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第8話
あのショッピングモールの日後からだ。
環慈が灯唯のバイト先にちょくちょく顔を出すようになったのは。
もともと環慈の家からも遠くない場所にあり以前も何度か来ていたことはあったのだが、それにしても頻繁になった。
当然香名とも顔を合わす機会は多くなる。
「あ、香名さんこんばんは!」
「おー環慈君、こんばんは」
にこやかに手を上げる彼女に灯唯は助けを求めた。
「ちょっと香名さん叱ってやってよ、コイツ邪魔ばっかするんだよ」
「邪魔言うな!むしろお前が集中しないからそう感じるんだろぉが!ねぇ店長?」
「うーん、それも一理あるなぁ」
いつの間にやら環慈は店長とも仲良くなっていた。
しかもバイトで入らないかなどと勧誘までされている。
思わず溜め息をついた灯唯に香名が擦り寄ってきた。
「環慈君最近よくいるね。焦ってるんじゃないの?」
「は?焦るって何を…」
「トモ君が私に取られるんじゃないかって」
「…そんなワケ…」
無いと言おうとしたその時、どすんと背中に衝撃が。
犯人はもちろん環慈だ。
「なーにコソコソ話してんの?やっらしいなぁ」
「かーんーじー…」
低い声が出た。
「テメェ!プリン落としちまっただろうが…!」
勢いよく落ちたことでカラメルとグチャグチャに混ざった無残な姿のプリンを目の前に突き付けてやると、さすがの彼もこれには表情を申し訳なさそうに顔を歪める。
「あちゃー…」
「買えよ、コレ」
「はーい…ごめんなさいぃ…」
さっきとは打って変わって捨てられた子犬のような顔をして。
うなだれる様子に灯唯は今日何度目か分からない溜息をついた。
結局この顔に弱いのだ。
思わず環慈の頭をポンポン撫でながら宥める。
「ねぇちゃんに雑誌頼まれてんだろ?また明日も会えるんだから、早く買って帰ってやれよ」
「…うん」
「ほら、プリン代半分出してやっから」
ポケットから財布を出し百円玉を環慈の手に握らせた。
「トモぉ…ごめんなぁ」
「あぁ。もう怒ってないからそんな顔すんなって」
「うん」
じゃあ…と小さく言って、店長のいるレジへプリンと雑誌を持っていく。
扉の前でいつもより大人しめに手を振って環慈は帰っていった。
「……なんか見せ付けられちゃった~」
ポツリと香名が零した声に振り向くと、楽しそうにニヤけた顔が見上げている。
「ちょ…その顔ヤダなぁ」
「ふふふ、ラブラブじゃない」
「すぐそーやってからかうんだから…」
つい苦笑を漏らすと、何を心外なと彼女は眉を寄せた。
「からかってなんかないよ?素直にそう思ったの」
「そんな…」
詰め寄ろうとしたその時、店長から名前を呼ばれて振り返る。
いつの間にやら客が増えていたようだ。
「ごめん香名さん、ちょっと待ってて」
「あっトモ君私もう帰るよ。バイト終わったら連絡ちょうだい、電話するから」
「分かった」
慌ててレジに戻ると、すでに店長の前には3人も客が並んでいた。
「次でお待ちのお客様こちらへどうぞ〜」
慌ただしくなった店内から気付かぬ内に香名はいなくなっていた。
バイト終了後。
予告通り帰宅したとメッセージを送ると、30秒もしない内に電話が鳴った。
「もしもーし」
『あ、トモ君?ごめんねわざわざ』
「いいよ。俺も中途半端で気持ち悪かったしさぁ」
『そう?まぁ大したアレじゃないけどさ…私思ったんだよね』
「うん?」
『環慈君もトモ君のこと好きなんじゃないかって』
ハッキリとした声で、半ば訴えるように香名は言う。
一瞬、胸の辺りがキリ…っと痛んだ。
「……気のせいだよ、そんな…俺男だし…」
『それはそうだけど』
「それにっ、……香名さんのこと好きになっちゃったのかもしれないし…。だからこんな頻繁に…」
彼女の言葉を遮るように声を出したものの、結局は自分の台詞にまで言い様のない苦しさを感じてしまう。
香名はそれを感じとったのか言葉を選ぶように静かに続けた。
『ごめんね、動揺させて…。でも環慈君の私を見る目はそういうのじゃないよ』
「……」
『もしかしたら環慈君自身気付いてないかもしれないし』
「…香名さんの勘違いかもしれない…」
『…まぁ、それが一番有力だけどさ』
乾いた笑いが耳に遠く響く。
『とにかく私がそう感じただけだし、…気分悪くしたらごめんね』
「ううん、大丈夫。…むしろ俺がごめん、さっき感じ悪かった…」
『…トモ君はホントいい子だなぁ』
「何言ってんの」
『素直な感想だよ。…トモ君には幸せになってほしいのよ…』
「香名さん…」
『まぁまた色々思う所があるかもしんないけど、あんまりマイナス思考にならないようにね。私にできることなら協力するし』
「うん、ありがと…」
『それだけ話したかったの。ごめんね、…おやすみ』
「おやすみなさい…」
プツ…と通話が切れて次第に画面が暗くなる。
しかし灯唯はしばらくそこに映った自分の顔を静かに眺めていた。
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