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第2話

「はぁ……綺麗な人だったなぁ」 「おい!!真!!!」 「うるせえ!!聞こえてるって親父!」 「あのレストランに行ってからもぬけの殻じゃねぇか」 「レストランじゃねぇよ、親父!カフェだよ!カフェ!」 「か、カフエ〜?お前、そんなもんカケラも興味ないくせに!」 「うるせえ!親父!あっ、ほら電話鳴ってる!」 昨日の事を思い浮かべながら、卸す野菜を梱包する。 小さい頃は、こうしてよく手伝ったっけ。 野球部の寮に入寮するまでは店を手伝っていた時期もあった。 こんな田舎の商店ではなく、都会への憧れと安定を求めて社会に飛び込んだものの目標もなくただ仕事をこなすだけの毎日に飽きていたのは確かだった。 商店を継ぐために会社を辞めたのは口実に過ぎず、将来に煮詰まっていただけに過ぎない。 かといって、ここが自分が骨を埋める職だとは今は思えず何をするにもしっくりこない状態だ。詰まる所、前の会社と同じ状況である。 「ーー!おいっ!真!!」 「!!っ、びっくりした…なんだよ」 「またぼんやりしやがって!例のレストランから、注文だよ!行ってこい!」 「へいへい……」 葵のカフェからは1日に一度注文が入る。店は葵1人で切り盛りしているらしく、定休日以外は毎朝注文が入りランチの仕込みが始まるまでに届ける流れになる。 今日もいくつもの段ボールをまとめて抱え上げながら階段を登る。 これはこれでいいトレーニングになりそうだと最近は落とさない程度に段ボールを増やしてウエイトトレーニングの如く勤しんでいる。 今日は土曜日の為来客も多いと見込まれているのか、いつもより発注の量が多い。 「ちわっす!瀬戸商店です」 「瀬戸くんその量の段ボール一気に持ってきたの!?」 「へ?あ、はい。前職が建設系だったんで、これくらい軽いです!」 「へえ……頼もしいね。じゃあこれからもっと遠慮なしに頼んじゃおうかな」 「まいどあり!」 葵の軽口にもニカッと快活に返事をした真に気を良くしたのか、くすくすと笑いを零しながらサインした納品書を手渡される。 「あっ瀬戸くん、ちょっと待って」 「?」 「甘いもの大丈夫?」 「はい!好きです」 そう聞くとパタパタと厨房に身を翻していった。 待て、と言われたからここで待っていた方がいいんだろうか。 まるで命令をされた犬のようにただぼんやりと葵を待っていると何かを手にして戻ってきた。 「はい、あ〜ん」 「えっ!?むグッ…」 あ〜ん、といった割には無理矢理口の中にスプーンを差し入れられた。 見た目から儚そうで大人しそうな印象を抱いていたが、意外と葵は自由な性格なのかもしれない。 モゴモゴと口を動かしていると、ふわりと鼻から柑橘のさわやかな香りが抜けていく。 「新商品のデザートを開発しているんだけど、どう?」 「オレンジの…うまく言えないんですけどゼリーですか?おいしいですよ!」 「果肉とジュレをブランデーとバニラで合わせたものなんだけど…少し甘い気もして」 「言われると…確かにオレンジ本来の甘さよりは、甘みが強い感じはしますね」 「初夏のイメージだから、あまり甘過ぎないさっぱりとしたデザートにしたいんだ。ありがとう。参考になったよ」 突然の餌付けに戸惑ったものの、葵に頼られたと思えば悪い気はしない。 昨日から葵の事ばかり浮かんでは消える。 初対面の男性の事がここまで気に掛かった事はなく、一瞬昨日の柊だとかいうウエイターの言っていた葵さん狙いーーーという事になるのだろうかとも思ったが、真のセクシャリティはヘテロであり今までの恋愛経験は女性になる。 こんな田舎じゃ考えることも無いから、葵の事ばかり浮かぶのだろうと無理矢理自分を納得させた。自分にない要素を持つ人間は魅力的に映るものだ。 車を停め商店へ戻ると、農家から届いた商品が積まれていた。その段ボールの商品名を見ると真は再び車へと踵を返す事になった。 「っ、はぁっ……はぁ、葵さん!!」 "Harmony"の従業員通用口を開け、大声で葵の名を呼ぶとびっくりした様子の葵が出てくる。 「どうしたの、忘れ物でもしたかい?」 「これ!」 息を切らし屈みながら、手に握っていたものを葵につき出す。 「…オレンジ?」 「さっきの試食のもの、いつもうちが卸してるオレンジで作っていたでしょう?それで甘さが気になるのなら、今日入荷した河内晩柑っていう品種があるんですけど、どうかとおもって……」 「……わざわざこれを持ってきてくれたの?」 ぽかんとした葵の表情が目に飛び込んできて、自分だけがヒートアップしていた事に気づき恥ずかしくなってくる。 「すいません…素人が出過ぎた真似をしました」 「いや……ふふっ、とてもうれしいよ、有難う。これはどういう蜜柑なんだい?」 試すように説明を求めてくる挑戦的な葵の視線に、ペロリと乾いた唇を舐め口を開いたーー 「うん、確かに君のいった通りグレープフルーツより酸味はやわらかいね。瑞々しいし香りもいい」 「これから初夏にかけて旬の品種なのでぴったりだと思います」 カットした河内晩柑に齧りつきながら滴る果汁を舐めとる葵の舌をつい目で追ってしまう。 見つかる前に目を逸らそうとした時、フフッと漏れ聞こえた声に顔を上げればバッチリと目合ってしまった。 ーーーワザと煽られてる。 かあっと赤くなった頰を隠すように、そそくさと次の配達を言い訳に逃げ帰るように立ち去った。 ドッドッとはやる鼓動を押さえつけながら、運転席へと乗り込む。 「あれは……やばいだろ……」 一言に言うとエロかった。いつもの厨房に立つ雰囲気ではなく、また別の顔を見たような気がした。 いっそ食われそうな妖艶なーーズクンと素直に反応した自分の股間に気付かないフリはもう出来なかった。

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