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第4話
「きゃっ!何してるの聖っ」
「大丈夫かい?」
母親と淳治さんが口々に僕に言う。
僕は色々と限界だった。「あ、あの、洗ってきます」と席を立ち、幾つもの視線を浴びながらそそくさと個室を出る。赤絨毯の敷かれた無人の廊下に出ると息がしやすくなってホッとした。手が震えていた。
トイレにも誰もいなかった。持参したハンカチを少し水で濡らしてごしごし拭く。
このスーツはレンタルでは無いけれど母親が張り切って購入したものだ。染みなど残しでもしたら烈火の如く怒られるだろう。
ああ、もう帰りたいな……。
「良かった、取れたみたい……」
「大丈夫?」
綺麗になって安堵した途端、僕のではない声がトイレ内に響く。心地よい低音だ。初めて聞く声に僕はぎょっとして入り口を振り返る。
すると、そこには蒼真さんが立っていた。
このタイミングから純粋にトイレとは考えにくい。どうして僕を追ってきたんだ。そこまで考えて血の気が引く。
さっきの僕の態度だ……!それが気に食わなくて、この人は追ってきたんだ!
殴られる。咄嗟に僕は身構える。
だけど、いつまで経っても拳は飛んでこなくて、それどころか。
「ごめんね。聖くん」
謝られた。僕は「ふぇっ?」と間の抜けた声を上げる。蒼真さんはバツが悪そうに眉尻を下げた。
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