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17.生粋の男娼

一、二、三……。 電話のコール音が繰り返されるということは通じているということだ。 果たして、手が離せないから応じられないのか、非通知だから応じないのか、無意識にカウントしているうちに七回めの途中でコール音はぷつりと途絶えた。 「直樹さん、僕です!」 耳に届く気配を怪訝そうに感じるのは後ろめたいせいか、颯天は電話を切られないよう、そしてひっ迫しながら、永礼が口を開くまえに名乗った。 いや、正確には名乗っていないが―― 『颯天か』 すっと息を呑みこんだあと颯天に呼びかけたのは間違いなく永礼の声だ。 「はい!」 突き動かされるように颯天は返事をした。 凛堂会を出て以来、永礼には三カ月近く会っていない。 それでも声で颯天だと見分けられたことにほっとする。反面して、罠に嵌めようと加担している後ろめたさが倍増する。 『どうした』 「会って、話したいことがあるんです」 『……どこから電話してる?』 「関口組の近くの公衆電話からです。スマホは履歴を調べられるからかけられないので……」 『関口組? 何があった?』 永礼の声はいきなり“直樹”から“永礼”へと雰囲気を変えて険しくなった。 「僕は関口組に売られました。それで、凛堂会の話を聞いたんです。今夜――深夜、晴海(はるみ)の廃線傍の工事現場で凛堂会が薬物取引をするって。凛堂会は薬やってないですよね?」 『やってない。どういうことだ?』 「いまちょっと抜けだしてきて詳しく話す時間がないんです。凛堂会のなかに裏切り者がいるって。谷川(たにがわ)とか熊谷(くまがい)とか名前が出ました。わかりますか」 『うちの組員にいる』 「調べてみてください。直樹さん、会ってもらえますか? 夕方には帰してもらえると思うんです。隙を見て抜けだします――うっ」 不意打ちで身ぶるいに襲われ、颯天は呻き声を漏らした。 『颯天、どうした』 眉をひそめていそうな声だ。永礼が気づかないよう、颯天は祈るような気持ちで背後をちらりと伺う。 「……大丈夫です。見つかったかと思っただけで……それよりも直樹さん……」 『わかった。おまえが来るまでおれは事務所にいる』 「ありがとうございます」 『礼を云うのはおれのほうだろう?』 「……僕はいつも直樹さんのためにいる。だからお礼はいりません」 颯天は、フィクサーの監視を云い渡されたときに放った『おれのため』という言葉を云い替えた。 ふっと笑みらしきものをこぼした永礼は―― 『気をつけて来い。身の危険を感じたら中止してかまわん。いいな、颯天』 と、『直樹さんのため』とあえて口にした颯天からの遠回しの警告は届いたのか、永礼は逆に颯天を気遣う。 永礼が不要なことを――例えばEタンクの話を口にしないのは、賢さゆえか―― 「はい、失礼します」 ほっとした声は演技でもなんでもない。 電話は切られ、自動的に颯天の手もとに放置されたスマホの通話も終了の文字が出る。 とたん、体内を貫いた杭がずるりと抜けだしていき、その摩擦が快感を生んだ。 う、ぁああっ。 それまで我慢していたぶんだけ、少しの刺激で颯天は甲高く喘いだ。 「永礼を『直樹さん』と呼ぶとはな。おまえは自由になりたいというが、奴のほうこそおまえに取り()かれて腑抜けにされてるんじゃないのか」 四つん這いになった颯天の背中に揶揄した関口の声が降りかかる。 「直樹さんがどうだったか知らない。けど、おれはもう嫌だ」 「本当か?」 関口がおもしろがって問い、その直後、抜けだしそうだった杭が手加減なく突き進んできた。 深く抉られるにつれ、颯天の声が大きくなる。 そうして最奥に届いたそれは、オウトツのある鍵がぴたりとロックされたように嵌まった。 うぐっ。 ベッドを揺らすほどの胴ぶるいが連続して、息が詰まるほどの快感が一気に高まる。 伴って、斜め下を向いた颯天のオスの先端に吐息が触れ、少しひやりとした感覚にソレがびくびくっと反応した。 そうしてまた吐息がかかり、脳内が快感に痺れた。 ひやりと感じるのは颯天がそこを濡らしているからに違いなく。 「嫌だと云っているわりにびしょびしょだな、颯天。電話の最中も感じてたんじゃないのか。垂れてくる」 躰の真下で颯天とは逆向きに寝そべった春馬が、意地の悪さを隠すでもなく颯天を(はずかし)めた。 関口の嗤い声がそれに加勢をする。 「ここまで快楽を貪るおまえが自由になったところで、自分の躰を持て余すのは目に見えている。遠慮なくおれを頼っていいぞ。解消してやる」 関口は勝手なことをほざいた。 おれは祐仁のものだ。内心で反抗しながらも、関口が無理やり杭を引きずると反抗心を保てず、颯天は息苦しく喘いだ。 関口の杭に埋まったシリコンボールが及ぼす快感には抗いようがなく、差しだした臀部が浮き、痙攣するように小刻みにふるえる。 さらに、嫌でも疼くオスの先端が刺激を受ける。もうたまらなかった。 あぅっ……あ、あああっ。 声を呑みこもうとしたのもつかの間、ぺろぺろと春馬の舌が孔口をくすぐり、漏らしそうな感覚に陥った。 「あ、ダメだっ、やめてくれっ……あああっ」 春馬の刺激から逃げようとして浮かした腰は関口によって押さえつけられる。 「颯天、独り楽しむんじゃなく、春馬も気持ちよくさせてやれ」 それは真下にある春馬のものを咥えろという命令に違いない。 颯天はためらった。三人ともが浅ましい。 電話をするまえも颯天はふたりがかりで責められ、永礼と話している間だけ刺激から解放されていた。 とはいえ、後孔に関口を呑みこんだままで疼きは止まらず、一度は関口が腰を押しつけてきて喘いだが、よく自分でも演じきったと思う。 危機が差し迫っているから、それだけ理性が利いたのかもしれなかった。 「ほら、咥えろよ、颯天。ただし、咬むなよ」 春馬は手本を示すように颯天のオスをつかむと先端を頬張った。 ぅくう……っ。 颯天の腰がぶるぶるとふるえる。 すぐにも達してしまいそうだった。 だれよりも浅ましいのは颯天だ。 少しでも果てを遠ざけようと気を紛らせるほうがいい。 そんな気持ちのもと颯天は口を開け、上向いた春馬のオスを含んだ。 春馬は男娼という立場に乗り気ではないと云いながらも――乗り気で、あるいは責務を感じて男娼に甘んじている者がEタンクにどれだけいるのかは知らないが――颯天と関口の交わりを間近で見つめ、颯天に快感を送りながら自分もまた性欲に憑かれ屹立させている。 舌を絡めれば口内でオスがぴくぴくと暴れ、春馬が呻く。 その反動で颯天のオスが吸着されると、口いっぱいに含んだまま颯天もまた喘いだ。 悪循環なのか好循環なのか、快楽の連鎖が始まる。 結局は快楽を紛らすことはかなわなかった。 ふたりがかりの攻めを受けつつ、アイスバーのように春馬のモノを舐めまわしながら口内の粘膜が刺激されるという、颯天は自分で自分を貶めている。 長くは持たない。 「おまえたちは嫌々云いながら快楽を貪る。この上ない生粋の男娼だ」 関口は高みから文字どおり颯天と春馬を見下し、悦に入って放笑する。 Eタンクの指令であろうと、男娼は男娼にすぎない。 買った側から蔑まれてもしかたのない立場にいる。 けれど納得はできない。 祐仁はいまもこの行為を聞いているのだろうか。 快楽にぼやける思考で颯天はそんなことを思う。 今日で終わりだ。 事がうまく運んで、祐仁が約束を守ってくれるなら。 ――いや、本当に終わるのか。 また、男娼として利用されることもあるかもしれない。 いや、祐仁の役に立てるなら、それでいい。 そう考え至れば、いま耐えるつらさから解放を望むのも(やす)くなる。 それが強がりで、云い訳にすぎないことをわかっていながら、颯天は快楽に負けた。 んっ、んんんんっくふ――っ。 春馬のモノを口に咥えたまま、颯天は春馬の口の中に精を放った。 春馬は吐きだすことなく、呑み下している。 その喉の動きに伴って精を搾りとられながら、後孔は関口が容赦なく侵して快楽が嫌でも持続する。 ひょっとしたら、また求めだしているのかもしれない。 「また独り勝手に逝ったのか。おれに喰いついて離れないぞ。いまのおまえを見て永礼はどう思うだろうな」 関口の嘲笑は、いつでも颯天を切り捨てられるということの裏返しのような気もしながら―― おれは男娼だ。 半ば捨て鉢になって颯天は心底で逆らった。

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