですか」 しばらく考えたすえ思いついたことをぶつけてみた。 自分は端から当てにされていないのかという落胆と苛立ちを覚え、颯天は心外だと訴えるように睨めつけた。 鼻先で笑った祐仁は―― 「まさか。秘匿すべきことは知る人間が多いほどリスクが大きくなる。おれは最低限の要員しか使わない主義だ。おまえを疑っているとしても、真実を知る方法はほかにある」 と悪びれることもなく、颯天から報告をするまでもなく確かな情報の入手方法を利用していることを打ち明けた。 「……どういうことです?」 「昔ながらの常套(じょうとう)手段だ。盗聴器を仕掛けてる」 「どこに? どうやって?」 理由があって訊ねたわけではなく、颯天はごく一般的な思考のもと、およそ無自覚に訊ねていた。 祐仁は違うといったふうにゆっくりと首を横に振った。 「確実に会話を聞くためなら、特定の場所よりも会話の中心に仕掛けたほうがいい」 じっと颯天を見据えた祐仁は思わせぶりに首をひねった。 「会話の中心て……」 独り言のようにつぶやきながら、颯天はふと思い当たった。 「もしかして、おれですか」 「確実に身に着けているものがあるだろう」 「……時計ですか」 「確実とは云いがたいな。着けるのを忘れることもあれば置き忘れることもある」 「……スマホは?」 「まず怪しまれるとしたらそこだろう? アプリで遠隔操作も簡単にすむし、いちばん手っ取り早い方法だがシャットダウンされたり、破壊されたりすれば終わりだ」 確かに、関口は邪魔をされたくないと云ってスマホの電源は切らせる。 純粋に性遊戯に熱中するためか、スマホで録画やら盗聴されることを疑ってのことかはわからないが。 ほかに身に着けているものは服しかない。 颯天が気づかないうちに体内に仕込まれたのならべつだが、怪しまれないのは服か? 訊ねようとしたとき、祐仁は下腹部に手を置いた。 位置を調整するようにベルト辺りで手を左右に動かしている。 その動きに吸い寄せられ、それから颯天はハッとして目を上げた。 「もしかしてベルトですか」 「そうだ。バックルに嵌めこんでいる」 「……すべて聞かれてるってことですか」 「このマンションを出たらスイッチが入るようになってる」 「いつから?」 「最初から、と云ったら?」 颯天は箸をテーブルに叩きつけるように置いて、椅子がひどい音を立てるのにもかまわず立ちあがった。 くるりと背中を向けて立ち去ると、寝室のドアにたどり着いたところで祐仁が追いつく。 ドアノブへと伸ばした右腕を取られ、ぐいと引っ張られると颯天の躰は自ずと祐仁のほうへ反転した。 祐仁は腕を放すと、躰を押しつけるように密着させてくる。 颯天の肩の両脇でドアに手をつき、逃げられなくした。 颯天は間近で祐仁を睨みつける。 「敵を欺くならまず御方からってことですか。それともおれは信用されてないって?」 「おまえに云ったらおまえに演技をさせることになる。ただでさえ重圧がかかってることに、さらに緊張を強いる必要があるか?」 信用していると云わないのは祐仁のずるさなのか。 けれど、祐仁の云うことには一理ある。 ベルトに盗聴器が仕掛けられていると知れば、不自然な言動をしてしまうかもしれなかった。 「……おれがやられてるとこも……?」 聞いていたんですか――とそこまでは言葉にできないまま、颯天が力なくつぶやくと、祐仁は皮肉っぽく笑った。 「何を気にしてるんだ」 単純に受けとめれば、祐仁が何も気にしていないことになる。 颯天はきっとして祐仁を見つめた。 「自分が快楽に弱いことは知ってる。けど、祐仁に責める資格はない」 「だれが責めてると云った? おれが開花させたのにな? けど……」 祐仁はめずらしくためらったように云い淀んだ。 「けど?」 続きを促しても祐仁はしばらく口を噤んでいた。 葛藤か、なだめるための言葉を探しているのか、祐仁はやがて笑みまがいの吐息を漏らした。 「やめろって独占欲に駆られることを否定はしない」 祐仁は囁くように告げた。 ストレートな云い方ではなかったが、それがかえって本音だと裏づけている気もした。 関口組での一部始終を聞いているからこそ、必要のない報告を必ず聞きに訪れて、何よりもまず祐仁は食前酒を必要とする。 そう解釈すると、虚しさも少しは救われる。 祐仁は目を伏せ、それはいざなうように見えた。 颯天は衝動的に顔をぶつけるようにして口づけた。 とたん、祐仁の手が颯天の頬を包む。 口を押しつけてきたかと思うと直後、祐仁はくるんだ頬を押しやってふたりの距離を隔てた。 「これ以上はすべて終わってからだ」 いいな、と祐仁は口にはせず首をひねって颯天に云い聞かせる。 反射的にうなずくと、食べるぞ、と祐仁は呆気ないほどあっさりと背中を向けた。 「祐仁、終わったらやりたいことがある」 背中に向かって口走ると、祐仁は立ち止まり、おもむろに振り向いた。 「自由になりたいということ以外なら聞いてやる」 その言葉が芝居ではなく本音も潜んでいることに祐仁は気づいていたのだろう。 けれど、自由になることより、颯天にはもっと望んでいることがあった。 「約束ですよ」 念を押すと、祐仁は興じたようにくちびるを歪めてまた背中を向けた。

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