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第6話

「おー、ギリギリやん」 「間に合った自分にビックリだよ」 教室に入るなり笑顔の環慈が目に入る。 いつもより眩しく見えてしまうのは、火照った身体のせいだろうか。 「ん?トモなんか機嫌良い?」 図星を突かれて動揺した。 気付かれないよう灯唯は目を逸らし一蹴して見せた。 「うわ、鼻で笑いやがった!」 唇を突き出し眉を寄せながら、環慈はそれでも座れと催促する。 その仕草が可愛くて思わず見た目よりは柔らかい黒髪を子供にするようにぽんぽん撫でてしまった。 環慈は少し驚いたが、また嬉しそうに顔を寄せてくる。 「実は報告があるんだよ」 「何」 「別れた」 びしっと小指を立てた手が目の前に突き出された。 「……何で?」 想像以上に早い展開にはとても驚いたが、一応理由は知っておきたい。 くにくにと動く小指を払いのけながら灯唯も顔を寄せた。 「なんかすっごい束縛系でよー、やんなっちゃって」 「は?お前から振ったの?珍しい…」 「それがさ、ねーちゃんと電話してるだけで怒るんだって。誰彼構わず毎回そんなんだから最悪お前とも遊べんくなりそうだったんだよ」 「ふーん…」 嬉しいこと言ってくれるじゃないか。 気のない返事をしてみてもついニヤけてしまうのは仕方のないことだろう。 「お前、俺のこと大好きやもんなぁ」 「うん。だから困るやろ?」 「即答かい。可愛すぎてチューすんぞコラ」 「うわわ、朝から激しいなお前」 ケラケラでかい声で笑った瞬間に入ってきた担任に2人はすかさず注意される。 いつものことなので周りも笑うだけで。 それでも環慈は多少声を潜めたただけで担任を無視しつつ、灯唯に別れた彼女の愚痴をHR中ずっと話してくる。 呆れた担任が教室を出ていってからもそれはしばらく続いた。 「…お疲れさんだったなぁ」 「ホント、たかが3週間だったけどマジ疲れた。でもまだ廊下で擦れ違うとめっちゃ見てくるんだよぉ」 「ストーカーにならんことを祈るばかりだな」 「怖ぇし!そん時は守ってくれよ~」 「真っ先に逃げる」 「酷ッ」 はははと笑って、ポケットから飴を出す環慈。 つくづく甘い物が好きなのだ。 これで虫歯にならないんだから灯唯としては納得いかない。 「食う?」 無邪気に差し出されたそれを反射的に受け取る。 銀色の包みを剥がすと、ほんのりみかんの甘い匂いが鼻をくすぐった。 口いっぱいに味が広がったと同時にチャイムが鳴って教科担当の教師が入ってくる。 さすがの環慈も渋々ながら前を向いた。 (甘…) 猫背気味の背中を見つめながら、灯唯は自分の顔が緩むのを感じていた。 昼休み、灯唯は環慈に立入禁止の屋上へと無理矢理連れていかれた。 「寒い」 「いーからいーから」 煙草が吸えるという利点があるから付き合う気になったのだが、やはり寒いものは寒い。 震える灯唯を横目に環慈はノブに巻いてあるだけの鎖を器用に取って重たい扉を開けた。 一瞬強く吹いた風に揃って高い声が漏れる。 それでも誘った手前引けないのか環慈は先に外に出た。 「メシ食うぞ!」 「何その空元気…」 仕方なく外に出れば、澄んだ空気が喉を冷やした。 日向を探して座り込む。 コーヒーは温かいのを買って良かった。 袋から出したパンを見ながら環慈が笑う。 「トモってさ、コロッケパン好きだよなー」 呆れたように言っているが、同じものを買ったお前には言われたくないと鼻で笑う。 ましてや連日の苺ミルクだけは未だに理解できないのだから。 そう言った灯唯を無視して環慈はパンの1/3を一口で頬張った。 ものの1分くらいで残りを食べてしまうと、さっさと次のパンに手を伸ばす。 「…よく噛んで食えよ」 余りの早さについ注意するとニカッと笑ってふざけた声が返された。 「はーい、お母さん」 「可愛くねぇ息子だな」 こんな憎まれ口は日常茶飯時。 ようやく1個目を食べ終えた灯唯は、次にいく前に煙草に手を付けた。 パッケージを見て環慈は首をひねる。 「あれ?煙草変えた?」 「いや、弱くしただけ。これもセッタ」 「一口吸わして」 「ん」 灯唯には少し柔らかく感じるフィルターが薄めの唇に挟まれた。 小さくヂヂ…と音を立てて先端が短くなる。 「……なんか、甘い…?」 空気に混ざる紫煙を嗅いだ鼻がクン、と揺れた。 味が確かめたいのか再び灯唯の唇に戻ったそれをもう一口くれと催促する。 「やるよ」 繰り返される行為に恥ずかしさを覚えながら、半分近く無くなった煙草を渡す。 満足げに吸いだした姿を横目で見つつコーヒーを飲もうと目線を下げると、一瞬先に環慈がそれを掠め取った。 「お前…」 「うわ苦っ…お前コレ砂糖入ってねーやん!」 「ミルクは入ってんだろぉが。つかさっきから人のモンばっか…」 「欲しかったんだって!」 「何ギレですか?」 大きく吐いた溜め息の前に見慣れたピンクのパックが差し出される。 ストローの先はいつものごとく平たくなっていた。 「怒んなよぉ」 「…怒ってねーって」 仕方なく苺ミルクを受け取って、一口飲む。 その様子に安堵したのか環慈は単純にも最後のパンをぺろっと平らげた。 しかしそんな姿を横目で見つつ、ふと思う。 昨日香名が先に告白してくれたのは、灯唯の迷う気持ちを、そして言いたくてもなかなか言葉にできないもどかしさを感じてそれとなく引き出すためだったんだろう。 結果的にはお互い様で片付いてしまったが、今更ながら最後まで話を聴いてくれた彼女の優しさに気が付いた。 (なんて鈍感なんだ、俺…) そして、そのおかげで今自分が昨日までと違って随分欲張りになってしまっていることも自覚する。 ……それでもいいんだと思えるくらいの強さを伴って。 正直今でも隙があれば隣にいるコイツに触れたいだとか、間接的じゃないキスをしたいだとか、そんなことばかりを考える。 もちろん嫌がられるのは目に見えているし、離れていかれるのも確実だろうから絶対実行には移せないのだけど…。 今度はちゃんと環慈が自分のポケットから取り出して火を付けた煙草の匂いに、一瞬視界が霞んだ気がした。 「なぁ、昨日何かあった?」 静かだがはっきりとした問い掛けにハッと目の前が明るくなる。 「…何で?」 少しだけ、声が掠れた。 「いや今朝機嫌良さそうだったし、なんかイイコトあったのかなって」 「別に無いよ」 つい素っ気無く返事をしてしまいマズイかなと思ったが、環慈は気にしていないようだ。 「そっかぁ」 軽い返事をして煙草の煙に視線を這わせている。 「……どうした?」 少し心配になって顔を覗き込むと、どことなく不安を滲ませたような瞳が向けられた。 それはいつも見ている香名と似た色の瞳。 「環慈?」 「なぁトモ、…彼女できたらちゃんと報告しろよ?」 「え?…あぁ、うん…」 つい返事をして、同時にふと疑問がよぎる。 (……何で今、そんなこと改めて言うんだ…) 言いようのない空気の重さに、誤魔化すようにコンクリの床に置いてあった箱から煙草を出す。 火を付けるなり肺いっぱいに煙を吸い込んだ。 なんだか疑問を環慈に投げかけてはいけないような気がして、しばらく煙草を咥えたまま空を見上げていた。

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