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第5話
「ねぇ、コレって浮気に入るのかな?」
干したばかりだというふわふわの布団にくるまりながら、香名が言う。
「入らないでしょ」
灯唯はベッドにもたれるようにして煙草をふかしつつ答えた。
この煙草は彼女が例の男の為に買い置きしておいた物だ。
「だって香名さんはなーんも悪いことなんかしてないじゃん。せっかく俺の初めて捧げたんだから罪悪感なんて持たないでよ」
煙と一緒に吐き出した言葉に、勢い良く香名の上半身が起き上がる。
「えっ!?初めてって……嘘っ!!」
「あれ、言ってなかった?つい1時間前までドーテーだったよ。……てか丸出し…」
「さっき散々見たでしょ!…って、信じらんない…」
どうやら相当ショックなようだ。
露わな姿も気にせず頭を抱えている。
「ごめんね、俺器用で」
「器用すぎるよ~」
「上手にできてた?」
「……訊かないで…」
香名は悔しそうに笑って灯唯の髪のはねた頭をクシャクシャに撫でた。
それを甘んじた後、ベッドに座り直しながら灯唯は唇を寄せる。
香名も抵抗することはなかった。
「……トモ君にこの匂いは似合わないね」
唇が離れた瞬間、さらりと零れた台詞に小さく胸が軋む。
「確かに俺の匂いではないかも」
フッと笑って思い出したのは、いつもの顔。
「…実はね、俺の好きな人もこの煙草吸ってるんだ…」
マルボロの赤───そう、それは環慈の匂い。
つい手を伸ばしてしまった理由はそこにもあった。
「女の子の割にはきついの吸ってんだねぇ」
香名が呆れたように言うから、灯唯は苦笑いを浮かべて首を振った。
「女じゃないんだ」
「え?」
言葉の意味が分からず眉を寄せる香名。
一瞬戸惑ったものの、灯唯は重い口を開く。
「…男、なんだよね…俺の好きな人」
尻すぼみに消えていく告白。
香名は目も口も大きく開けて固まった。
それもそうだろう。
さっきまでセックスしてた男が男を好いていると言ったのだ。
最もな反応だろう。
「ははは、引いちゃった?」
対して灯唯は素直すぎる反応に一種の開き直りを感じていた。
言ってしまったことで、香名には申し訳ないが気持ちが少し軽くなったから。
「トモ君は、その…ゲイ、なの?」
「だったら香名さんとデキないよ」
「あっそうか…。じゃあバイ…?」
「うーん…」
それを言われるとまたちょっと違う感じがした。
灯唯が好きになった男は環慈だけだし、小さな頃は普通に女の子に恋もした。
過去付き合っていた彼女とのキスも嫌悪感は感じたことがない。
そう言うと香名も同じように頭を捻る。
結局最終的には、
「トモ君にとってその子が本当に特別ってことだね」
と一人で納得してしまった。
もちろん、灯唯の初めてを奪ったことに対しては罪悪感を口にしたが。
灯唯としてはこんなことを言ったら気持ち悪がられてしまうんじゃないかと悩んでいたけれど、彼女は意外なほどあっさり受け入れてくれていた。
背徳的な恋愛を背負っている灯唯にある種共感しているのかもしれない。
「……その彼はさ、どんな子なの?」
少しの沈黙を挟んで、彼女は悪戯っ子のような瞳で灯唯を見つめる。
シーツに広がった彼の髪を触りながら楽しそうだ。
「んー……バカ、かな?」
「何それ」
香名はクスクス笑って無邪気に次を催促した。
初めて打ち明けられたことで灯唯は少し高揚していた。
言葉は止めどなく溢れてくる。
「初めて話したのは入学式の時、隣の席になったから。なんか適当な感じで気が楽だったし、音楽の趣味とかも合ったから何となくつるむようになって…。
あ、顔はキツめだけど悪くないよ。しょっちゅう告白とかされてるし。すぐ振られるけど。根っからの女好きなんだよなぁきっと…どんなにムカついても女にだけは怒ったことないし。それとまぁ女じゃなくても気に入ってる奴にはスキンシップ激しいかな。俺にもそうだけど、すぐ肩組んできたり抱きついたりしてきて……辛いんだよね、変に意識しちゃうから。
あと苺ミルクが好きで昼休みは大体飲んでる。いっつもストローがじがじ咬んじゃって、出てくんのかよコレってくらい潰しちゃうんだ。それをあえて一口欲しがっちゃう俺は、相当変態だなって最近つくづく思って……」
そこでようやく、灯唯は香名が笑いを堪えて震えてるのに気が付く。
一気にまくし立てていた自分に気付きカァッと身体中が熱くなった。
「……ッ、笑うんなら止めてよ…!」
「ふふっ、いやぁ大好きなんだなぁって思って。すごい一生懸命語ってて良かったよ?」
枕に顔を埋めた灯唯の背中をぽんぽん叩きながら、さらに声を立てて笑う香名。
「若いっていいなぁ。いい恋してるんだね、トモ君」
同じようにうつ伏せになって向けられた顔は本当に優しい表情で。
「これからも色々あるだろうけど、いっぱい話聞くからね」
「……ありがと」
自分でも吃驚するくらい、灯唯の口からは素直に感謝の言葉が発される。
それに満足したかのように彼女は頷いた。
「その代わり私の話も聞いてもらうかも」
「いいよ、何でも聞かせて」
ようやく正面で向き合った灯唯の額に優しいキスが降ってくる。
この日だけで何度したかわからないそれはとても温かいもので。
お互い自然に腕が伸び、抱き合う形で少しだけ眠った。
その日灯唯は結局空が白ばんできた頃帰路に着くことになった。
学校に向かう時間まで寝ようと思ったが、何だか興奮してしまって目を閉じてもなかなか寝付けない。
気付けば目覚まし代わりに母親の怒声で起きるはめになっていた。
慌わてて学校に向かう途中も気持ちは晴れやかなままで。
生まれ変わったかのようにスッキリした顔で灯唯は学校までの道のりを走りきった。
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