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『キミしかいない』よしい

『キミしかいない』 ―――――・・・ 「…はぁっ」  放課後、百谷(モモヤ) 崇瀬(タカセ)は息を切らして両足を無理矢理動かし走っていた。  もう限界で筋肉が震えて悲鳴を上げていた。背後から聞こえるのは女子達の微かな怒りの声と大人数で追い掛けてくるような足音。  走って逃げた先に見えるのは図書館。棗が図書館に居るのが想像出来ないが、もう限界だった。  ガラッと開けると、静寂に包まれた図書館の中心で見慣れた体格の良い背中が見えた。ドアを閉めるとその音に反応して鹿嶋(カシマ) (ナツメ)が振り向いた。その男はリラックスした表情をしていて崇瀬を見つけると少し笑みを浮かべていた。 「あ、嵩瀬。」 「…はぁっ、…居た!電話したんだぞ、取ってくれよ。俺がどれだけ問い詰められたか…!」  久し振りに声を張る。その所為で図書館に怒号が響き渡った。棗を見つけてホッとしたと同時に感情的になってしまった。図書館に誰も居なくて良かった事が唯一の救いだった。  走り疲れて躊躇なく図書館の床にペタンと膝をついた。棗は読んでいた本を一冊は本棚に戻し、一冊は持ったまま此方へ近づいて来た。そして鞄からスマホを取り出して怪訝な表情のまま見下ろした。 「…あー、マジだ。今気づいた、ごめんな。」 「とりあえず、助け――」  悪びれる様子もない棗に助けを求めようとした時だった。背後からガラガラとドアが開く音が聞こえてピクッと肩が揺れた。 「居た~!って、やっぱり百谷も居た。」  振り向くと追い掛けてきた女子軍団が血相を変えて図書室に乗り込んできた。先頭の女子が屈んでいる崇瀬に目が行くとあからさまに嫌な顔をした。崇瀬は目が合うのが耐え切れなくて目をすぐ逸らしてしまう。 「俺今日も崇瀬と帰るから。つか断っただろ?」  崇瀬は女子軍団に対して特に強く言う事もなく少し笑みを浮かべていた。棗は崇瀬の横に立つと手を引っ張られて立たされた。ふわりと嗅ぎ慣れた柔軟剤の匂いがしたと思えば棗は崇瀬の肩を組んできたのだ。 「だからごめんな。…俺ら仲良しだから仕方ないよな。」  右耳から棗の声が聞こえて思わず見上げる。優しい顔で女子達を刺激するような言葉をかけるのはやめて欲しい。  棗の言葉には皆納得する。それは棗が人気者だからだ。そんな棗に嫌われたくないから問い詰めるような真似をしない。案の定女子軍団は直ぐに諦めたような落ち着いた表情を見せた。 「本借りてくる。ちょっと待ってろ。」  珍しく本を片手にしていた棗は崇瀬にそう告げると向こうへ行ってしまった。そのお陰でまたもや女子軍団と顔を合わせてしまった。崇瀬は怖くて無意識に顔を顰めると、先頭に居た女子が不愉快そうな顔をした。 「そんな怖い目付きで睨んで、どうせ馬鹿にしてるんでしょ。いつまで棗君を独り占めするつもりなの。…棗君が可哀想。」  捨て台詞のように言い放った女子達は最後に凄い目付きで睨み付けて去っていった。崇瀬は言われ慣れた台詞なのに聞き流す事が出来ず胸に痛みが走る。 「(…そっちも怖い目付きしてるけどな。)」  崇瀬は自分の目付きの悪さを隠すように目をごしごしと擦った。 『百谷君に睨まれた。』 『根暗だし何考えているか分かんないよね。』 『呪われそう。』  ずっと言われ続けたその台詞は崇瀬自身がそうなんだと思い込んでしまった塊が今の崇瀬のようになってしまった。それでも目付きが悪いのは元々生まれ持ったもの。どうしようもなかった。 「泣いてんの?」  擦っていた手を掴まれると、その方向へ体が向いた。振り向いた先には困惑した顔の棗の顔が目の前にあった。 「泣いてない。」 「そんな擦ったら赤くなるぞ。」  棗は掴んでいた手を離すと崇瀬の目尻付近を親指で撫でる。間近にあった棗の顔を見て目が合う。その目には一切の嫌悪は無く、いつも通りの棗の優しい目だった。ホッと胸を撫で下ろし、棗の手がくすぐったくて手を掴んで離した。 「くすぐったい。」 「悪い。つかお前、あの人達に何か言われた?」 「…まぁいつもの事。棗が可哀想だし独り占めするなって。」 「…へぇ、そんな事言われたのか。ごめん、強く言っておくよ。とにかく気にすんな。」  すると棗はスッと冷たい目になり先程の女子達が出て行った方向を睨み付けた。 「崇瀬、分かっているよな。俺がお前の事迷惑だって思ったことないし、友達だって思っていること。じゃなきゃ一緒に帰ろうなんて言わない事も。」 「うん、知ってる。分かってるけど俺未だにお前が一緒に居てくれる事が信じられないというか…。」 「お前さぁ、俺と出会って一年経つんだぞ?今更何言ってんだよ。クラスが離れてもお前とは一緒に居たいし帰りたいと思うくらい友達って事。…恥ずかしいな、言わせんなよ。」  棗は決まりが悪そうな顔をして先程と同様にガシッと力強く肩を組んできた。 「とりあえず帰ろうぜ。今日も家くる?夜ご飯カレーだってよ。」 「…行く。」  高校二年に上がって棗とはクラスが離れてしまったけどこうやって毎日一緒に帰っていた。生きてきた中で友達という存在が一人も居なかった嵩瀬に信じがたい出来事が起きたのが高校一年の春、登校初日。 『隣が女子じゃなくて悪いな。俺、鹿嶋 棗。宜しく。』  宜しく、なんて声を掛けられた事なんてなかった。そのくらい最初から人が寄り付かない中、今と変わらない優しい笑みを浮かべて隣の席の棗が声を掛けた事によって細くて目付きの悪い嵩瀬の目が見開いてしまったのは言うまでもなかった。  だからクラスで男子の人数が多くて必然的に隣が男子になってしまったことは嵩瀬の運命を大きく変えたのかもしれない。  鹿嶋 棗は顔が格好良く男前で優しくてバスケが上手くてスポーツ万能で完璧。そんな話が広がるスピードは速くて、夏になる前には棗の事を知らない人は居ないほど人気者になっていた。  そんな人気者と仲良くなる時間なんてあっという間だった。嵩瀬自身も最初はからかっているのだろうと疑い深かったのに、気が付けば移動教室もお昼も帰宅も全部棗と一緒だった。今では棗の家族とも仲良くなってしまって一緒に夜ご飯まで御馳走してもらっていた。  人と目を合わせるのが嫌だと思っていたことも忘れるくらい棗は嵩瀬にも変わらず目を合わせてくれる。そんな棗の目は綺麗だと思う。それは今も変わらない。 そんな棗に対して初めての友達という感覚にのめり込んで幸福を感じていた。 「棗、何借りたんだ?」 「あー、歴史の授業でわざわざ本を借りないと提出できない課題出されてさ。先生の策略。本読むのめんどくせー。」 「なんでだよ、本読むのが楽しいのに。歴史上の人物とか特に興味沸く。」 「うわ、じゃー読んで俺の提出物出すの手伝えよ。」 「やだよ。」  そういうと棗はぶすっと頬を膨らませて嵩瀬の脇腹をグリグリと押してくすぐってきた。くすぐったくて嫌な筈なのに今日何があったのかお互い話せるこの瞬間が平和で楽しくて思わず笑みが零れる。 「(…だから棗に俺と一緒に居ない方がいいよ、なんて言えないんだ。)」  一年経ってクラスが離れて女子達の人気が更に増した。それなのに棗は嵩瀬と変わらず居る。女子達はそんな棗を独占出来ない事に怒りの矛先が来るのはやはり嵩瀬の方だった。棗に一緒に帰ろうとかお昼一緒に食べようと断りを入れられると嵩瀬に対して攻撃するようになってしまったのだ。 「(…何も言い返せない俺も俺だけど。)」  棗は根は優しくて良い奴で、なんで自分と友達になりたいと思ったのかが定かではない。けど友達というものは自然になっているものなんだと自分に言い聞かせていた。  帰り道、商店街を通ると硝子に反射して自分と棗が映る。黒髪で目にかかりそうなくらいの前髪、自信の無さが少し丸い猫背になって表れている。それとは反対に棗はシャキッと背筋が伸びて程よい筋肉と長身。夕日に当てられた短髪は少し焦げ茶色で無造作にワックスでセットされて清潔感がある。  やっぱりこの2人が一緒に歩いている姿がまだ信じられないのだ。 **** 「あー。食った。」 「…相変わらず食べるのが早いな。」 「いや、お前が遅いんだって。」   昼休み。棗と嵩瀬は裏庭の影で食べていた。お互い母が作った弁当を持参している。食堂は人が多いから棗がいつも配慮して人が居ない裏庭で食べていた。  棗がいつも先に食べ終えて、嵩瀬の事を待っていてくれた。 「嵩瀬、次の授業なに?」 「化学だから移動教室。だから早めに戻らなきゃいけない。」 「そうだな、じゃさっさと食べて戻るぞ。」  棗はそういう所も配慮している。いつも相手の事を考えて行動しているようだった。嵩瀬自身、そんな気遣いが出来る人間なのかと言われれば、棗に頼りっぱなしかもしれない。  弁当を片付けてお互いに飲み物を飲んで立ち上がった。  あぁ、今から放課後になるまでまた話す相手がいなくなる。そう思うと少し憂鬱だが棗が居るから頑張れているのだ。 「棗、じゃーな。」 「あ、嵩瀬。気にすんじゃねーぞ。…俺が居るからな。」  棗はきっと気遣って声掛けしてくれたのだろうが、少し恥ずかしそうに告げるものだから嵩瀬はぷっと吹き出した。 「恥ずかしいなら言うなよ。」 「うっせーよ。じゃーな。」 「ふふ、じゃーな。」  そう言って棗と別れ教室に向かう。足取りが重い。それだけで先程口角を上げて笑っていた事が嘘のように暗い表情になる。 「(多分、これがイケないんだろうな。)   最近は別に新しい友達が欲しいとも思わないし、出来るとも思えない。それでも棗と喋っていると少し明るい気持ちになれるから、少しでも自然に笑えるのではないかと思ってしまった。  嵩瀬は柄にもなく口角付近を揉みほぐすように両手でマッサージしている時だった。 「百谷!ちょっと来なさいよ。」  突然学ランの端をグイッと引っ張られて振り向く。驚いて声も出ないままその声の主を見る。名前は分からないが髪が肩くらいの長さで黒髪で、もしかしたら棗のファンの子で女子軍団の一人かもしれない。 「…ヒッ」  情けない声が喉の奥から出た。そんな声に怪訝な顔をしていたのにも関わらず更に顔を歪ませた。 「何それ、怯えてんの?私が今睨まれているのに、何でアンタがそんな声出すのよ!とりあえず来なさいよ!」  たまたま周りに人は居なくて、嫌だとも声に出す暇もなく手荒に学ランを引っ張られた。彼女は一人でも感じられる程威圧感を出していた。それでも女子以前に棗以外と喋る事がいつ振りか分からなくて呆気に取られたまま彼女の後を着いていった。 ***  直ぐそこにある裏の非常階段に引っ張られた。連れて来る時も周りに人が居ないかチェックしながら連れてこられて、まさかリンチだろうかと心配になり心臓の音が聞こえそうなくらい鼓動が高鳴った。 「…あ、えっ」 「アンタと二人きりって思われたくないからさっさと要件を言う。…棗君の連絡先が知りたいの!教えて!」 「っ………え?」  顔も見れずギュッと目を瞑り殴られるのではないかと構えていると、拍子抜けな事を言われてまた情けない声が出た。 「…棗の連絡先?…そんなの本人に聞けば「それが出来ないからアンタに言ってんでしょーが!!「うわぁぁっ!!」  胸倉を掴まれるなんて不良漫画のワンシーンでしかないと思っていたのに、まさか女子にされるとは。しかも女子とは思えないほどの力で胸倉を掴み上げられ学ランの裾が顎までかかる。  けど棗は男女問わず人気者の一つとして、喋りやすさがあると思っていた。今目の前に居る人は威圧的に話しているけど棗相手にはそうもいかないのかと思うと複雑な気分になった。 「…多分女の子に連絡先教えている所何度も見掛けたし、貴方が言えばきっと教えてくれる。」 「……うっさいわね。だからさっきから言っているでしょ。それが出来たらアンタに言ってないって。」  そういうとブスッとした顔から一点して少し頬を赤らめた。崇瀬相手にはこうやって喋れるのに何でだ?という疑問が横切るが、直ぐに答えが出る。 「(俺とはこうやって喋れているのに、棗と喋れないなんて珍しいな。…あぁ、そうか。好きだから聞けないんだ。)」  先程の威勢は何処に行ったのか、すっかり縮こまってしまった。しかしいくら棗が教えてくれるだろうと思っても勝手に連絡先を教えるわけにはいかない。けど断るということも今までにしたことなくて、どうやって声を掛ければいいか分からなかった。  すると何も喋らない嵩瀬に痺れを切らし、彼女はキッと鋭く睨むともう一度胸倉を掴んだ。 「どうせアンタは棗君と仲が良いから、調子乗ってこんな勇気もない女って心の中で馬鹿にしてるんでしょ!?」 「…ち、違います。逆に俺なら…こうやって喋り掛けるのは…無理です。」 「はぁ?何言ってんの。」 「…いや、…その…。」  本当に何言ってるんだろう。上手く悪気はないと言いたいが、そもそも棗以外の人と喋っている事に困惑して言葉が上手くまとまらない。そして同時に自分はこうやって女子と喋れるのかという謎の嬉しさが密かにあった。  崇瀬は目の前に居る女子と初めてしっかりと目を合わせようと努力した。 「…棗は優しいからきっと連絡先教えてくれると……思います。良ければ、俺からお伝えします…。」 「…」  しどろもどろで目を泳がせながらも伝えると、少しだけ掴んでいる胸倉が緩んで離してくれた。 「…ふん、棗君が優しいのなんて知ってる。そんなの当たり前よ。伝えておくのね。…っていうかアンタ、想像してたより意外と良い奴「崇瀬…と鳴宮(ナルミヤ)?」  非常階段には崇瀬と女子の二人の筈だったが、誰かが階段から上がってきて話が遮られた。2人同時にその声の主を見るとそこには先程教室に戻っていた筈の棗の姿だった。 「(…なんで棗が?ていうか棗のクラスから離れているのに…たまたまここを通る予定があったんだろうか。)」 「なっ棗君!?…ていうか私の…名前。」 「ごめん、俺が勝手に知ってたけど、鳴宮で合ってたんだ。宜しくな。…で?二人して何話してたんだ?」  棗は変わらない無邪気な笑みを浮かべていて、もう放課後まで見れないと思っていた棗の顔を見てホッと胸を撫で下ろした。鳴宮と呼ばれた女子は先程とは打って変わって顔を真っ赤に染めて完全に崇瀬は眼中にない様子だった。 「…あの、棗君、私と連絡先交換してください!」 「え?何、そんな事か?全然いいけど。」  鳴宮はこのチャンスを逃してはいけないと思ったのか、制服のスカートをギュッと握り締めて告げると、棗はあっさりと了承した。そんな棗の顔を見て溶けそうな程緩んだ顔で安心しきっていた。  崇瀬は棗が来た事によって緊張が解れてしまった。今この流れがリピートされて棗以外と喋っている事が急に恥ずかしくなりカッと頬が熱くなってしまった。普段慣れない事をしてしまったような感覚だ。 「…俺戻る。」  耐え切れずに二人を残してこの場を走り去った。そしてこんなに心臓が高鳴っている状態で教室に戻るわけにもいかず、1人になりたくて男子トイレに向かっていたのだ。 ***  崇瀬は男子トイレの奥の個室に入り鍵を閉めて便座に座っていた。別に鳴宮と友達になったわけじゃない。寧ろ嫌われているだろう。それなのに何処か嬉しくて今まで感じた事のない高揚感でいっぱいだった。頬どころか体中が熱くて心臓が煩かった。 「(…授業が始まる。早く戻らねーと。)」  ふぅと深呼吸して気持ちを入れ替えようと立ち上がって鍵に手を掛けようとした時だった。 「たーかせ。」  ドアの向こうから突然声が聞こえてビクッと肩が跳ねた。その声は先程と同じ聞き慣れた声。そして崇瀬としっかり名前で呼んでくれるのは一人だけ。 「えっ、棗?どうしたんだ?何で此処に?」 「それは俺の台詞だわ、急に逃げやがって。つか大丈夫?鍵、開けて。」 「え、あ、うん。」  さっきまで鳴宮と話していた筈だし、離れて時間が経っていた筈だ。それなのにこのトイレに居ると分かっていた事に少し驚くが、とりあえず棗の言う通り鍵を開けた。ガチャと古びた鍵の開く音がトイレに響くと、ゆっくりドアが開いていつもの棗の顔が見えた。 「棗、何でここに俺が居るって?」 「そんなのお前の事よーく見てるから分かるわ。ていうかお前、顔が真っ赤。」  疑問を受け流すように棗は目を丸くして崇瀬の顔を凝視した。そんな棗の言葉に更に顔が熱くなった気がして思わず頬を隠すように手を持っていく。 「…いや、その、多分、初めて女子と喋ったから。」 「は?ぷ、はは!お前、初心だな!」 「…煩い。」  女子と喋った事がないなんて、そんなの棗が一番知っている癖に腹を抱えて笑われた。余計に恥ずかしくなるが、それよりも授業が始まるという事に気付いて崇瀬はこの恥ずかしさからも逃げるように棗をトイレから出そうと押し出した。 「ごめん、早く教室戻ろ「崇瀬。ちょっといいか。」  棗を追い出そうと触れた手を逆に掴まれてトイレの個室へと戻された。鍵をもう一度閉め、そしてガシッと肩を掴まれて便座へと無理矢理座らされた。 「な、何、どうした。」 「少し勃ってね?」 「……は?」  たつって、何が?と不思議そうに棗の目線を追い掛けると、棗の目線は下の方へ向いていてその時にやっと意味が分かって両手で下腹部を隠した。 「!?ちょっ、まじ、え、ごめ、な、何で、おれ…!」 「もしかして女と喋れて興奮した?」  羞恥のあまり下を向いていたら上からいつもより低い棗の声が聞こえて思わず見上げた。表情は笑っているままなのに、何処か冷たいような気がした。多分自分が生理現象とやらを友人に見せてしまった事で引いているのかもしれない。 「ごめ、俺、キモイよな。悪い、どうにかするから。」 「……そんなの普通だろ。安心しろ、俺が抜いてやるよ。」 「いや、でも………は?」  棗が今なんと言ったのか聞き返すほど信じられない台詞が聞こえて固まってしまうと、ガチャガチャとベルトをスムーズに抜かれてファスナーが降りる音が聞こえた。 「は!?ちょっと、え、まて!な、何でお前が抜くんだよ!」 「シーッ、そんな言葉大きい声で言ったらバレるぞ。…それにこのままで戻れねぇだろ。俺がどうにかしてやるから。」  驚愕して制服の上から触っている棗の手を両手で押さえるが、ここが学校のトイレでいつこの場所に人が来るか分からない恐怖に手が緩んだ。 「…でも、棗にそんな事させるなんておかしいだろ。」 「は?友達同士で抜き合うなんて当たり前だろ?」 「え!?そうなのか?」 「俺とお前がそんな事が無かったってだけで、よくあるぞ。」 そんな事聞いたことない、と言いたいのに聞く相手も居なくて世の男子同士はそんなことをしているのかと言葉が引っ込む。 「…棗もよくやってるのか?」 「いや?俺はこういう事は初めて。でも友達なら助け合わないといけねーだろ。…腰上げろ。俺の肩掴んで支えにしろ。」 「…っ」 棗はそう言いながら手の動きは止めずに嵩瀬に対して色々と促している。嵩瀬も悪い事をしているような気がしていたのに、相手が棗だからか謎の安心感で任せてしまう。 座った状態で棗の言うがままに肩を掴んで腰を上げると遂に全て降ろされて自分自身の性器が露出した。 熱の篭った場所が急にひやりと冷たくなり、背筋にゾワっと粟立つような感覚がした。そんな棗は目線を離さずジッと見下ろしながら嵩瀬の性器の先端付近からゆっくり握り締めて下へ扱いた。見られているというだけでも恥ずかしいのに棗が自分自身のモノを握っているという事だけでもソワソワする。 「っ…な、棗、やっぱ、恥ずかしいからやめね?」 「お前、いいのか?さっき鳴宮と喋っただけでこんな半勃ちなんて、これから顔合わせただけで思い出して勃つんじゃねーの?」 「…ぁっ」 棗は握った手を離して根元から先端にかけて指でスゥと撫で上げた。擽ったさからピクンと体が反応してしまい小さい吐息と共に声が漏れた。 「それは……困る。」 「だよな。だったらそれを忘れて上回るくらい俺が気持ちよくしてやるから。そしたら俺に幾らでも欲情していいよ。」 棗はニッと口角を上げてまるで嵩瀬を安心させるように宥める言葉だろうが、不覚にもドキッと胸が高鳴ってしまう。 「……お前本当良い奴過ぎて逆に怖いわ。」 「そうか?友達が困ってたら助けるのが当たり前だろ。」 その行為が優しいって言ってるんだと言おうとすると直ぐに性器を握って優しく扱き始めた。 「…ん」 「痛くないか?」 「痛く、っない、…ぁっ」 今まで自分以外の人が触ることなんて一度も無くて予測不可能に触られる行為は想像以上に気持ち良くてブルッと身震いする程だった。徐々に先端から溢れてきて棗の手と混ざり合い、グチュッとした水音が聞こえてくる。 体に力が入ってしまい前屈みになったことで目の前にいる棗の頰にごつんとぶつかってしまった。 「っいて、ごめ……っん」 ぶつかった事で棗は少し驚いて動きが止まるが、少し目を細めて嵩瀬の顔を覗き込むように唇を塞いだと思えばすぐに離れた。 「え?何、は?…キスした?」 「あー。まぁ、雰囲気作り?」  唇から離れると棗は何処か意地悪っぽく笑みを零していた。  ナチュラルにファーストキスを奪われてしまったが、そんなことを追求する暇もなく棗が扱く手は止まらなくて腰が勝手に動いてしまう。 「…ぁ…っぅ」  徐々に快感が高まってこれ以上されたらイってしまうかもしれないと内太ももが少し震える。嵩瀬は外に声が漏れないように手で自分の口を塞いでチラッと目の前の棗を見ると目が合ってしまう。   棗は下を見る事なく嵩瀬を逃さないような眼差しでジッと見ていた。  全て棗に見られている。それはいつもの綺麗な目なのは変わらない。自分自身のはしたない姿を棗が見ているという事が居た堪れなかった。  嵩瀬は今までにないくらいの羞恥に駆られて達しそうになるものを無視して左手で棗の目を覆った。 「嵩瀬、見えねぇんだけど。」 「…見すぎ。」 「嫌?」 棗は手を止め眉を寄せて棗は手を退かした。それでも目を逸らそうとはせず耐え切れなくて目を逸らしているのは嵩瀬だった。嵩瀬は言葉にはせずゆっくり頭を縦に振った。 「分かった。……でもイきそうだろ。だからこうするわ。俺は見れねぇと思うし。」 棗はスッと目を逸らしてくれたと思えばどんどん体を屈ませていった。 「…へ、…なつ、棗っ!?」 棗はしゃがみ込むとグイッと太腿を押して顔を入れ込んできた。そして躊躇なく性器を咥え込んでいた。ぬるりとした吸い付くような棗の口の中は手とは違う感覚に先程とは比べられないくらいの快感が襲う。 ビクッと体が震えて背中が勝手に仰け反る。太腿を閉じようとしても自分より倍の力がある棗は内側を押してきた。 「…っ、ぁっ!ま、って、やっ、それ、やだっ」 もう少しで達してしまうであろう熱をもった性器の根元付近を手で握られて軽く扱かれると、棗はチュッと音を立てて吸った。 もうこのままだとイってしまうかもしれない。棗の髪の毛を軽く触って合図をした。 「なつ、棗っ、離せっ、出る、から…!」 そういうと更に奥へ咥え込んで口を動かすと強く吸った。 「あっ、もう、っ…!!」 頭の奥が真っ白になって性器が波打った。ピクッと少し痙攣している中、弱い力で棗の頭を押しているのに棗は全部出し切るのを待っているかのように口から離さない。 「んんっ、はっ、…やだ、って言ったのに…最悪、早く口から出して…ていうか、もう、出ないからっ、離して!」 全部全部棗の口の中で出してしまった。そういうと棗はチュッと音を立てて性器から口を離すとゴクッと不穏な音が聞こえた。 「………えっ、飲んだのか?」 「あ、飲んだわ。」 「馬鹿か!!!美味しいもんじゃないだろ!?どんな味か分かんないけどっ、もう、馬鹿!棗の馬鹿!」 ポカポカと棗の肩を叩くと悪気がなさそうにごめんごめんと軽くあしらわれた。困惑と羞恥で呆然としていると棗は立ちあがり飲んで不愉快そうな顔をせずに少しだけ口角を上げながら下唇をぺろりと舐めた。 「へぇ、これが嵩瀬の味。」 **** 「(…どういう顔して棗と向き合って話せばいいんだ。)」 あれから色々と衝撃で棗を置いてトイレから逃げてしまったのだ。 「(何が、嵩瀬の味、だよ。)」  昼休みの出来事が頭の中でグルグル回って授業中も授業に集中出来なかった。こんな事誰かに相談できる人なんて誰一人いない。 「(遅刻して入ってしまった教室内は最悪だった。皆不服そうで嫌味な顔で俺の事見てるし。…けど俺が何したっていうんだ。)」  同じ制服だし同じ授業だって受けてる。それに同じ空間で過ごしているのにやっぱり自分だけ何処か蚊帳の外のような扱いに見えるのはコミュニケーションというものを拗らせてしまっているからなのだろうか。  仲の良い友達、ましてや棗が崇瀬のナニを舐めたり吸ったりして震えるくらい気持ちよくて無事イカされました、なんて相談出来る訳がない。それこそ確実に変人認定されること間違いなしだ。  それに話し掛け方が分からない。棗と仲良くなった時は棗から話掛けてくれたから凄く楽だった。 「(…あー。こんな時でも棗しか思いつかない。)」  諦めて机に突っ伏して腕の中で頬を擦り付けた。  ふと昼の事がフラッシュバックする。両太ももの間に入り込む棗の頬と必死に閉じようとする太ももを押さえ付ける大きな手。棗の口の中のぬるりとした感覚と吸われた時の水音と蕩けるような感じた事ない快感。  崇瀬は達してしまった時の快感を思い出してゾワッと鳥肌が立てていると、ポケットに入れていたスマホのバイブレーションで盛大に起き上がった。   「…っ」  スマホを開くと棗からだった。丁度昼の事を思い出してしまっていたので更に気まずく思っていたが、『今日も一緒に帰るだろ?』そう書かれた文章を読んで少し胸を撫で下ろした。 「(…なんだよ、そっちはいつも通りじゃないか。)」  いつも来る文章に安心し切っていると、教室のドアが勢いよくガラッと開いた音に反応して咄嗟に出入り口の方に目を向けた。 「…げっ」 「百谷~!!また棗君に一緒に帰ろうって言ったら断られたんだけど!!アンタでしょ!?そろそろ断って私達に譲りなさいよ!!」  顔を赤くし青筋を立てた棗ファンの女子達の姿に顔を歪ませ嫌そうな声が漏れてしまった。 「くそっ」  崇瀬は鞄を取って女子達がいる反対側の出入り口に向かって走ったのだった。  何処に向かうのか、そんなの一つしかない。向かう場所は棗の場所だ。結局はこの女子軍団の事は棗がいないと解決出来ない。悩むとか気まずいなんて愚問だった。だって棗しか頼れない。 「(…今日は電話に気付けよ!)」 ***** 「おい棗、お前のお友達また追いかけられてるぜ。」  廊下に近い後方辺りの席が棗の席だった。向かえにはクラスメイトの渋谷(シブヤ) が廊下を乗り出して見ていた。外から女子達の叫ぶ声がどんどん大きくなる。  棗は渋谷の言葉でスマホを開くと着信履歴が百谷 崇瀬の文字で埋め尽くされている事に思わず口元が緩む。 「やっぱりな。」 「は?何が?」 「いや、そろそろ来るだろうなって。」  棗はスマホをポケットに入れて鞄を持って立ち上がった。 「棗~。俺が言うのもアレだけど、何で百谷と仲が良いんだ?」 「ん?何で?」 「だって…彼奴性格悪いって有名な噂じゃん。目付き悪いし、喋り掛けてもたまに無視する事あるらしいし。そんな奴と一緒に居て楽しいか?」  渋谷は今から此処に近付いてくるであろう集団を怪訝そうな顔をして指差した。棗はそんなボロクソに言う渋谷に対して顔色変えずに口角を上げた。 「そうか?一年の時からずっと一緒だから情が移ったんだろうな。俺は好きだけど。」 「お前優しいから、無理してんじゃねーのかって皆心配してるぞ。―――つかさ、百谷と関わりねぇのに一体何処からそんな噂沸いたんだろうな。最初の頃は意外と仲良かった奴いたのかな。ま、火の無い所に煙は立たぬって言うし。」  渋谷は不思議そうにもう直ぐ傍まで来ている崇瀬を横目に呟いた。 「(情が移った?好き?…そんな温いモンじゃねぇけど。)」  棗は今から来るであろう愛おしい人の姿を早く見たいと自分の感情が湧き上がってくるのを押さえ込む。  一年生の時、崇瀬が隣の席になって最初は目付き悪い奴だなというそのままの印象だった。  それから興味本位で喋り続けていると、あぁコイツ笑うんだと気付いた時にはどんどん吸い込まれていった。目の当たりにするってこんなにゾクゾクするのかと気付いてしまった。 ――崇瀬は良い奴だ、あんなに優しくて愛おしくて閉じ込めたくなるのに。けどそんな事世界中の誰にだって晒す事は絶対に許さない。  棗は満面の笑みのまま渋谷に別れを告げて廊下に出た。  女子達に帰ろうと言われても断っているのは勿論崇瀬と帰りたいから。きっと棗自身がきっぱりと女子達にあんな事するな、としっかり叱責すればきっと止めれくれるだろう。  曖昧な注意の方がけじめつかないし、もっと崇瀬を追い詰めるだろ。  そうしたらどうなるか。そんな崇瀬はこの学校で頼れるのは棗しかいない。 「棗ー!!」 「やっと来た。今日は遅ぇな。」 「だから電話取れって!!」  遠くから必死に走ってきた崇瀬は棗を見つけると安心した顔になった。 「(…あー、ソレ。その顔が見たいんだよ。昼に“あんな事”したのに危機感ない所マジで可愛いよな。それも全部俺だけに見せているって思うと、堪らないよなぁ。)」  まるで棗だけしかいないと言わんばかりに崇瀬が必死で棗にしがみ付く瞬間はこの時なんだ。普段誰とも喋れない崇瀬が必要以上に声を張ったりするのも棗だけ。そして悪い目付きが一瞬だけ見開いて棗を欲するようなあの目が堪らなく棗を掻き立てる。誰にも見せたくもないし、気付かれたくもないあの姿。 「(焦らない。逆にゆっくり時間を掛けた方が戻れないからな。身も心も堕ちるのを手助けするのは全力でしてやるよ。…ていうか、そんな根拠の無い噂を流した酷いヤツは誰だろうな、崇瀬?)」  棗はゾクリとした興奮が背筋を通るのを隠すようにいつも通り笑みを浮かべて崇瀬の方へ歩いたのだった。 END **** こんにちは!よしいと申します。 この度はヘタノヨ コヅキ様のヤンデレアンソロジーという素敵な企画に惹かれて参加させて頂きました(*'▽')ヤンデレは見るのも書くのも大好きなので終始楽しませて頂きました! 『キミしかいない』は、ヤバイ奴に目を付けられてしまった不憫な受けと、受けをじわじわと自分だけしか見えなくなればいい、頼られるのは自分だけでいい、という計画的な『皆から人気者で優しい』の仮面を被ったジワジワくる系のヤンデレ攻めのつもりです!(笑) 全てにおいて合致する境遇?だったからこそ棗の作戦は成り立った感じです。 しかしちゃんとヤンデレなのかが心配ですが、改めましてこんな私を快く受け入れてくれたコヅキ様と素敵なヤンデレ作品を書かれている作者様に感謝の気持ちでいっぱいです。どの作品も最高なヤンデレで萌えすぎてキュンキュンが止まりません…!! そしてここまで読んで頂いた読者様、本当に有難うございました!

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