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第6話
「葵さんーー」
声を掛けた真を素通りし、店内へ戻る葵を追いかける。
心配していたマダム達に声をかけ、ランチタイムのピークが終わると店内は葵と真の二人だけになっていた。
「……はぁ、君は仕事に戻らないの」
「葵さんのことが気になって仕事どころじゃありませんよ。さっきの男って本当に知らないんですか?」
「君はとことん首を突っ込むね…知らないよ」
その返答にホッとする様に安堵しているとその様子を見ながら腕組みし壁にもたれていた葵がついでのように言葉を続けた。
「寝た男なんて、いちいち覚えてない」
「ーーーは?」
「最近はこの仕事が忙しくてそういう事はしてないけど、昔結構遊んでたんだ俺。幻滅した?」
「い、いえ……」
あまりの突然の情報にそう返すのが精一杯だった。時折見せる艶やかな一面に経験がない事はないだろうと予測してはいたが、いざ本人から突きつけられると狼狽てしまう。
そう告げてからガラリと変わった葵の雰囲気に飲まれてしまいそうになる。
「人のいい優しいオーナーだと思ってた?」
「え…っ、いや…あの、葵さん?」
じりじりと獲物を狩るように近ずかれ、思わず後ろの壁へ後退してしまう。
合わさった視線が絡み合い、葵の妖艶な空気に飲まれそうだ。一体何を考えているのだろう。
トン、と手を突かれ壁側に追い込まれる。
僅かに身長の高い真が壁ドンをされる形になり葵の唇が弧を描く。
「誰にでもこういう事が出来る男だよーー」
「あお、ン……!」
柔らかい唇が重なり、軽く唇を食まれる。葵にキスされていると感じた時には何度も角度を変え口ずけられ、驚いた目を閉じる余裕もない。
想い人との口付けは予想外の形であれ甘く、真を痺れさせる。
「はァ、あおいさ…んんっ」
「ンんっ?!」
理性の箍が外れた真が重ね合わされた唇に食らいつく。
クルリと形勢逆転し、壁に押し付けた際に葵の頭がゴツンと音を立てて壁に当たったような気がしたが、気にする余裕はなかった。
何度も食むように角度を変え味わい、火照った唇が緩んだ瞬間ぬるりと舌を差し入れる。
一度火がついたら止まれないーーこの男が欲しい。
「んっ、ふ……っ」
絡み合う熱い舌にうっとりとした葵の声が鼻から抜けるように漏れ聞こえる。
くたりと力の抜けてきた葵の身体を更にキツく掻き抱くと、ビクンと震えあがる。
叱るように葵の舌を吸い上げると、キュと葵の腕がしがみ付いた。
「……っ、はぁッ…」
「…っ、は…告白した男にそういう事します?」
「悪かった。虫の居所が悪かったんだよ、謝る。可愛い犬に手を噛まれた気分だ」
「懲りてないようですね」
「君がキスが上手くて驚いた。予想外だよ」
「へぇ、俺とキスするの想像してくれてたんですか」
「それは違ーーーんんっ……」
腕の中にいる葵を逃がさない、というように掻き抱き熱い口付けを落とす。
文句を言ってる割に、すんなり口付けに答え自ら積極的に舌を絡めてくる葵に堪らないとばかりにキスが激しくなる。
「はぁ、ッ……ん」
キスの最中にうっすらと目を開けると葵はうっとりと瞼を閉じ頰を紅潮させ感じ入っていた。ーーーかわいい、エロい。
葵の過去に拘るつもりはない、大事なのは今であって、自分は今の葵に惚れたのだ。
「葵さん……俺にしておきませんか?」
「だから、俺は誰のものにもなるつもりはー……続きシないのか?」
「しません。両想いになったらします」
「ふ〜ん、お綺麗なやつ…」
手に届くところにあるなら抱いてしまえばいいのに、と言わんばかりに不満そうに鼻を鳴らされる。
「葵さん、猫被り剥がれて来てますよ」
「うるさいな……幻滅しただろ?」
そう言いながらも不安そうに見上げてくる瞳に言動が一致していないとクスリと笑う。
「いいえ……益々欲しくなりました」
「……そう」
真の瞳に宿る熱にもう何も言えなくなったのか、少し考えるそぶりを見せた後、葵は仕事に戻るように告げ自身も仕込みに戻っていった。
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