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第3話
「お前、最近やたら来るな。本当に葵さん目当てだったワケ?」
「るっせ。絡んでくるなよ柊」
シッシッと虫を追い払うようにジェスチャーをするものの、このウエイターには響かない。
あの葵の一面を見て急に意識し始めてしまった真は、午前の仕事終わりに必ずこのカフェでコーヒーを飲むようになった。
葵には特製コーヒーに惹かれてと言ってあるが、勿論コーヒーも目当てだが淹れた本人を一目見たいという下心もあった。
葵はキッチンを忙しなく動き回っており滅多にホールに出て来ることはない為、直接会話する機会はなくその度にこのアルバイトのウエイター、柊健一郎がちょっかいを出してくるのだ。
大学4年生になる柊は古株のアルバイトらしいが、今年3月頃に異例の早期内々定を貰ったらしく暇になり、バイトに入る回数を増やしているらしかった。
真の方が歳上になるが、難癖付けてくるこのウエイターは容赦なくタメ口だった。
ちょっとイケメンだからいい気になりやがって、そう真がいじける程には顔も整っており、身長も高い。
このカフェには葵目当てのマダム達が多いと言われるが、柊目当ての女性も多い事だろう。
「圭一、会計してくれ」
店内に心地の良いテノールが響き渡る。声の主の方に視線をやると、最近通い出してからよく見かける男が席を立っていた。
「なぁ、柊。アイツーー」
「ああ、あいつは伊佐海(いさみ)つったかな。葵さんの元カレなんじゃないかと俺は踏んでる」
腰を下りこっそり耳打ちしてくる柊からの情報に思わず「ハァ?!」と大声が出る。
集めてしまった視線にすいません…と小さく謝りながら、続けて柊とヒソヒソと話を続ける。
「お前、嘘つくなよ」
「嘘じゃねーって、どう見ても特別な男なのは間違いないだろ」
確かに2人の名前で呼び合う間柄と雰囲気が、只の客とオーナーでない事は伺える。
パッと見ただけでも身長は真より高そうで体格もがっしりしている。彫の深いハンサムは顔立ちに、ポマードで撫で付けた黒髪とパッキリとしたスーツに身を包んだ男はさながらヤクザの様でもあり、いい意味でも悪い意味でも目を惹く男だった。
レジで一言二言会話を交わし、ヒラリと手を振り去っていく。
自分には向けられたことのない柔らかな葵の笑顔にチクリと心が痛んだ。
「あっ、瀬戸くん今日も来てくれたんだね」
「はい!すっかり葵さんのコーヒーの虜で…」
「嬉しい事言ってくれるね」
伊佐海を見送った後、レジから出てきた葵がそのまま真の席へ立ち寄った。
ただそれだけでも、なんだか嬉しくなり満面の笑みが溢れる。
あまりにも分かりやすかったからか、隣に立っていた柊が「犬みてえ」と呟きながら自分の仕事に戻っていった。
「そういえば、この間お店の方でお父さんに会ったよ」
「えっ!あの親父、余計な事いってませんでしたか」
「 前にも増して君が仕事に積極的になったと喜んでいたよ。何か心境の変化があったの?」
「アー…ついこの間葵さんに、いつもの発注と違う蜜柑を紹介したじゃないですか」
先日真が提案した河内晩柑は葵に気に入られ、新しいメニューとして使われるようになった。
「あれがキッカケで、取引先の方が求める一歩上の商品をご紹介できたらって。ほら、うちって個人商店じゃないですか。大きなスーパーにない強みと言ったら、そこにはない品揃えですよね。オススメする為にまずは知識がないといけませんから。親父や農家の型に勉強させてもらってるんです」
「へぇ…」
純粋に葵は驚いたようだった。
ただなんとなく継いだ成り上がりの2代目だと思っていたんだろうか。
意識の変わったと告げる真は確かに以前とは視野の広がりが違うように見えた。
「葵さんの店の新メニューを出すときも是非相談してくださいね」
間髪いれずに営業を挟んでくる2代目に苦笑いしながらも、葵は実直な青年に好感を覚えていた。
「……頑張っている瀬戸くんにご褒美あげようか」
「なんですか?」
「はい、飴」
「ありがとうございます……っ!」
ビクンと思ったより大袈裟に跳ねた手のひらに、葵がクスクスと笑う。
飴を置いた手のひらに悪戯をする様に去り際にツゥ…と意味深に指でなぞりあげたのだ。
挙動不審を隠そうと必死に焦り逃げ去るように帰っていった真を見送りながら、葵は「あぁ楽しい」と小さく呟いた。
飛び出るように会計を済ませ店を出ると自然と溜め息と共に独り言が漏れた。
「はぁ、なんか俺……葵さんに遊ばれてないか?」
「よくわかったな」
まさか返事が返ってくるとは思わず、飛び跳ねるように驚いてしまう。
店を出た外にある喫煙所からだ。
ちらりと覗き込むと真っ黒で大柄な男ーーー柊が言っていた伊佐海だ。
ゆったりと煙草を燻らせ、煙を吐く姿も様になっている。
「お前にアイツは荷が重い。やめとけ」
「は、はぁ!?なんで見ず知らずのアンタに言われなきゃいけないんだ!」
伊佐海は食ってかかる真をチラリと一瞥した後、グシャリと煙草を灰皿に押し付け去って行く。
「なんなんだ……」
わけがわからなかった。
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