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第8話

何も出来ない僕だけど、一つだけ特技があった。 それは『ロボットになりきる』事だ。数年前に、実の父親にボコボコにされている時に拾得した。 心を殺して、単調な作業しかできないマシンをイメージするとやりやすい。そうしたら痛みも紛れて非現実的になった。 逆なんだ。辛い記憶は思い出さないんじゃない、思い出すんだ。そして遣り過ごせ。まだ生きる気なら遣り過ごせ。 僕は人間じゃない、人間じゃない、人間じゃないーーー 心中で唱えていると、目が据わって呼吸が落ち着いてくる。スッと血が頭から下がっていく感覚。大丈夫、出来る。 僕は蒼真さんを見た。ロボットになれば目を合わせる事も平気だ。ぺこりと頭を下げる。 「こんにちは。先日は失礼しました。今日から宜しくお願いします」 すごいぞ、ロボットの僕。どもらずにスラスラ言えた。 これには見ていた母親も驚いた。僕がリンチに遭っている最中は、彼女はいつも別室に居たからロボットの僕を知らないんだ。只でさえ口数の少ない、オドオドしている僕のこんな態度を知らないんだ。いや僕自身もこんな流暢に喋れるのは初めて知ったけど。 蒼真さんも先日とは大違いの僕に少し驚いたようだけど、はたから見たら普通の挨拶だ。ニコッと優しく微笑む。 「元気になったみたいで良かったよ。こちらこそ宜しくね。僕の事は好きに呼んでいいよ。呼び捨てでも怒らないから」 そう言ってウインクをする蒼真さん。真面目そうだけど、ちょっと茶目っ気のある人なんだな。僕は意外に思いながら「はい……蒼真さん」と無難に呼んだ。無難が一番だ。

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